AERAの2013年9月30日号を読んでいて面白いことに気が付いた。編集者が意図していた訳でないだろう。AERAには隔週で有識者が交代でコラムを書いていて、今回は姜尚中氏と福岡伸一氏の担当だった。この二つを読み比べると非常に典型的な視点の違いが見えて来る。これほど明確な書き分けっぷりというのも面白いので取り上げてみようと思った。
まず、それぞれのコラムの要約は以下の通りである。
====姜尚中「米国に『正しい戦争』の呪縛 集団的自衛権問題は熟議を」==========
シリアでの化学兵器使用に対するアメリカの空爆騒動には、背景に「正しい戦争」「特にかなった戦争」という理念があるが、第2次世界大戦以降、アメリカは様々な国や地域で戦争を起こしてきたが、結局のところ、それは平和な好ましい世界を導くのに役に立っていなかった。今回も仮にシリアを攻撃したところで泥沼化は避けられず、「正しい戦争」という考え方自体が間違っている。日米安保に関する集団的自衛権への議論を考えるにあたっては、この様な背景も含めて慎重にならなければならない。
====福岡伸一「テントウ虫にカマキリ・・・生物農薬の『明』と『暗』」==========
ニューヨークで暮らす著者が、そのアパートの住民専用のガーデンで面白いものを見たという。花壇に集まる害虫を駆除するために、その害虫の天敵である昆虫を大量にばら撒いているという。農薬を用いると昆虫を無差別で殺し、土中にも農薬が残留して環境を破壊するから、この有機的アプローチは好ましそうに見える。しかし、その天敵の昆虫というのは遺伝子操作されて工場で大量生産された昆虫であり、例えば人工繁殖されたテントウムシは在来のテントウムシをも駆逐するリスクが高い。また、過剰に駆逐されるアブラムシはその共生関係にある蟻の駆逐にも繋がる。一見良さそうな解も、将来的なカタストロフィの原因ともなりえる。その点を適正に考えなければならない。
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分かって頂けるであろうか?前者の記事は、アメリカが主導する戦争の「悪の面」にのみフォーカスし、その戦争をせざるを得なかった背景は完全にスルーしている。確かに、空爆を行ってもシリアに限定すれば事態が悪化するのは目に見えているし、アメリカの戦争の歴史は(唯一日本を除けば)失敗の歴史であることには賛同する。しかし、だからシリアに対してスルーするのが良いのかと言えば、そんなはずはないのである。自己中心的な保安官で、往々にして過ちを犯すのを良く目にするのは確かでも、そこに保安官的な人が一人としていない世界で生活するのと、それなりには筋を通そうとする保安官が確実にいる世界とでは、格段に保安官がいる世界の方がましなのである。もしアメリカがあれだけ積極的な活動をこれまでの歴史の中でしていなければ、多分、中国は今頃は尖閣はもちろんのこと、奄美や沖縄を手中に収めているだろう。北朝鮮も、既にソウルに核ミサイルを撃ち込んでいるかも知れない。その確率は、実際には非常に高いものだと推定される。だからオバマ大統領は、元々、イラク戦争を終結させることを目指していたのと同様、シリアなどに戦争を死ぬほど仕掛けたくない中で、空爆の必要性を説かなければならなかった。現在、化学兵器の廃絶でロシアと合意が出来たかも知れないが、その実効性に非常に怪しい部分があるのは明らかだから、局所的に出来上がったエアーポケットの様な不安定平衡点に一旦着地し、登場人物が揃って息を整えているような状況だ。アメリカもシリアもロシアも中国も、全ての国が致命的な敗北を味合わずに済んだ点はメリットだが、だからと言ってポジティブに捉えることが出来る要素は見つけることが出来ない。常任理事国の拒否権がもたらす、国連中心主義の敗北と言ってもいいかも知れない。
つまり、事態は非常に複雑に絡み合っており、簡単な多元1次連立方程式を解くのとは訳が違うのである。昔から例え話に出している、非線形の100次元連立方程式でも解くかの様な難しさで、Bestな解ではなくBetterな近似解を如何にして見つけるかが問われている。しかしその複雑さに目を瞑り、特定の変数以外の全ての変数に尤もらしい適当な値を代入し、極めて簡易な方程式に変換して近似解を求めるような短絡的な方法で答えを求め、「私は答えを手に入れた!」と叫んでも無意味である。日本政府やアメリカ政府を目の敵にし、「日本及びアメリカが悪の権化だから、それに対立する勢力は正義の存在である」と短絡的2元論的なアプローチで議論しても、それは何ら建設的な答えを導き出すには役に立たない。せめて、日本政府やアメリカ政府を目の敵にするなら、せめてその敵対勢力に対してもフェアに評価を行ってもらわないと、少しも問題解決に向けて前進することを期待できないのである。
一方で後者のコラムは極めてフェアな書きっぷりである。物事を捉えるときに、様々な立場を想定して「正義とは何か」を自問自答し、答えを明確に示すことはできないながらも、問題点が何処にあり、何故問題が複雑であるのかを明確に解析している。この様なアプローチをする限り、何時かはゴールに辿り着けるかも知れないと希望を抱くことは可能である。それぞれが社会的には有識者と呼ばれる存在かもしれないが、その議論の仕方には雲泥の差があることを見せつけられた感じがした。
そんな中、夕べ、会社からの帰りの車の中で聞いたラジオの話題、「ヘイトスピーチ」に反対する「東京大行進」の話を思い出した。番組のキャスターは比較的フェアな進行を心掛けており、所謂、レイシストとも呼ばれる嫌韓団体のヘイトスピーチに対立する団体にも、レイシストと同様に過激な組織が存在しており、今回の「東京大行進」と過激な団体の活動との差分を質問していた。しかし、回答していたゲストはこの様な過激な団体の存在を完全にスルーし、「東京大行進」は女子高生なども多く参加するような極めて平和的で民主的な活動であると断定的に紹介していた。確かに、嫌韓団体のヘイトスピーチは許されざる存在だが、それに対立する団体も似たり寄ったりで、言ってみれば過激な右翼と過激な左翼が対立している様なものである。正論で行けば、喧嘩両成敗となって然るべきである。ただ、日本人はお行儀が良いから、相手が十分に悪かろうと、少なくとも自分の身を正すことは忘れてはいけないと思う人が多く、上述の例では過激な左翼の中に平和的で民主的な参加者が合流し、何とも受け皿の広い不思議な集団となっている。例えて言うなら、ふたつの暴力団が対立し、ある時、暴力団A組の組員が暴力団B組の幹部を射殺したとする。その事件を聞いた女子高生が、テレビに向かって「拳銃で人を殺めるような、そんな世界はもうこりごり。暴力団A組は暴力団B組に対して行った残虐な行為を反省して下さい!」と叫び、その後ろで暴力団B組の組員が「そうだ!そうだ!」と囃し立てたとする。これを見て、暴力団A組は「悪」で、それに相対する暴力団B組は「正義」だとレッテルを張れるかと言えばそんな単純でないことは明らかである。ある一面だけを捉えるのではなく、様々な視点から検証を行い、それぞれの悪いところは相互に指摘し、あくまでもフェアに議論を進めなければ意味はない。
ネットを探していたら、(詳しい背景は知らないが)池田信夫氏がツイッターで「ヘイトスピーチ撤廃 東京大行進参加者が全員韓国に行ってくれれば日本は良くなる」と発言したらしいことを見つけた。最近の韓国の「反日」「嫌日」の過激さは、日本のレイシストの10倍も20倍も上を行く常軌を逸した状態である。一部の過激な右翼がナショナリズムに基づく行動を行うのは分かるが、韓国では小中学生まで巻き込んで、そして政府中枢や大統領までもが率先してレイシストぶりを発揮している。だから、差別撤廃論者たちが大挙して韓国に行って、彼らの「反日」「嫌日」行動に対して差別反対のデモを繰り返してくれたら、確かに日本は良くなるかも知れない。しかし、彼らはそんなことには興味はないのである。それは多くの日本のマスコミも同様である。
韓国や中国に対して是々非々で臨み、日本の右翼団体にも左翼団体にも是々非々で臨むならば、もう少し事態は簡単化できるかも知れない。しかし現状ではそれから程遠い状態である。上述のAERAの記事の様な形で、如何なる立場がフェアなのかを国民が感じることが出来るきっかけがあれば良いのだが、中々それも難しいのだろう。
指しあたっては、地道に上述のAERAの記事の様な対比を提供し、多くの人にその立ち位置の不自然さに気が付く訓練でもしてもらうのが良いのだろう。上から目線の記事となって申し訳ないのだが・・・。
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まず、それぞれのコラムの要約は以下の通りである。
====姜尚中「米国に『正しい戦争』の呪縛 集団的自衛権問題は熟議を」==========
シリアでの化学兵器使用に対するアメリカの空爆騒動には、背景に「正しい戦争」「特にかなった戦争」という理念があるが、第2次世界大戦以降、アメリカは様々な国や地域で戦争を起こしてきたが、結局のところ、それは平和な好ましい世界を導くのに役に立っていなかった。今回も仮にシリアを攻撃したところで泥沼化は避けられず、「正しい戦争」という考え方自体が間違っている。日米安保に関する集団的自衛権への議論を考えるにあたっては、この様な背景も含めて慎重にならなければならない。
====福岡伸一「テントウ虫にカマキリ・・・生物農薬の『明』と『暗』」==========
ニューヨークで暮らす著者が、そのアパートの住民専用のガーデンで面白いものを見たという。花壇に集まる害虫を駆除するために、その害虫の天敵である昆虫を大量にばら撒いているという。農薬を用いると昆虫を無差別で殺し、土中にも農薬が残留して環境を破壊するから、この有機的アプローチは好ましそうに見える。しかし、その天敵の昆虫というのは遺伝子操作されて工場で大量生産された昆虫であり、例えば人工繁殖されたテントウムシは在来のテントウムシをも駆逐するリスクが高い。また、過剰に駆逐されるアブラムシはその共生関係にある蟻の駆逐にも繋がる。一見良さそうな解も、将来的なカタストロフィの原因ともなりえる。その点を適正に考えなければならない。
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分かって頂けるであろうか?前者の記事は、アメリカが主導する戦争の「悪の面」にのみフォーカスし、その戦争をせざるを得なかった背景は完全にスルーしている。確かに、空爆を行ってもシリアに限定すれば事態が悪化するのは目に見えているし、アメリカの戦争の歴史は(唯一日本を除けば)失敗の歴史であることには賛同する。しかし、だからシリアに対してスルーするのが良いのかと言えば、そんなはずはないのである。自己中心的な保安官で、往々にして過ちを犯すのを良く目にするのは確かでも、そこに保安官的な人が一人としていない世界で生活するのと、それなりには筋を通そうとする保安官が確実にいる世界とでは、格段に保安官がいる世界の方がましなのである。もしアメリカがあれだけ積極的な活動をこれまでの歴史の中でしていなければ、多分、中国は今頃は尖閣はもちろんのこと、奄美や沖縄を手中に収めているだろう。北朝鮮も、既にソウルに核ミサイルを撃ち込んでいるかも知れない。その確率は、実際には非常に高いものだと推定される。だからオバマ大統領は、元々、イラク戦争を終結させることを目指していたのと同様、シリアなどに戦争を死ぬほど仕掛けたくない中で、空爆の必要性を説かなければならなかった。現在、化学兵器の廃絶でロシアと合意が出来たかも知れないが、その実効性に非常に怪しい部分があるのは明らかだから、局所的に出来上がったエアーポケットの様な不安定平衡点に一旦着地し、登場人物が揃って息を整えているような状況だ。アメリカもシリアもロシアも中国も、全ての国が致命的な敗北を味合わずに済んだ点はメリットだが、だからと言ってポジティブに捉えることが出来る要素は見つけることが出来ない。常任理事国の拒否権がもたらす、国連中心主義の敗北と言ってもいいかも知れない。
つまり、事態は非常に複雑に絡み合っており、簡単な多元1次連立方程式を解くのとは訳が違うのである。昔から例え話に出している、非線形の100次元連立方程式でも解くかの様な難しさで、Bestな解ではなくBetterな近似解を如何にして見つけるかが問われている。しかしその複雑さに目を瞑り、特定の変数以外の全ての変数に尤もらしい適当な値を代入し、極めて簡易な方程式に変換して近似解を求めるような短絡的な方法で答えを求め、「私は答えを手に入れた!」と叫んでも無意味である。日本政府やアメリカ政府を目の敵にし、「日本及びアメリカが悪の権化だから、それに対立する勢力は正義の存在である」と短絡的2元論的なアプローチで議論しても、それは何ら建設的な答えを導き出すには役に立たない。せめて、日本政府やアメリカ政府を目の敵にするなら、せめてその敵対勢力に対してもフェアに評価を行ってもらわないと、少しも問題解決に向けて前進することを期待できないのである。
一方で後者のコラムは極めてフェアな書きっぷりである。物事を捉えるときに、様々な立場を想定して「正義とは何か」を自問自答し、答えを明確に示すことはできないながらも、問題点が何処にあり、何故問題が複雑であるのかを明確に解析している。この様なアプローチをする限り、何時かはゴールに辿り着けるかも知れないと希望を抱くことは可能である。それぞれが社会的には有識者と呼ばれる存在かもしれないが、その議論の仕方には雲泥の差があることを見せつけられた感じがした。
そんな中、夕べ、会社からの帰りの車の中で聞いたラジオの話題、「ヘイトスピーチ」に反対する「東京大行進」の話を思い出した。番組のキャスターは比較的フェアな進行を心掛けており、所謂、レイシストとも呼ばれる嫌韓団体のヘイトスピーチに対立する団体にも、レイシストと同様に過激な組織が存在しており、今回の「東京大行進」と過激な団体の活動との差分を質問していた。しかし、回答していたゲストはこの様な過激な団体の存在を完全にスルーし、「東京大行進」は女子高生なども多く参加するような極めて平和的で民主的な活動であると断定的に紹介していた。確かに、嫌韓団体のヘイトスピーチは許されざる存在だが、それに対立する団体も似たり寄ったりで、言ってみれば過激な右翼と過激な左翼が対立している様なものである。正論で行けば、喧嘩両成敗となって然るべきである。ただ、日本人はお行儀が良いから、相手が十分に悪かろうと、少なくとも自分の身を正すことは忘れてはいけないと思う人が多く、上述の例では過激な左翼の中に平和的で民主的な参加者が合流し、何とも受け皿の広い不思議な集団となっている。例えて言うなら、ふたつの暴力団が対立し、ある時、暴力団A組の組員が暴力団B組の幹部を射殺したとする。その事件を聞いた女子高生が、テレビに向かって「拳銃で人を殺めるような、そんな世界はもうこりごり。暴力団A組は暴力団B組に対して行った残虐な行為を反省して下さい!」と叫び、その後ろで暴力団B組の組員が「そうだ!そうだ!」と囃し立てたとする。これを見て、暴力団A組は「悪」で、それに相対する暴力団B組は「正義」だとレッテルを張れるかと言えばそんな単純でないことは明らかである。ある一面だけを捉えるのではなく、様々な視点から検証を行い、それぞれの悪いところは相互に指摘し、あくまでもフェアに議論を進めなければ意味はない。
ネットを探していたら、(詳しい背景は知らないが)池田信夫氏がツイッターで「ヘイトスピーチ撤廃 東京大行進参加者が全員韓国に行ってくれれば日本は良くなる」と発言したらしいことを見つけた。最近の韓国の「反日」「嫌日」の過激さは、日本のレイシストの10倍も20倍も上を行く常軌を逸した状態である。一部の過激な右翼がナショナリズムに基づく行動を行うのは分かるが、韓国では小中学生まで巻き込んで、そして政府中枢や大統領までもが率先してレイシストぶりを発揮している。だから、差別撤廃論者たちが大挙して韓国に行って、彼らの「反日」「嫌日」行動に対して差別反対のデモを繰り返してくれたら、確かに日本は良くなるかも知れない。しかし、彼らはそんなことには興味はないのである。それは多くの日本のマスコミも同様である。
韓国や中国に対して是々非々で臨み、日本の右翼団体にも左翼団体にも是々非々で臨むならば、もう少し事態は簡単化できるかも知れない。しかし現状ではそれから程遠い状態である。上述のAERAの記事の様な形で、如何なる立場がフェアなのかを国民が感じることが出来るきっかけがあれば良いのだが、中々それも難しいのだろう。
指しあたっては、地道に上述のAERAの記事の様な対比を提供し、多くの人にその立ち位置の不自然さに気が付く訓練でもしてもらうのが良いのだろう。上から目線の記事となって申し訳ないのだが・・・。
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