一身二生 「65年の人生と、これからの20年の人生をべつの形で生きてみたい。」

「一身にして二生を経るが如く、一人にして両身あるが如し」

石巻市、女川町に行きます

2012年09月18日 | 旅行記

朝5:12仙台発の仙石線で、石巻市に行きました。物見遊山で、被災地をこの目でみてきました。

「あー松島や、松島や。。」の松島海岸駅からは、線路の復旧が進んでなく、JR代行バスが運行されていて矢本駅までバスで行く、その後また仙石線の電車に乗り、石巻駅へ着く。

石巻は漫画家の石の森章太郎の故郷で、駅前から漫画ロードと称して、等身大の漫画キャラクター(ブラックジャックなどなど)の置物が通りに並んでいる。駅前は平穏そのもので、津波で水没したとは思えず、わずかに道路上に被害の痕跡が残る。高校生が元気に通学路を歩いている、多分石巻水産高校の生徒だろう。

石巻から、女川町に足を伸ばす。石巻線も寸断されて、渡波駅から女川まではJR代行バスで、女川駅は高台の総合運動場の前が終点。途中、女川町の中をバスが走ったが、海岸から山までの間の民家、商店、工場等は全部津波で流されて、更地になっている。道路だけが整備されていて、他の場所は雑草がはえて何も建物はない。高台には女川町役場、学校、仮説住宅が造られているが、震災ご一年半がたって、震災前の生活が戻りつつあるが、復旧までの道は遠い。

役場の掲示板に、現金108万なにがし、下顎部の骨、大腿部の骨、そして選挙人告示が同列に告示されていた。

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2011年平成23年)3月11日14時46分18秒、マグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震が発生し、女川町は女川原子力発電所震度計震度6弱を観測した(町内の検測所は津波で流失)。 さらにこの地震が引き起こした津波に襲われ、沿岸部は壊滅的被害を負った(東日本大震災)。また、港湾空港技術研究所の調査によれば、津波の最大波高(浸水高)は女川漁港の消防庁舎で海抜14.8mを記録した。

津波で3階建ての町庁舎も冠水したが、町長以下職員は間一髪屋上に避難して無事であった。女川原子力発電所は高台にあったため辛うじて津波の直撃を免れたものの、発電所を管理する宮城県原子力センターや原子力防災対策センター(双方とも2階建ての建物)は屋上まで冠水し、環境放射線監視システムが壊滅。職員の多くも行方不明となったため、国や県に一時的に報告ができないという状態に陥った。

東北電力は女川原子力発電所の潮位計の記録を解析し、当施設が浸水高13mの津波に襲われていたことを、4月7日に公表した。女川原発の敷地の標高は14.8mであるが、地震で約1m地盤沈下したことが分かっており、計算上、津波は敷地まで80cmの高さにまで迫っていたことが判明した。実際、津波の飛沫の痕跡が敷地の外縁に残っていた。なお、最大波から15分ほど後に発生した強い引き波のときには、海水面が下がりすぎて原子炉を冷却するための取水口が3- 5分の間むき出しになっていた可能性もあるという。

町域にある鉄道駅のうちJR石巻線女川駅は、土台だけを残して駅舎が流失したほか、駅に停車中であった列車や町営温泉の保存車両等が流されるなど、甚大な被害を受けた。また、女川-石巻間では線路が損傷した。

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更に鉄筋コンクリート製のビル6棟が基礎部分ごと地面から抜けて横倒しになる被害も発生した。液状化現象で基礎が浮き上がった所を津波になぎ倒されたと思われる。世界的にも例の無い被害である事から、町では被害資料として保存する方針を固めている。

帰路は、女川駅10:05発で、渡波駅へ、石巻線小牛田経由で11:53発、仙台12:35へ。駅中食堂で、 昼食寿司1500円。

13:25仙台発福島行き、5490円、14:55福島15:04郡山16:25黒磯17:47宇都宮18:50新宿から小田急線で登戸、帰宅23:00。


みちのく五大雪まつり

2012年08月10日 | 旅行記

東北には夏祭りと同じく、毎年2月には、冬・雪祭りが行われている。これらのまつりも、古代につながる生活に根ざしていて、興味深いものがある。いつか機会があれば、と思う。。。そういえば、故郷旭川の冬まつりで、学生として(確か1964年の冬)、市内の通りに大きな雪像をつくって参加したことがあったな。。。今は、あの祭りはどうなったのか。。。調べたら今年で53回の開催のようだ。

旭川冬まつりあさひかわふゆまつり)とは、北海道旭川市で、毎年2月上旬に行われる祭りである。昭和35年(1960年)に第一回が開催された。北海道を代表する冬のイベントの一つで、さっぽろ雪まつり(約200万人)に次ぐ規模の入場者数(約100万人)を誇る。海外からの観光客も多い。

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www.michinokugodai.comみちのく五大雪まつり

「みちのく五大雪まつり」とは青森県八戸市の「八戸えんぶり」、青森県弘前市の「弘前城雪燈籠まつり」、岩手県雫石町の「いわて雪まつり」、秋田県男鹿市の「なまはげ柴灯まつり」、秋田県横手市の「横手かまくら」と北東北の冬を代表する五つのまつりです。
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東北から 第5日 仙台 8/7

2012年08月07日 | 旅行記

いよいよ今回の旅も最終日。5:00起床、ほとんど眠れず。

仙台七夕は、昨夜も遅く着いたため、駅前の雰囲気のみを味わって、6:03仙台発にて、福島経由で帰路につく。

仙台七夕(せんだいたなばた)は、旧仙台藩内各地で五節句の1つ「七夕」に因んで毎年行われている年中行事およびである。地元では「たなばたさん」とも呼ばれる。

途中、車窓から、安達太良山が見えた(今度は、登りにくるよ。)、8:30郡山着、駅構内で、朝食(かき揚げうどん460円といなり60円)を食べる、9:07発、黒磯10:07着、10:12発で宇都宮へ11:03着、昼食(山菜弁当700円)、宇都宮11:38から、湘南新宿ライナーで、13:37着武蔵小杉、南武線で武蔵溝の口へ。 14:30帰宅!終わった、万歳!

電車に乗っていた総距離は?15,000km(北海道483km、本州1042.5km)!

運賃は?JR北海道&東日本パス(普通列車限定) 8/3~8/9有効 ¥10,000也

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東北から 第4日 山形

2012年08月06日 | 旅行記

鳥海山は、山裾だけで頂上は雲の中、眺望なし!

きらきら羽越(うえつ)線は日本海沿いに秋田県(鳥海山)、山形県(出羽三山、朝日連峰)、新潟県(飯豊連峰)を走っている。

さらに、酒田市、鶴岡市、村上市と興味深い街(江戸幕府と地方の藩)を通過する。

そして、海(海の幸)、森と山(山の幸)、田(米、五穀)が生活の糧としてそこにある。

7:40羽後本荘-8:44酒田9:23-11:43村上12:22-12:35坂野 駅前の食堂で昼食(餃子定食900円、食べるだけで。美味しくな。。)。

米坂線は、板野と米沢間の稲作作りの田んぼの広がる中を走る。周囲の山々を見ながら楽しめる路線だ。坂野13:35発、朝日連峰と飯豊連峰、さらに吾妻山が遠望できる。飯豊連峰にはまだ雪渓がある、15:36米沢着 上杉藩の街は、歴史を感じる。16:24米沢発-17:18山形着。

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第50回花笠まつりを見学する。18:10スタート、学校(幼稚園・保育園、小学校、中学校、高校、大学、専門学校・看護学校等)の参加があり、当然企業(Panasonic、3M、東北電力等)、も社員総出で参加をしているが、自衛隊が迷彩服を着て、「ヤッショ、マカショ、自衛隊!」と踊るのには興醒めした。銀行のお祝い金利の「ヤッショ、マカショ、定期預金!」の方は、愛嬌と可愛気があるが。。。若者軍団の花笠踊りは、動きに意外性があり、さらに多彩で楽しめる。踊りを楽しんでいる方々の姿は、身体がしゃきっとして美しい。

花笠おどりにも、薫風最上川(通称女踊り)、蔵王暁光(通称男踊り)、笠回し系花笠、創作花笠がある。祭神 蔵王大権現。

山形-仙台間を走る仙山線、山形20:19発、仙台21:30着、駅前のネットカフェ(6時間1800円、会員証350円)に入り、パソコンを使用してブログを書く。今夜は、ここで寝泊まりだ!シャワー(380円だったか?)もある!


東北から 第3日 秋田

2012年08月05日 | 旅行記

鯵ヶ沢海の駅4:30 起床、天気は曇りだが岩木山が良く見える、五能線は、岩木山、白神山地、そしてなによりも日本海を見て走るため、気持ち良く列車の旅が楽しめる!

6:29鯵ヶ沢駅から、9:24東能代着、ブランチ駅弁(鶏肉の弁当、美味しかった、850円)、10:48東能代発、11:49秋田着

12:12 秋田発、男鹿線に乗る13: 05 男鹿着、駅前にはなにもなし、遠くに真山(男鹿のナマハゲの発祥の地のひとつ)が見える、13:33男鹿発、14:27秋田着、14:30秋田発、15:14羽後本荘着、駅前にある本荘ステーションホテル(3,500+朝食730円)を確保、15:49羽後本荘発、16:31秋田着、竿燈祭り。

大若は長さ12m、重さ50kg、計46個の提灯を吊るして、力四分、技六分といわれる絶妙なバランスで、手の平、額、肩、腰などに移しかえる妙技がみどころ。250年以上の歴史を持つ国重要無形民俗文化財である。掛け声は、「ドッコイショードッコイショー」だ。

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20:26 秋田発、羽後本庄着、ホテルに入り、二日ぶりの風呂、ビール250円、竿燈祭りは、町内会での参加があり、金色の稲穂をイメージした五穀豊穣のお祭りである、ことが実感出来た。なかなかいいお祭りだ!


東北から 第2日 五所川原

2012年08月04日 | 旅行記

海岸近く散歩、青函連絡船八甲田丸が記念として繋留されている、青森の駅前は様変わりしている、県庁、消防署のあたりは変わり無し。ねぶたラッセランドで、テントの中に入っているねぶたの内、ヤマト運輸のねぶたを見せてもらう。北村隆さんは、ねぶたの名人と言われ、多くの賞をものにしているだけあって、迫力満点。灯りが燈る姿が思い浮かぶ。

北村隆(きたむら たかし)(1966年、69年、77年~)
青森山田学園、ヤマト運輸、に組東芝のねぶたを制作。
6代目:北村隆(1948年~) http://www.nebutakitamura.com/
千葉作龍と同時に認定される。ねぶた大賞(田村麿賞)受賞回数は12回。
北村麻子(きたむら あさこ)(2012年~)
青森市民ねぶた実行委員会のねぶたを制作。北村隆の娘で弟子。青森ねぶた史上初となる女性のねぶた師。

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青森 7:09 弘前 7:50、アイスコーヒーとパンでブランチ、弘前11:12発、鯵ヶ沢12:37着、海岸を散歩、海水浴をしている、道の駅で昼食(海鮮丼1,500円)、14:41 鯵ヶ沢から、五所川原へ16:11、立ねぶた(立佞武多 )祭、県知事、参議院、市長、市会議員が先頭を歩いて政治色が濃い、吉幾三も参加!唄を歌って盛り上げていた。掛け声は「ヤッテマレ!ヤッテマレ!」だ。

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22:01五所川原、22:31鯵ヶ沢着、鯵ヶ沢の海の駅で寝ます。

立ちねぶた祭は、勇壮だが、もう一つ感動なし! それにしても、列車から見えるお墓の列は、山間の中、田んぼ、畑の周辺、森の中、住宅のそば、海辺を見下ろす場所と、様々な所に、様々な人がいた、生きた証の記録であり、人とは?と考えさせられる、正に土地に人の歴史が刻まれている。今回は、旭川に何年か振りで帰省をしたこともあり、鎮魂の旅の意味もあるかも。。。一方では、生活の楽しみ、息抜き、祈りでもある夏のお祭りがある事は、生命のたくましさ、永遠を感じる。笛と太鼓の音、お囃子は素晴らしい。

北海道の七夕には、青森県のねぶたが伝播・変化して根付いた「ローソクもらい」という子供たちの行事がある、というが私にも、小学生時代の懐かしい思い出でもある。

  • 弘前のねぷたが「neputa」であるのに対し、青森のねぶたは、「nebuta」と表記ならびに発音が固定化されたのは1980年(昭和55年)の国の重要無形民俗文化財に指定されてからのことで、現在でもどちらもねぷた、ねぶたと両方の呼ばれ方がある。
  • 形状としては、弘前は扇型(掛け声は、ヤーヤードー)が主体で、青森は人形の灯籠(掛け声は、ラッセラー)というイメージがあるが、弘前の扇形ねぷたは明治以降の形態であり、それ以前は箱型や人形型(組ねぷた)の灯籠が主体だった。現在でも組ねぷたを製作する団体が6団体あり、主催者も組ねぷたを推奨している。弘前の組ねぷたには、上部から人形、高覧、蛇腹、板隠し、開き、額で構成されている。

  • 東北から 第1日 青森

    2012年08月03日 | 旅行記

    7:30起床、8:30 朝食、10:00 神楽、11:00 旭川駅、11:30 泰江の職場に関係する喫茶店にて、コーヒー、そば、12:00 旭川発、14:30 札幌駅、10,000円のパス+急行券1,260円とJR時刻表を購入、15:17 札幌発、16:24 苫小牧着、16:26 苫小牧発、17:28 東室蘭着、17:33 東室蘭発、17:44 室蘭着。

    室蘭市内うろうろ、商店街はガレージ状態、最盛期の人口、昭和44(1969)年183,605人が2005年には10万人を割り、現在(2010年)は94,531人半減した、駅前の夕食(回転寿司)を食べる。

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    21:58 室蘭発、登別着22:19、駅前何もなし、23:35 登別発、青森5:40着

    いつ青函トンネルをくぐったかわからず。眼が覚めると、電車は、津軽海峡を越えて、龍飛岬を走行していた。

    「pamphlet.pdf」をダウンロード


    北海道にて 第2日 旭川 8/2

    2012年08月02日 | 旅行記

    札幌の博章兄の車で、旭川に行きます。13:00 札幌発、砂川SAで昼食旭川ラーメン、15:30 墓参り、16:00 木下宅、17:30 夕食、懇談(古い父母、義博兄、さちこ、親戚の写真をみる、皆若いな~~)入浴後、のんびり23:00 就寝

    お墓が新しくなってから、初めての墓参りだったが、来れて本当に良かった。

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    北海道にて 第1日 札幌 8/1

    2012年08月01日 | 旅行記

    最終日、朝から小雨、曇り空。6:30 食事後、ニセコの民宿に別れを告げ、8:04 倶知安発、9:16 小樽にて4人と別れる、10:00 琴似、10:30 博章さん宅、昼食、洗濯、14:00-17:30 昼寝、夜ジンギスカンで乾杯!

    久し振りに恵そして、子供3人(花梨、正人、浩太)と会った。