一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

社会思想の歴史

2016年08月31日 | 社会

ヘーゲルの市民社会論・国家論を、マルクスはどう克服して唯物史観を確立したのか。それに対して、「合理化」を基本視角にすえたウェーバーの宗教社会学、無意識の世界を探索したフロイトの精神分析学はどのように関わり独自の光を投げかけたのか。西洋近代思想史の本流を大きくとらえた、簡潔で平明な叙述による初学者のための恰好の入門書。

生松/敬三
1928‐84年。東京大学文学部哲学科卒業。同大学院修了。71‐84年中央大学教授。思想史・文化史・哲学専


チャップリンの独裁者

2016年08月30日 | 映画

これだけは伝えたい。絶望してはいけない。
自由は決して滅びることはない。
君たちは機械ではない。家畜でもない。人間なんだ!
君たちには力がある。
モノを発明する力が。幸福を生み出す力が。
君たちには力がある。
人生を自由で楽しく、素晴らしい冒険に変える力が!
戦え!自由のために。

チャップリンがアドルフ・ヒトラーの独裁政治を批判した作品で、ヒトラーとナチズムに対して非常に大胆に非難と風刺をしつつ、ヨーロッパにおけるユダヤ人の苦況をコミカルながらも生々しく描いている。1940年10月15日アメリカ合衆国で初公開された。当時のアメリカはナチの戦争とはいまだ無縁であり、平和を享受していたが、この映画はそんなアメリカの世相からかけ離れた内容だった。

またこの作品は、チャップリン映画初の完全トーキー作品[1]として有名であり、さらにチャップリンの作品の中で最も商業的に成功した作品として映画史に記録されている。

アカデミー賞では作品賞主演男優賞助演男優賞ジャック・オーキー脚本賞作曲賞メレディス・ウィルソン)にノミネートされ、ニューヨーク映画批評家協会賞では主演男優賞を受賞した。また、1997年アメリカ国立フィルム登録簿に登録された。

初公開当時ナチス・ドイツと友好関係にあった日本では公開されず、日本初公開はサンフランシスコ講和条約締結から8年後の1960年であった。しかし、日本でもヒットし興業収入は1億6800万円を記録、この年の興業収入第4位となった。

 


ライムライト 人生の意味、生きる力

2016年08月29日 | 映画

意味を求めたってはじまらないよ。人生は欲望だ、意味など、どうでもいい。すべての生き物の目的は欲望なのだ。

それぞれ欲望があるから、バラはバラらしく花を咲かせたがるし、岩はいつまでも岩らしくありたいと思ってがんばっているんだ。

人生は恐れなければ、とても素晴らしいものなんだよ。
人生に必要なもの。それは勇気と想像力、そして少しのお金だ。

 

かつてイギリス一と言われた道化師のカルヴェロ。いまや中年を過ぎすっかり落ちぶれ酒浸りの日々を送っていた。

ある日カルヴェロは、自殺を企て意識不明で倒れていたテリーという美しいバレエの踊り子を助ける。テリーは姉が娼婦となって自分のレッスン代を払ってくれていたことを知ってから足がマヒしてしまった。すっかり失望して生きる気力を無くしていた彼女をカルヴェロは献身的に介抱し、もう一度バレエを踊らせる。

再び踊りはじめたテリーはダンサーの職を得、作曲家のネヴィルにも気に入られ新作バレエの第一ダンサーに抜擢される。一方のカルヴェロはカムバックに失敗し、逆にテリーに励まされる始末だった。

テリーに惚れ込んだネヴィルは彼女に愛を告白する。しかし彼女の想いはカルヴェロにあった。テリーはカルヴェロに結婚しようと言い出す。カルヴェロは年齢差や自らの境遇とテリーの順風満帆の現在を比べ、結婚話をばかげていると一蹴してしまう。カルヴェロは彼女の元を離れ辻音楽師へと落ちぶれてゆく。

カルヴェロと別れた後のテリーはヨーロッパ各地での興業でも絶賛される。その一方で第一次世界大戦が始りネヴィルは出征してゆく。ロンドンに帰ったネヴィルはテリーを口説くが、彼女はまだカルヴェロのことが忘れられない。

ある日街角で偶然カルヴェロに再会したテリーは、もう一度彼を舞台に立たせるように手筈を調える。 再起の舞台で熱演するカルヴェロに観客は惜しみない拍手を送る。カルヴェロは熱演のあまり、予定よりも勢いよく舞台から転落。そのまま袖に運ばれる。何も知らぬテリーが舞台で踊りを披露する。彼女の脚光を浴びる姿を見ながらカルヴェロは息を引取るのだった。


『街の灯』

2016年08月28日 | 映画

街の灯』(まちのひ、City Lights)は、1931年アメリカ映画チャールズ・チャップリンが監督・脚本・製作・主演したコメディ映画サイレント映画だが音楽付きのサウンド版として公開された。


内閣官房参与

2016年08月27日 | 政治

内閣官房参与(ないかくかんぼうさんよ、英訳:Special Adviser to the Cabinet[1])は、日本内閣官房役職の一つ。内閣総理大臣(首相)の“相談役”的な立場の非常勤国家公務員である。

内閣が対応すべき各種分野において優れた専門的識見を有する人材を首相が直接任命し、任じられた当人は首相に対して直接意見を言い、また情報提供や助言を行う。いわゆる“ブレーン”、“側近”的存在。人数制限はなく、通常は複数人いる。職務に対しては守秘義務が課される。全員に、所属する内閣府総理大臣官邸で一つずつ執務室が与えられる[2]。また内閣参与の上に定員1名の内閣特別顧問が存在する。

第2次安倍内閣では以下の14人が任命されている。


日本のデフレ

2016年08月26日 | 社会・経済

1990年後半以降、日本の金融機関は公的資金の投入を受けながら、不良債権の圧縮と経営基盤の強化に努めたが、その影響は信用収縮による長期デフレという形でマクロ経済に波及した。GDPデフレーターという総合的な物価指標で見た場合1997年の消費税引き上げという特殊要因を除けば日本のデフレは1994年第3四半期から続いている。デフレ現象が現実に起こった国は第二次世界大戦後においては、1990年代以降の日本以外にない。

明治大学国際総合研究所フェローの岡部直明は、デフレが起きる要因として、1)需要要因、2)供給要因、3)貨幣要因・金融要因、の3つを挙げている。岡部直明は「日本のデフレはすべてが絡みあった『複合デフレ』といえる」と指摘している。

大和総研は「デフレの遠因として、長期的に続く円高傾向が挙げられる」と指摘している。

白川方明日銀総裁は、日本のデフレの原因について、

  1. 規制緩和などによる、内外価格差の縮小
  2. 労使の雇用確保の重視による、サービス産業などの賃金低下
  3. バブル崩壊後の国民の自身に喪失による、需要不足の発生

を挙げている。

2012年4月21日、ワシントンで行われたフランス銀行主催のパネルディスカッションで、白川は日本について「人々が将来の財政状況への不安から支出を抑制し、そのことが低成長と緩やかなデフレの一因になっている」と述べている。

2012年6月4日、白川は都内の講演で「少子高齢化グローバル化という構造変化への対応が遅れていることが、低成長、ひいてはデフレの基本的な原因」と指摘している。池尾和人も同様の指摘をしている。

池尾和人は「デフレの原因は需要が弱いことであり、それは日本の供給力が弱いからである」と指摘している。

経済学者の齊藤誠はデフレの原因について「資源価格の上昇と国際競争力の低下による海外への所得流出にある」とし「金融政策で克服するのは難しい」と述べている。

森永卓郎は「1997年には、橋本内閣が消費税率引き上げ、医療費の本人負担の3割への引き上げ、特別減税の廃止という、9兆円のデフレ政策をぶつけて、15年にわたるデフレを引き起こした」と指摘している。

1997年から始まった日本の金融危機について、FRBが研究を行ってきたことは広く知られており、危機が訪れたとき、デフレ阻止に向けて急速な金融緩和を行うべきであるという結論は、インターネット・バブル崩壊と「世界デフレ」の危機に関しては予期した以上の成果へ結びついた。FRBは2002年7月に「デフレ防止策について1990年代の日本の経験の教訓」というFRBスタッフによるディスカッションペーパーを公表し、そのなかで日銀が阪神・淡路大震災後も金融スタンスを変えなかったことや、1997年に消費税を増税したことに言及し、財政構造改革の政策スタンスを転換し所得・消費税等を引き下げることにより経済を刺激できた可能性について言及している。田中秀臣などはこの論文を引用し1990年代のこれらの政策態度により日本は完全な長期停滞に突入したと論じている。

経済学者の松尾匡は「民主党政権の財政削減、紙幣発行の引き締め、官僚批判、規制緩和、コミュニティやNPOによる公財政の身代わり、エコロジー志向といった路線の姿勢は、人々がモノやサービスを買おうとする力を停滞させ、デフレ不況を深刻化させた。倒産や失業や不安定な雇用に苦しむたくさんの人々の期待を裏切った」と指摘している。

岩田規久男は「2011年3月現在の日本経済はデフレの状態にあるが、デフレの最中の増税によって内需が減少すれば、一層のデフレになる」と指摘している。


生命はどこからきたのか

2016年08月25日 | 社会

惑星科学の第一人者・松井孝典氏が著わす「アストロバイオロジー」の決定版です。アストロバイオロジーとはNASA(アメリカ航空宇宙局)が命名した、生命の起源と地球外生命体の存在を追究する21世紀の生物学です。本書ではまず、「最古の生命体はなにか」などをテーマに、生命の起源と進化について論じます。そして、数千メートルの深さの海底や地下深部など、地球上の極限環境でも生き延びられる生物に着目します。なぜなら、こうした極限環境は他の惑星の環境と似ている点が多く、そこに棲める生物は、地球外でも生存できる可能があるからです。と同時に、深海で熱水がわき出る熱水噴出孔付近は、原始地球に近い環境にあるので、最古の生命体を特定する手がかりになるからでもあります。
また、「宇宙には生命が満ち溢れている」ことを期待させる新発見も続いています。たとえば、地表で探査車が調査を進めている火星では、液体の水が大量に存在した証拠となる堆積岩や、水が流れたことを示す地層が見つかっています。木星の惑星の1つエウロパは、表面は厚い氷に覆われていますが、地下には海があると見られています。また、土星の最も大きな衛星であるタイタンでは、メタンの雨が降り、川のような跡を作っていることが確認されています。このタイタンの内側を周回するエンセラダスには活火山があり、地表に有機物が存在することが発見されました。これらはいずれも、生命が存在する、あるいは存在した可能性を示すものです。そして太陽系外では、地球と似た環境をもつと見られる惑星が次々に発見されているのです。
惑星科学における最新情報満載の一冊です。

内容(「BOOK」データベースより)

NASAは「生命はどこから来たのか?」を21世紀の宇宙探査のテーマとし、「アストロバイオロジー」と名付けました。これは「生命とは何か」「生命はいかに地球に出現し進化したか」「我々は宇宙で孤独な存在なのか」が柱となります。本書では、その最先端を紹介します。

著者略歴

松井/孝典
1946年静岡県生まれ。理学博士。東京大学理学部卒業、同大学院博士課程修了。専門は地球物理学、比較惑星学、アストロバイオロジー。NASA客員研究員、東京大学大学院教授などを経て東京大学名誉教授。2009年より千葉工業大学惑星探査研究センター所長。12年より政府の宇宙政策委員会委員(委員長代理)。1986年、英国の『ネイチャー』誌に海の誕生を解明した「水惑星の理論」を発表、NHKの科学番組『地球大紀行』の制作に参加。88年、日本気象学会から大気・海洋の起源に関する新理論の提唱に対し「堀内賞」、07年、『地球システムの崩壊』(新潮選書)で、第61回毎日出版文化賞(自然科学部門)を受賞


『戦後日本――占領と戦後改革(全6巻)』

2016年08月24日 | 社会

『戦後日本――占領と戦後改革(全6巻)』(岩波書店, 1995年)

  • 1巻「世界史のなかの1945年」
  • 2巻「占領と改革」
  • 3巻「戦後思想と社会意識」
  • 4巻「過去の清算」
  • 5巻「戦後民主主義」
  • 6巻「戦後改革とその遺産」

「3分クッキング」料理・101品

2016年08月23日 | 

「3分クッキング」の放送レシピから、これだけは作れるようになりたい料理・101品を厳選。
作りやすく失敗しないだけでなく、その通りに作れば間違いなくおいしくできるレシピです。
おいしく、失敗なく作るためのポイントは、作り方の中でわかりやすく解説。料理のコツが自然と身につきます。
合わせて、食材の切り方や下ごしらえのしかた、「落としぶた」「筋切り」などレシピ特有の言葉の意味など「料理のきほんのき」がしっかり覚えられるページもたっぷり。
この1冊で、料理上手への第一歩を踏み出しましょう。

おもな内容は
【最初に覚えたい、きほんの料理10品】
肉じゃが、しょうが焼き、から揚げ、きんぴらなど、代表的な家庭料理10品の作り方が完全マスターできます。

【料理を始める前に】
そろえておきたいきほんの調理道具、計量スプーン・カップでの正しいはかり方、火加減・水加減、料理用語などが、しっかり覚えられます。

【目でみてわかる 切り方&材料別下ごしらえ】
みじん切り・ささがきなどの切り方や、板ずり・湯むき・いかのさばき方などの下ごしらえが、豊富な写真でわかりやすい!

【きほんの肉おかず/魚介おかず/卵・豆腐おかず】
繰り返し作りたい、主菜になる定番おかずを紹介。材料別の構成で使いやすい!

【きほんのごはん・パスタ】【きほんの副菜】
ごはんものは、炊き込みごはん、チャーハン、親子丼、ちらしずしなど。パスタは、ミートソース、ナポリタン、カルボナーラ、マカロニグラタンなど。いずれも絶対覚えたい、作りたいものばかり。

【きほんの副菜】
おひたしやごまあえ、白あえ、サラダなど、副菜も大充実。献立のもう1品に困りません。


「3分クッキング」おかずベスト120

2016年08月22日 | 

の放送レシピから選び抜いた、手早く簡単にできるおかずベスト120
番組スタッフがおいしさを保証します!
「どんなに簡単でも、おいしくなければ納得できない」
そんな番組スタッフたちが選んだレシピには
簡単・手間なしなのにおいしくなる「3分クッキング」流のコツがいっぱい。
基本の料理から、ちょっぴり上級感のあるものまで、
レシピ通りに作れば間違いなしの味に仕上がります。

おもな内容は
【フライパン1つでできるスピードおかず】
焼くだけでおいしいソテーや、パパっと作れる炒めもの、フライパン煮ものから、意外な使いこなしまでをたっぷり。

【ひと鍋でできるスピードおかず】
定番の煮ものはもちろん、野菜たっぷりがうれしい煮ものや、ゆでるだけの手間なしおかずがズラリ。

【この道具で簡単レシピ】
電子レンジでできるラクうまレシピをご紹介。みんなでわいわい囲めるホットプレートを使ったレシピもあり。

【栄養バランスよりのごはん&麺】
一品で食事になるどんぶりやひと皿ごはん、具だくさんの面は、忙しいときの強い味方。

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七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず

2016年08月21日 | 社会

 

孔子の論語 為政第二の四 七十にして心の欲する所に従って矩を踰えず

孔子の論語の翻訳20回目、為政第二の四でござる。

漢文
子曰、吾十有五而志乎學、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而從心所欲、不踰矩。

書き下し文
子曰わく、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順(した)がう。七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず。

英訳文
Confucius said, “I aspired after study when I was 15. I became independent at 30. I threw away my hesitation at 40. I understood my duty of life at 50. I became able to listen to other people’s words without prejudice at 60. I became able not to be contrary to morals even though I follow my desire, at 70.”

現代語訳
孔子がおっしゃいました、
「私は15歳の時学問を志した。30歳の時に学問で身を立てる事が出来るようになり、40歳で学問に対する迷いがなくなり、50歳の時に自らの天命を知った。そして60歳の時には人の言葉を偏見無く聴く事が出来るようになり、70歳になったら自分の心のままに行動しても人道を踏み外す事が無くなった。」


詩篇121 やまに向かって

2016年08月20日 | 聖書

http://worship.vcfkani.org/worshipsheet/pdf/vol_05/yamanimukai.pdf

第 121 章

1 わたしは山にむかって目をあげる。わが助けは、どこから来るであろうか。
わが助けは、天と地を造られた主から来る。
主はあなたの足の動かされるのをゆるされない。あなたを守る者はまどろむことがない。
見よ、イスラエルを守る者はまどろむこともなく、眠ることもない。
主はあなたを守る者、主はあなたの右の手をおおう陰である。
昼は太陽があなたを撃つことなく、夜は月があなたを撃つことはない。
主はあなたを守って、すべての災を免れさせ、またあなたの命を守られる。
主は今からとこしえに至るまで、あなたの出ると入るとを守られるであろう。


就職率100%。産業界は、なぜ高専の教育を評価するのか?

2016年08月19日 | 社会

 

函館工業高等専門学校 副校長

小林淳哉 教授

「高専」のことをご存じだろうか? 実践的な教育を行い、卒業生は産業界からも高い評価を得ている高等専門学校。一般の高校や大学とは異なる教育システムを持つ高専は、何を目指し、どのような教育を行っているのか。

“kosen”という独特のシステム

工学を学ぶ学生たちが、アイデアと技術を駆使してロボット開発に取り組む。それを自ら操作して目的の達成度を競う「ロボットコンテスト」。対戦形式の緊張感と学生たちのひたむきな姿が人気を呼び、「ロボコン」の愛称でも親しまれる。ここには、大学の工学部などと並んで高専の学生たちがたびたび登場する。実は、ものづくりの現場では、数多くの高専出身者が活躍しているのである。

高専とは高等専門学校のことで、中学校卒業後の15歳から20歳までの5年間、一貫教育を行う高等教育機関である。全国に51の国立高専があるほか、公立と私立の高専がそれぞれ3校。工学系と商船系があり、工学系は機械工学、電気工学、電子制御工学、物質工学、建築、環境都市工学などのコースに分かれている。このほかにも、経営情報学科、情報デザイン学科、コミュニケーション情報学科、国際流通学科などを設置している学校もある。一方の商船系は、航海コースと機関コースがあり、修学年数は5年6カ月。いずれも卒業生の企業側からの評価は高く、就職率はほぼ毎年100%という水準を維持している。

2009年に発表されたOECDの『高等教育政策レビュー:日本』には“kosen”という記述が数カ所出てくる。「高専」である。日本には、大学、短期大学、専門学校、そして高専を合わせて4000校以上の高等教育機関があるが、社会への利益還元の最適化が十分とは言えないとした上で、その唯一の例外が高専であるという。そして、教育レベルの高さに加え製造業を中心とした日本の産業ニーズに迅速に対応できることから、国際的な評価も高いと報告している。報告書ではまた、最終的に学士の学位取得への道も開いており、社会・経済的に低い階層にいる学生に対しての社会における広いチャンスを提供していることも、高評価の背景だとしている。高専全体が効率的かつ総合的に計画されており、教育方法の革新性とステークホルダーへのアンテナの鋭さを有し、その結果として質の高い技術者を社会に送り出していると分析している。

文部科学省の「大学における実践的な技術者教育のあり方に関する協力者会議」では“社会の要請に応える質の高い技術者”を「数学、自然科学の知識を用いて、公衆の健康・安全への考慮、文化的、社会的及び環境的な考慮を行い、人類のために設計、開発、イノベーション又は解決の活動を担う専門的職業人」と定義する。この報告の対象は大学での技術者教育であり、必ずしも高専を想定したものではない。しかし、(独)国立高等専門学校機構が定めたモデルコアカリキュラムではこの考え方を導入。大学の工学系学士課程と同等以上の能力を有する人材育成を目標としているというところは、高専の志の高さと覚悟を感じるものである。


武満徹

2016年08月18日 | 音楽

稀代の作曲家は音楽だけでなく、出色の著作も数多く遺した。その中から62篇を厳選し、一冊にまとめた文庫オリジナル編集版。名曲『ノヴェンバー・ステップス』誕生秘話などの自作品の解説や、彼が愛した音楽・映画の評論、日々の随想、そして自作の小説等々、武満の関心の幅広さが窺われる。また音楽や人間を慈しむ彼の姿が、つづられた数々の言葉から垣間見られる。巻末に、現在の武満作品琵琶奏者である中村鶴城と編者との対談を収録。実演する立場から武満音楽の真髄を紹介する。

武満/徹
1930年、東京生まれ。清瀬保二に作曲を師事。1951年、湯浅譲二や秋山邦晴らと芸術グループ実験工房を結成。1957年、東京交響楽団の委嘱で「弦楽のためのレクイエム」を作曲。以後「地平線のドーリア」「ノヴェンバー・ステップス」など数々の名曲を発表。1996年逝去

小沼/純一
1959年、東京生まれ。早稲田大学文学学術院教授


大竹まこと(1949年5月22日-)

2016年08月17日 | 社会

大竹 まこと(おおたけ まこと、1949年5月22日- )は、日本のお笑いタレント俳優ラジオパーソナリティ斉木しげるきたろうの3人で構成するシティボーイズの一員。本名、大竹 真(読み同じ)。昭和60年頃の一時期は、ソロ活動のみ「常滑川まこと」名義を使用していた。

東京都出身。ASH&Dコーポレーション所属。東京大学教育学部附属中学校・高等学校(現・東京大学教育学部附属中等教育学校)卒業。大竹オサム双子の弟。