「僕が受験に成功したわけ」は乃南アサが「小説新潮」2004年5月号に発表した30ページほどの短編。
『それは秘密の』(2014/新潮社)なる短編集に収められている。
乃南アサといえば直木賞受賞作『凍える牙』の男社会へ立ち向かう女刑事の気骨と根性とオオカミ犬を白バイで追う疾走感と孤高の世界が見事であった。
同性へエールを贈るような作品が多く、『水曜日の凱歌』では戦後「性の防波堤」となって子供を育てて生きぬいた女たちを、『いつか陽のあたる場所で』『いちばん長い夜に』では刑務所から出た女二人の苦労に満ちた下町での生活を描いて身にしみる。
本書は長篇が得意の作者の息抜きという感がある。男と女をめぐる内容が多いが「僕が受験に成功したわけ」だけはやや異質。
小学6年生の僕と転校生の森島という設定である。
僕はまだ女の子にそう興味がないのに森島は積極的に言い寄って僕を彼にしたがる。ある日、自宅に誘われて行くと森島の母を見て驚く。
その場面、
「遠慮しないで、どうぞ、上がって」
目の前に白い顔があった。笑ってる。花びらみたいにピンク色の唇の隙間から、白い歯が見えた。茶色い髪が、さらさら揺れている。これが森島のおふくろさん? 僕は、呆気にとられそうになった。若すぎる。化粧なんかしているし、大きくあいた襟元には、ネックレスも。まるで、その辺の姉ちゃんみたいではないか。慌てて目をそらしたら、また足が視界に入ってきた。僕は、今度は急に、尻の穴に力が入るみたいな、妙な感覚に襲われた。喉が貼りつきそうだ。
―――すげえ。
明るい肌色の、まるで輝くような足だった。思わずその場に屈んで、正面からしげしげと眺めてみたい足だった。
森島の母は自分の母より年上だが別の人種のように見える。昆虫のようにただ手足が長いだけの森島をこの母が生んだとは思えない。
それが僕の前を通りすぎるたび僕の心臓はぱくぱくし、ちんこが感じてしまう。
彼女のお母さんは本当にミニスカートが好きらしかった。見事なくらいに、いつ行っても、膝小僧の上まで見えるどころか、尻と足の付け根だけ隠しているような印象のスカートから、何度見てもドキリとする足を見せている。そして、その足でひっきりなしに僕の前や横を通るのだ。
森島の母は僕が自分に女を感じていることを察知していよいよ足を見せつけて誘惑する。
ぼくはそのころの自分を思い出してしまった。
中学生のころ裏の山の中を灌漑水路を通す事業があって労働者諸君が村に入っていた。妻帯者もかなりいて30代の奥さんはよく村の雑貨屋へ買い物に来た。
彼女たちは村のおばさんとえらく雰囲気が違い、スカートをしどけなくはいていた。
スカートの端からシュミーズが見えていたりすると僕らは目のやり場に困った。ひどく性的な匂いがした。
特に夏は彼女たちの着るものは肌が露出して扇情的であった。
そのことを「僕が受験に成功したわけ」は強烈に思い出させてくれた。
男子の性への心理をここまで抉って見せてくれた乃南アサはすばらしい。
唐突な題名である。
それは書かれていないが、結局、森島母子は急に父のいるアメリカへ帰ることになり魅惑的な足も消えることになって僕は受験に成功したらしいのである。