一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

先崎 彰容(1975年〈昭和50年〉- )

2016年10月04日 | 社会学

先崎 彰容(せんざき あきなか、1975年〈昭和50年〉- )は、日本倫理学者、日本思想史研究者。日本大学教授。専門は近代日本思想史・日本倫理思想史。東京都出身。

 

東京大学文学部倫理学科卒業。東北大学大学院文学研究科日本思想史博士課程単位取得修了。2007年「個人主義のゆくえ 福沢諭吉高山樗牛和辻哲郎にみる」で東北大学博士(文学)。政府給費留学生として、フランス・社会科学高等研究院に学ぶ(専攻:国際日本学)。東日本国際大学東洋思想研究所教授。2016年日本大学危機管理学部教授。

 


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浜崎 洋介(1978年 - )

2016年10月03日 | 社会学

浜崎 洋介(はまさき ようすけ、1978年 - )は、 日本文芸批評家日本大学芸術学部東京工業大学にて非常勤講師をつとめる。専門は日本近代文学、批評理論、比較文学福田恆存小林秀雄を中心に、日本の保守思想の研究を専門とする。博士(学術)

 

埼玉県大宮市(現・さいたま市)出身、生後半年で生地を離れ、その後、広島大阪神戸東京を転々とする。2001年、日本大学芸術学部卒業。2010年、東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻博士課程修了。「福田恆存の思想 : 作家論・芸術論・国語論の観点から」で学術博士。主査は井口時男


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アイヌの歴史 海と宝のノマド

2014年08月26日 | 社会学

縄文からアイヌへ ダイナミックに変動するアイヌ社会の全歴史
宝を求め、サハリン・アムール川流域に進出する戦うアイヌ。激しい格差、サケ漁をめぐる内部対立、「日本」との交渉??社会の矛盾に悩むアイヌ。北の縄文から近世まで、常識を覆すダイナミックな「進化と変容」。

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橋爪大三郎「言語派社会学の原理」(2000)

2014年02月05日 | 社会学

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性、「言語」そして権力とは何か?橋爪大三郎は主張する。言語を中心にしなければ人間も社会もとらえきれない。従来の構造=機能分析を乗り超えるためには、西欧的な概念系の起源から解き放たれた記述と説明の装置を用意する必要がある、と。橋爪社会学=言語派社会学の精髄を伝える。

――次世代にはどんなメッセージを?

 日本はだんだんじり貧。でもこれは、元の小国日本に戻りつつあるだけとも言える。戦後の一時期好調だったのは、中国やインドが停滞していたから。中国が本気を出せば、日本は跳ねとばされる。じゃ、日本の居場所はなくなるかというと、日本にはまだまだ世界に誇れる技術や人的資源がある。経済が尻すぼみになった今こそ、日本人のアイデアとユニークさとやる気が試されている。いまさら守りに入っても守るものはもうないのだから、冒険しましょう。

 ――冒険というと?

 自分よりまず、世界に目を向けて、他者のために何ができるかを考えてほしい。ここ何年か、国際協力機構(JICA)の青年海外協力隊の派遣前訓練の講師をしているんだけど、そこに20代、30代の日本人が大勢参加している。日本の若者はダメだという声があるが、私はそうは思わない。世界のため自分は何ができるか、世界は何を必要としているのか、それが見えてくれば、進むべき道がおのずからはっきりするはず。自分についてもわかってくる。

 日本人のいい点は、勤勉で、他者を信じて、努力すれば道が開けると考えていること。よくない点は、他者を信じるあまり、人間の決めた原理原則を大事にしないこと。宗教や法律のような原理原則をきちんとふまえて行動するのでないと、これから世界の人々とつきあうのにズレが生じる。

 もう一つ、異質な他者を受け入れる心構えも大事です。世界では異質なものを受け入れる用意がある。一方、日本はすぐに、同質であることを相手に求める。

 ――異質なものを受け入れ、世界に飛び出すことが、日本の未来につながる?

 日本の未来というより、日本人一人ひとりの未来と幸せと人生の充実につながると思うな。


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自己から世界へ(1992)

2014年02月03日 | 社会学

全共闘世代とは何だったのか。今どう生きているのか。意識の変容は自己否定、自己変革の代案たりうるか。今あえて同世代の論客たちが徹底討論する〈我らの時代〉と〈我らの未来〉。

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政治の教室(2012)

2014年02月03日 | 社会学

日本人に民主主義は可能か?民主主義はもっともすぐれた政治制度だと唱える本書は、それが、全員一致と連帯責任のムラ政治をつづけてきた日本の伝統とは相反することを認めるところから出発する。ムラ原理がもたらす破滅とは何か?民主主義を手づくりするには何からはじめればいいのか?「可能なこと」の提示と呼びかけにつとめる実践の書。

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東浩紀

2013年10月09日 | 社会学

東 浩紀(あずま ひろき、1971年(昭和46年)5月9日 - )は、日本作家[2]小説家)、思想家[。学位は博士 (学術)東京大学1999年)。思想地図を刊行する出版社ゲンロン代表取締役社長編集長

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      見田宗介著作集

      2013年10月08日 | 社会学

      研究者とか作家が一つの著作とか作品を完成する時,作品全体のモチーフを透明に把握しながら,部分部分の構成を自己編集する.わたしは生涯の仕事を一つの作品としての全集に編集しておきたいと思う.

       十代の終わり位から,仕事をする時の折目折目に心の中でいう口癖は,「問題は何だ!」ということであった.今やろうとしているテーマの背後に,もっと大切な問題があるのではないか.ほんとうに大切な根本の問題は何か.ということである.それは究極,この有限の一回限りの生の時間を,すてきな歓びに充ちた生き方をするにはどうすればいいか.この有限な一回限りの人類の存在の時に,人びとがすてきな歓びに充ちた人生を生きるためには,どのような社会をつくればいいか.という単純な素朴な問いに収斂するのだけれども,この収斂はまた反転して,幸福や価値意識をめぐるその最初の時の問いから,生と死と愛と孤独の社会学へ,「自我」と「時間」の起原と本体へ,近代世界の存在仕方を総体として批判し対象化する方法としての比較社会学へ,「現代社会」のダイナミズムと動向線へ,未来社会の理論へと,領野を越えて拡大する知の戦線にわたしを駆動しつづけた.この〈遠心する求心力〉ともいうべき反転のダイナミズムは,全戦線を通底し駆動するモチーフを透明に把握して個別個別の仕事の連関と呼応とを定位しながら,一つの作品としての全集を構成するという作業は,本人自身がやる他のないようなものとしてしまった.
       本人のイメージとしては全集であるが,後世に残しても意味がないと思うものは捨て,全面的に読み返し,改訂し,増補して「決定稿」とし,モチーフの核と相互の連関についての追記を付するので,これを「定本」としたいと思う.
       定本の完成の後のことは,何も考えていない.
         2011年8月
      見田宗介   

      Sousuke


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      今村仁司 「近代の労働観」

      2013年09月25日 | 社会学

      一日のかなりの時間をわれわれは労働に費やす。近代以降、労働には喜びが内在し、働くことが人間の本質であると考えられてきた。しかし、労働の喜びとは他者から承認されたいという欲望が充足されるときである。承認を求める欲望は人間を熾烈な競争へと駆り立てる。労働中心主義文明からの転換を、近代の労働観の検討から提起する。

      Imamura


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      山本 七平(1921 - 1991)

      2013年03月19日 | 社会学

      山本 七平(1921年12月18日 - 1991年12月10日)は、山本書店店主。評論家として、主に戦後の保守系マスメディアで活動した。

      Yamamoto Yamamoto2


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      橋爪 大三郎(1948年10月21日 - )

      2013年03月04日 | 社会学

      橋爪 大三郎(1948年10月21日 - )は、日本の社会学者東京工業大学大学院社会理工学研究科価値システム専攻価値論理講座言説編成分野教授。東京工業大学世界文明センター副センター長も務める。

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      小室 直樹(1932年9月9日 - 2010年9月4日)

      2013年03月03日 | 社会学

      小室 直樹(1932年9月9日 - 2010年9月4日)は、日本法学者法社会学者。学位は法学博士東京大学1974年)。東京工業大学世界文明センター特任教授、現代政治研究所(東京都千代田区)所長などを歴任した。

      1963年東京大学大学院法学政治学研究科に進学。丸山眞男が指導教官となり政治学を学ぶが、小室が心理学ばかり勉強しているので、丸山の弟子の京極純一に預けられた。その他にも、東大のゼミナールを渡り歩き、中根千枝から社会人類学を、篠原一から計量政治学を、川島武宜から法社会学をそれぞれ学ぶ。

      1965年には、高田保馬の『社会学概論』(岩波書店)の解説を書いた富永健一から社会学を学ぶ。富永の紹介で社会学の雑誌に立て続けに一連の論文を発表し、論文「構造機能分析と均衡分析」では行動主義心理学を社会学に応用したパーソンズの構造機能分析を日本で他に先駆けて発表した。

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      1967年から、ボランティアで所属・年齢・専攻を問わない自主ゼミ(小室ゼミ)を開講し、経済学を筆頭に、法社会学、比較宗教学、線型代数学統計学抽象代数学解析学などを幅広く無償で教授していた。小室ゼミ出身者には橋爪大三郎宮台真司副島隆彦盛山和夫志田基与師今田高俊山田昌弘大澤真幸らがいる。

      1970年大塚久雄の近所に引越し、直接マックス・ヴェーバーについて学びながら、宗教についての研究を始める。後掲「社会科学における行動理論の展開」で城戸賞受賞。1972年、東京大学から「衆議院選挙区の特性分析」で法学博士学位を取得し、東京大学非常勤講師に就任。

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      天皇の戦争責任

      2013年01月12日 | 社会学

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        昭和天皇に戦争責任はあるのか、ないのか。あるとしたら、それは政治的責任なのか、道義的責任なのか。これまで何度となく繰り返されてきたこの微妙な問題に、終戦直後に生まれた3人が座談会の形で集い、「対決バトル討論」を交わした。

         加藤典洋、橋爪大三郎という今日屈指の論客に、竹田青嗣が行司役である。加藤は「天皇に戦争責任がある」と断じ、橋爪は当時の天皇の法的地位をタテに「責任は問えない」と反論する。これに対して竹田は、天皇の戦争責任は、現在の基準から考えるべきなのか、当時を基準とすべきなのかと議論を整理する。加藤は橋爪の主張の一部を認めつつも、今に至る戦争責任への国民の感情的シコリを指摘し、理屈だけでは解決できないと切り返す。

         天皇の戦争責任問題は、これまで「責任あり」「責任なし」という二者択一的な議論に収斂(しゅうれん)し、論者の政治的帰属を確認するだけのものになってしまうことが少なくなかった。しかし加藤、橋爪両者にとって、どちらの立場に立つかは問題の中心をなしていない。2人の関心は自分の立場の防御ではない。天皇の戦争責任を白紙の状態から考えるとしたら、どのような問題設定を行うべきかという、思考的実験を両者は競っている。保守・革新の対立にも似た不毛な議論の隘路(あいろ)に入ることなく、どのように知を構築していくか。新しい視点と切り口に満ちた、とくに若い人にぜひ読んでもらいたい1冊である。(西川 恵)


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      見田宗介(1937-)

      2012年12月28日 | 社会学

      見田 宗介(みた むねすけ、1937年8月24日 - )は、日本の社会学者東京大学名誉教授社会学修士。真木悠介筆名を持ち、社会の存立構造論やコミューン主義による著作活動によって広く知られる。

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      その後の見田の社会学はカルロス・カスタネダ比較社会学がその中心に据えられ、時間論、自我論、関係論がその主題となった。時間論については『時間の比較社会学』(1981年)、自我論と関係論については『宮沢賢治 - 存在の祭りの中へ』(1984年)を助走として『自我の起原』(2001年)を完成させる。この『時間の比較社会学』と『自我の起原』の両著作は、見田の学問的営為の総体を駆動してきた原問題(すなわちニヒリズムエゴイズム)に納得いく解決を獲得させるものであった(なお、両著作は真木悠介の筆名による)。

      また、1996年の『現代社会の理論』の中では、情報消費社会のダイナミズムと魅力の根拠を明らかにしながら、その必然の帰結である現在の危機を、自由な社会という原則を手放すことなく克服する方向を示した。

      なお、見田ゼミ出身の社会学者・研究者に、内田隆三吉見俊哉舩橋晴俊福岡安則亘明志江原由美子大澤真幸宮台真司小熊英二熊田一雄上田紀行中野民夫らがいる。


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      加藤典洋{アメリカの影」(1985)

      2012年11月29日 | 社会学

      江藤淳の『成熟と喪失』および一連の占領研究を精細に追跡することで、彼の戦後言説空間への強烈な批判意識とその背後に隠されたアメリカへのナイーブな思いとの落差に、戦後社会の変容を読み解き、また、原爆投下を可能とした“無条件降伏”という思想それ自体を問うことで、日米関係の“原質”に迫る。文学者としての鋭い直観と斬新な視座から日本の戦後をとらえ直した、鮮烈なデビュー作。

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      原発のそばに住む住民は、原発の危険性を認識しつつも、現在の生活を満足させる道を、いやがおうもなく、選択されてきた。そのことは、沖縄の基地の危険性を負うのと引き換えに、日本経済の発展をこれもいやがおうもなく、選択せざるを得なかった日本の相似形がそこにはある。

      「経済成長」を至上命令とすう国家方針と、そのことから不可避的に生じる「自然」崩壊のあいだのジレンマである。


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