池内紀の本については、新書の数冊を読んだ程度の読者でしかありません。
ドイツ文学の人ですが、むしろ 「ひとり旅は楽し」などの紀行文を好んで読ませてもらった方でしょう。
自由人然としていて、肩肘を張らない文章が好ましいものとなっています。
本業のドイツ文学論なども 少し正面をはずしたところから軽妙に論ずるところがありました。
その池内紀が、中公新書で「ヒトラーの時代」という本を出しました。
以前であれば即、買ったりもしたのですが、新刊本にはちょっとためらいがあります。
「年金生活者がやたらめったら本を買い込まないように、」という自戒でありますな。
ためらっているうちに、池内紀の訃報が報じられました。
でもって、あわててその日に購入。
「ヒトラーの時代」ードイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのかー
「気が付くと、自分の能力の有効期間が付きかけている。もう猶予はできない。」
として書き上げた著者最後の著作物であります。
ドイツ文学の恩恵に浴しながら、ヒトラーの事は喉に刺さった大きな棘であったのでしょう。
「(カフカの)評伝を書いていたとき、カフカが愛した姉や妹や恋人が
アウシュビッツで死んだことを、かたときも忘れなかった。」ともあります。
ドイツ文学者として最後に振り絞った矜持でありましょう。
現在の推移していく時代の相への危機感も行間に感じられます。
読者にも、おおっぴらにして静々と浸透していくファシズムの動きが
ダブってきて空恐ろしくなります。
何せ「ヒトラーのやり方に倣ったらよい。」などという某大臣が
何年もそのまま大臣の椅子に平然と座っていたりする国でもあるのですから。
もちろん、この本、なかなかの良書で優れものでありますよ。
池内紀、78歳、2019年8月30日死去。
ご冥福を祈ります。(合掌)