一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

ルポ看護の質

2016年06月30日 | 社会

深刻さを増す人手不足の問題、また入院期間短縮化と在宅化が急速に政策的に推進される中で、ひずみをもろにかぶっている看護の現場ひいては患者の置かれた実態に、定評ある著者が鋭く切り込む迫力のルポルタージュ。看護の最前線で、いま何が起こっているのか。本来の看護とは何か、多職種による真のチーム医療とは何かを問う。


チェルノブイリの祈り

2016年06月29日 | 社会
1986年の巨大原発事故に遭遇した人々の悲しみと衝撃とは何か.本書は普通の人々が黙してきたことを,被災地での丹念な取材で描く珠玉のドキュメント.汚染地に留まり続ける老婆.酒の力を借りて事故処理作業に従事する男,戦火の故郷を離れて汚染地で暮らす若者.四半世紀後の福島原発事故の渦中に,チェルノブイリの真実が蘇える.(解説=広河隆一)

東野圭吾「変身」2005年

2016年06月28日 | 映画

『変身』(へんしん)は、東野圭吾による書き下ろしサスペンス小説。脳移植により自分の人格が失われていく恐怖と葛藤を描く。

作者いわく「唯一“ひらめき”があった作品」。バスに揺られて考えついたという。2014年3月現在、発行部数は125万部を超えている。また新井素子は、『パラレルワールド・ラブストーリー』の文庫本巻末に収録された解説の中で、この作品と『分身』『パラレルワールド・ラブストーリー』を合わせて『東野“私”三部作』と命名している。

監督 佐野智樹
脚本 よしだあつこ
原作 東野圭吾
製作総指揮 古屋文明
宮下昌幸
三宅澄ニ
出演者 玉木宏
蒼井優
音楽 崎谷健次郎
主題歌 拝郷メイコ『蒼い花』

 


宮本太郎 「社会保障」

2016年06月27日 | 社会・経済

不安定な雇用、機能不全に陥った社会保障。今、生活の不安を取り除くための「生活保障」の再構築が求められている。日本社会の状況を振り返るとともに、北欧の福祉国家の意義と限界を考察。ベーシックインカムなどの諸議論にも触れながら、雇用と社会保障の望ましい連携のあり方を示し、人々を包み込む新しい社会像を打ち出す。

宮本/太郎
1958年東京都生まれ。1988年中央大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学。ストックホルム大学客員研究員、立命館大学教授などを経て、北海道大学大学院法学研究科教授、博士(政治学)。専攻は比較政治、福祉政策論。


広瀬隆

2016年06月26日 | 社会

東京生まれ。早稲田大学理工学部応用化学科卒業。大学卒業後、メーカーの技術者を経て、執筆活動を開始、医学文献等の翻訳に携わる。

1979年のスリーマイル島原子力発電所事故を機に、『原子力発電とはなにか……そのわかりやすい説明』(野草社、1981年)を出版。1980年代初期の著作として「安全というならば、長大な送電線建設コストのかかる地方ではなく、電力の大消費地である首都圏に原子力発電所を建設してはどうか」と指摘した『東京に原発を!』(JICC出版局、1981年)や、がん白血病で死んだハリウッドスターの死因と、ネバダ州で行われていた大気圏内核実験の因果関係を示唆した『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』(文藝春秋社、1982年)がある。『東京に原発を!』の刊行後、これをきっかけに広瀬を代表とする「東京・緑の会」が1981年に発足し、東京に原発を「誘致」する署名活動を新宿駅西口でおこなった。この活動は日本テレビの『NNNドキュメント'81』でも「東京に原発がやってくる!?」というタイトルで取り上げられた(1981年10月25日放映)。このドキュメンタリーの時点で署名者は約400人だったという。

1986年4月26日にチェルノブイリ原発事故が発生すると、『東京に原発を!』の改訂版や『危険な話』(八月書館、1987年)で、原子力(発電や放射性廃棄物)の危険性を主張する立場を鮮明にする。これらの著作は反響を呼び、広瀬は月刊誌『DAYS JAPAN』(講談社)に原発関係の記事を繰り返し寄稿する他、「朝まで生テレビ!」で原発を扱った回に出演するなど、原子力撤廃運動の論客として広く注目されるに至った。

『危険な話』の出版後、日本共産党系の『文化評論』(1988年7月刊)は記事「広瀬隆「危険な話」の危険なウソ」を掲載した[4]。『文藝春秋』(1988年8月刊)は前記の記事を改稿した「デタラメだらけの『危険な話』」を掲載した。広瀬はテレビ番組で反論を行っている。また、日本原子力文化振興財団は『つくられた恐怖 「危険な話」の誤り』を出版した。

以後の原子力発電関係の著作として、『新版 眠れない話』(新潮社、1991年)、『新版 最後の話』(新潮社、1994年)、地震による原発事故を論じた『腐食の連鎖』(光文社、1996年)などがある。


核融合反応

2016年06月25日 | 原子力

核融合反応(かくゆうごうはんのう、: nuclear fusion reaction)とは、軽い核種同士が融合してより重い核種になる核反応を言う。単に核融合と呼ばれることも多い。

1920年代及び30年代に、ジョン・コッククロフトに代表される粒子加速器の研究に従事していた物理学者たちは、陽子水素原子核)や他の軽い核に高いエネルギー(数keV)を与え入射粒子として加速し、標的となっている軽い核に当てると、核の電気的反発力や核力によって入射粒子は破壊を伴いながら、標的と融合し大きなエネルギーが解放されること、すなわち核融合反応(nuclear fusion)を発見していた。この大きなエネルギーは、アインシュタインによって主張された関係式 E ≒ mc2 を満たす形で、融合した核の質量の一部がエネルギーに変換されているため発生すると言われる。

しかしながら、加速器による核融合反応では、少数の核融合物を作るために大量のエネルギーが使用されなくてはならず、もし実用に供するような連続的な核融合反応を起こすのであれば摂氏数億度もの高温が必要となることから、以後に発見された核分裂反応ほどには当初は着目されなかった。

上記の摂氏数億度の高温を用いる核融合は特に熱核反応(thermonuclear reaction)と呼ばれるが、熱核反応の燃料としては、原子核の荷電が小さく原子核同士が接近しやすい軽い核種で反応自体も速いといった理由から三重水素二重水素といった水素の重い同位体が理想的と言われる。

融合のタイプによっては融合の結果放出されるエネルギー量が多いことから水素爆弾などの大量破壊兵器に用いられる。また核融合炉によるエネルギー利用も研究されている。

核分裂反応に比べて、反応を起こすために必要な温度・圧力が高いため技術的ハードルが高く、現在のところ、水素爆弾は核分裂反応を利用して起爆する必要があり、核融合炉は高温高圧の反応プラズマを封じ込める技術開発が困難を極めている。


草の根NGO

2016年06月24日 | 社会

草の根NGO
 政府資金を用いずに自主的に立ち上げ、政府部門に正式登録した団体を指す。環境問題の深刻さと、その解決に向け市民参加の必要性を認識した人々を中心に結成されることが多い。会員や多くのボランティアにサポートされ、幅広い宣伝教育による問題意識の喚起、草の根環境実践の唱導、自然保護および環境改善に取り組み、行政への働きかけなどを使命とする。政府の直接関与を拒み、事業管理、資金面で自主性を保ち、会員、ボランティア、海外の団体との連携を重視するのが特徴である。

 ●自然の友(FON)
 中国文化書院・緑色文化分院という名称で1994年に発足した、中国初の市民による自発的な民間環境保全団体で、先駆者的草の根NGOとされる。環境意識向上を目指して市民参加の環境保全活動を普及中である。規約に「政府への監督、課題への柔軟な対応、協力」と明記している。地方政府、企業の環境破壊事業の中止に成功して話題を呼ぶこともある。運営は主に会費によるが、海外から助成や事業の委託も多い(別表参照)。

 ●地球村(GVB) 
 96年創設。市民参加の促進を目指して、キャンペーン、テレビ番組制作、図書パンフの発行により、ごみ問題(とくに分解不可能なビニールや発泡スチロールの問題)、大気汚染など都市環境問題の改善をアピールしてきた。モットーは「公民意識を高め、市民参加を促進することで政府の持続可能な開発戦略の推進を助ける」こと。独自の環境教育施設を有し、海外からの委託事業や助成を受けている。

表:「自然の友」の主要プロジェクト

プロジェクト名称 概 要 実施過程 メディア関連 行政との関係 海外NGOとの関係
「チベットカモシカ保護」 野性動物保護団体への支援 講演会、会員ネットを通じて社会の理解と支援を要請、寄付を募る インターネットを活用。新聞、テレビの取材を要請   一部団体、個人から、動物保護団体に金品などの寄付があった
「カモシカ教学車」 北京市内の小中高校で自然に親しむ環境学習を実施 会員、ボランティアで実施。学校からの要請に常時対応 感想文などをウェブサイトで常時紹介。新聞、テレビで好評 環境宣伝資料の提供を受ける 海外NGOから車、教学設備と、資金支援を受ける
「緑色希望行動」 全国の貧困地域の学校で生徒主体の環境授業を実施 会員、ボランティアで実施。上からのNGOとも連携 感想文などをウェブサイトで常時紹介。新聞、テレビで好評 コーディネート、案内などの支援を受ける 海外の基金の助成を受ける
「美境行動」 エコアップ計画の設計と実施 会員、学校教師、生徒で実施 ウェブサイトで紹介  教育行政のサポートを受ける 海外の企業の助成を受ける
「バードウオッチング」「植林」「エコ・コーラス」 継続的に実施する定番事業 ウェブサイト、通信で一般参加を募る ウェブサイトを通じて常時紹介、感想文発表  

チョルノーブィリ原発事故 1986年4月26日

2016年06月23日 | 社会

チョルノーブィリ(ウクライナ語:Чорнобиль、ラテン文字転写の例:Chornobilʹ英語:Chernobyl)は、ウクライナ北部・キエフ州都市である。日本語では、ロシア語由来のチェルノブイリと書かれることも多い。

首都キエフの北方、約135kmに位置しプリピャチ川に沿う。1986年4月26日に発生したチェルノブイリ原子力発電所爆発事故により、放射性物質に汚染されゴーストタウンと化した。ほとんどの住民は事故後、他所に避難したままだが、少数の(主に年老いた)住民はチョルノーブィリで余生を過ごすことを望んだため、完全に無人にはなっていない。事故後の人口は1987年が最も多く約1,200人(推定)、2003年現在300人(推定)。人口は減少傾向にある。事故直前の人口は10万人以上いたと言われている。
チョルノーブィリはかつてキエフ州のチョルノーブィリ地区に所属し、地区の首府が置かれていたが事故後の1988年にチョルノーブィリ地区は消滅。現在は南西に隣接するイヴァーンキウ地区に編入されている。


加藤の乱 2000年11月

2016年06月22日 | 政治

加藤の乱(かとうのらん)は、2000年11月第2次森内閣打倒を目指して与党自由民主党加藤紘一山崎拓らが起こした一連の倒閣運動。いわゆる森おろしである。別名は加藤政局・YK革命。

2000年11月20日衆議院本会議に向けて野党森内閣不信任決議案を提出する動きを見せると、加藤紘一(加藤派会長)とその同志の国会議員が賛成もしくは欠席すると宣言した。これに加藤の盟友である山崎拓(山崎派会長)が山崎派として同調する構えを見せた。

当時、衆議院の議席は与党が480人中272人を占め、過半数より31人上回っていたが、衆議院の加藤派45人と山崎派19人の計64人が造反をすれば内閣不信任案が可決され、森内閣は内閣総辞職衆議院解散を余儀なくされる。この発言は、加藤派の自民党からの独立、政界再編などさまざまな憶測を呼んだ。

党幹事長野中広務による党内引き締めにより、加藤の意図は失敗したが、自民党内の混乱は森政権の低落に一層拍車をかけることになる一方、次世代のリーダー候補と言われていたYKKのうち加藤・山崎が大きな傷を負った。結果的にこの政治劇は、翌年春の自民党総裁選での小泉純一郎当選の重要な伏線となったと言える。


老後崩壊

2016年06月21日 | 社会

下流老人とか、一億総老人崩壊とか、老老介護とか、中流崩壊、とかとか、未来に向かう言葉には暗さがまとわりついている。普通の暮らしをしている人が、高齢になると普通の穏やかな老後を生きることはできないのでしょうか。「貧困」はおおきく口を開けている感がするな。。。


夜叉 1985年8月31日

2016年06月20日 | 映画

背中一面に彫られた刺青から「人斬り夜叉」と呼ばれた、大阪・ミナミの伝説の男、修治は、女の為にヤクザから足を洗い、若狭湾に面した小さな港町で漁師となって妻子と暮らして15年。ある冬のこと、ミナミから螢子という女が流れてきて小さな居酒屋「螢」を開く。螢子の都会の刺激と香りに満ちた妖しい魅力に男の心が揺れ動く。しばらくして、螢子のヒモでシャブ中のヤクザ、矢島が現れる。矢島が漁師仲間たちを相手に覚醒剤を売っているのを知る。覚醒剤を処分した蛍子を矢島が追いかけ、修治が守る。螢子に矢島を助けてほしいと言われ、ミナミに。そして、修治の中の夜叉が蘇る…。


竹中直人

2016年06月19日 | 映画

竹中 直人(たけなか なおと、1956年3月20日 - )は、日本俳優声優タレントコメディアン映画監督歌手多摩美術大学美術学部グラフィックデザイン学科客員教授神奈川県横浜市金沢区富岡出身。レディバード所属。左利き。妻は元アイドル歌手、女優の木之内みどり


舛添 要一

2016年06月18日 | 政治

舛添 要一(ますぞえ よういち、1948年昭和23年〉11月29日 ‐ )は、日本国際政治学者政治家である。東京都知事(第19代)。株式会社舛添政治経済研究所所長、一般社団法人地域経済総合研究所評議員。

参議院議員(2期)、参議院自由民主党政策審議会長厚生労働大臣(第8910代)、新党改革代表(第2代)などを歴任した。


本田 悦朗(1955年(昭和30年)1月 - )「アベノミクスの真実」

2016年06月17日 | 政治

本田 悦朗(ほんだ えつろう、1955年(昭和30年)1月 - )は、日本大蔵官僚経済学者国際金融金融政策)。スイス駐箚特命全権大使明治学院大学法学部客員教授内閣官房参与

財務総合政策研究所研究部部長四国財務局局長外務省大臣官房審議官(欧州局担当)財務省大臣官房政策評価審議官静岡県立大学国際関係学部教授TMI総合法律事務所顧問などを歴任した。

内閣官房参与で静岡県立大教授の本田悦朗さん(59)を迎えた講演会が3月14日、郡山市のホテルハマツで開かれる。演題は「アベノミクスと日本経済の展望」。一般財団法人とうほう地域総合研究所、公益財団法人福島県産業振興センターの主催。
 本田さんは和歌山県生まれ。東大法学部から大蔵省に入省。外務省出向後、世界銀行審議役を経て、大蔵省理財局、外務省在米総領事館、財務省などで要職を歴任した。
 主な著書に「アベノミクスの真実」(玄冬舎)。

 


高橋 伸彰『少子高齢化の死角』

2016年06月16日 | 社会・経済

著者は日本経済の行く末を独自の視点で論じてきた立命館大学教授。60歳代から80歳代以上にまで及ぶ高齢者の問題を、十把一絡からげで論じがちな今日の風潮に警鐘を鳴らす。特に「高齢者は平均的に見れば裕福だ」というイメージには問題があると言う。これまでは高齢者の中でも比較的若い75歳未満の前期高齢者の比率が高かったが、今後は健康がすぐれず、就労もままならない後期高齢者の数が急速に増加していくと見る。本格的な“弱者の時代が到来するのだ。こうした緊急事態に無策とも言える年金改革を打ち出した現政権へ痛烈な批判を加える。

女性の社会進出をことさらに強調して少子化の原因とする世の論調に対しても「一方的な責任転嫁だ」と一喝する。男性と等しく企業や社会で地位を得ようとする女性の行く手を阻むのは、結婚・出産・育児や家庭での役割を巡る、目に見えない差別だと言い、社会のしくみの抜本的な改革と、国民の意識改革がなければ、問題は解決しないと憂えている。