一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

本間 千代子(1945年1月29日 - )

2013年04月26日 | 

本間 千代子(1945年1月29日 - )は、日本歌手女優。本名同じ。長野県伊那町(現・伊那市)生まれ、東京都杉並区育ち 。音楽プロデューサーひのきしんじ

昭和38年(1963年)頃から清楚な容姿を生かして青春映画に出演。また透き通る清純な声で多くの青春歌謡を歌った。愛称は「チョコ」。ビデオが普及する少し前だったため残された映像は少なく、幻の青春スターでもある。代表曲は『若草の丘』『愛しあうには早すぎて』『白いボール』などで、LP3枚、EP20数枚のレコードを出したが、今も人気が高く取引されている。代表主演青春映画は『君たちがいて僕がいた』『十七才のこの胸に』『あの雲に歌おう』など、一部はDVDで市販されている。

本間千代子、小っちゃくて可愛い顔と清楚な女学生姿が眩しかった<wbr></wbr>?です。当時(1963年頃)は各映画会社に青春スターがいて、日<wbr></wbr>?活は吉永小百合、和泉雅子、松原智恵子、東宝が星由里子、大映が<wbr></wbr>?姿美千子、松竹が倍賞千恵子と多彩でしたね。本間千代子は東映代<wbr></wbr>?表で、一時は吉永小百合の人気を上回っていたと聞きます

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昭和39年(1964年)には日本映画製作者協会の第九回エランドール賞新人賞を市川染五郎松原智恵子などと共に受ける。この頃人気は過熱し,爆破狂草加次郎を名乗るものから脅迫文が届き警察沙汰になって世間を驚かせた(草加次郎事件は未解決)。当時雑誌の人気投票で吉永小百合を抜いて1位になることもあり、ブロマイド売上げでも高位をキープしていた。

昭和40年(1965年)度のNHKの大河ドラマ太閤記』で豊臣五奉行の一人浅野長政の妻ややとして出演する。この頃を中心に多くのレコードを吹き込み、青春映画に出演する。

同年5月22日、急性盲腸炎により入院、手術、月末には退院するが再度入院し翌6月11日に退院の上、翌日には活動再開した。

昭和41年(1966年)、歌手の守屋浩と結婚するが、後に離婚。