1940年、東京に生まれる。8歳の頃よりヴァイオリンを始める。1956年、桐朋女子高校音楽科1年で日本音楽コンクール第1位および特賞を受賞。その後、1958年よりプラハ音楽芸術アカデミーに留学する。プラハでいくつかの賞を受賞した後、首席で卒業し、以降世界各地で演奏活動を行っている。1980年より2012年まで、メキシコシティ・ コヨアカン地区に「アカデミア・ユリコ・クロヌマ」を開校した。メキシコを本拠に世界各地で音楽活動を行っている。1988年にフェリス女学院大学大学院の教授に就任。2007年メキシコで音楽家に与えられる最高の賞とされるモーツァルトメダルを受賞
http://yakupen.blog.so-net.ne.jp/2012-07-19
アカデミア・ユリコ・クロヌマ閉幕にあたっての ご挨拶
メキシコにて、2012年5月15日
本来でしたら個人的にお目にかかり、感謝の気持ちと共にご報告いたさねばならない事柄なのですが、とりあえず、このような略儀を使わせて戴きますことを、どうか悪しからずお許し下さいませ。
実はつい先週のことなのですが、やはり今学期末(6月30日)で私共のアカデミアに、幕を引くことを決心いたしました。すでに70歳になった1~2年前から迷いに迷っていたことなので、近々72歳になる今、最終的な決断をいたした次第です。
この32年間に起こりましたメキシコのみならず、世界中の政治・経済・社会状況の変化は、1980年のアカデミア発足当時には、誰もが夢にも想像出来なかったことだと思います。
今般、アカデミア閉幕の決断に至る主なる要因は、次の3点にあると考えております。
1) 近年のメキシコ市内における治安と交通渋滞のさらなる悪化。そこにソ連邦・及び東欧社会主義崩壊後の国々からのヴァイオリニストたちのメキシコへの大量移住。中流以上の家庭の子弟たちは、自宅での出稽古を申し出る彼ら教師に習うことを優先し、妻の運転する車で子供がアカデミアに通うことを夫が許さなくなった。
2) インターネットの急速な浸透により、子供や学生たちには自宅でパソコンと向き合う時間が大幅に増え、毎日、何時間かの自習が必修のヴァイオリンやチェロの練習に興味を示す者が激減した。
3) 俗に「ベネズエラ方式」と呼ばれている音楽教育システムから生まれ、現在ヨーロッパはじめ日本でも高く評価されているシモン・ボリバール交響楽団や、同システムで育ち、今や世界の楽壇で最も活躍する指揮者となったグスタボ・ドゥダメルらの存在に刺激されて、メキシコでもやっと10年ほど前に国立少年少女交響楽団が創立され、国家文化芸術審議会(日本での文化庁にあたる)直属の管轄下で、全国で子供たちへの無料音楽教育に力を入れ始めた。そこでは「奨学金」の名目で毎月メンバーたちに数千ペソの現金支給があり、低所得家庭への経済援助も兼ねている。
以上のような状況下で、昨今のアカデミアでは生徒数が激減し、以前のような存在の意義も必要性もなくなり、存続そのものも不可能となった訳です。
30年前には生徒数も120名で、門外にウエイティング・リストの生徒が並び、私共のアカデミアが唯一の幼児および少年少女への音楽教育の場だったのですが、時代がこの様に大転換・変化してしまったのです。何に関しても常に「始めあれば終りあり」と言われますが、おこがましく申せば、いわば“先見の明”があり「後世のために誰よりも一歩先んじて貴重な貢献をした」と仰って下さる方々の言葉を信じたい気持ちです
そこで、1983年のメキシコ通貨大暴落で子供用のヴァイオリンが輸入禁止品目に入ってしまい、私が日本で「不要になった小さなヴァイオリンをメキシコの子供達にご寄贈願えないでしょうか?」というキャンペーンを展開した折、多くの方々からお届け戴いた楽器を、今後どのように活用したら最善であるかを考え抜いた末、国家文化芸術審議会を通じて、地方の国立少年少女交響楽団に「日本からの善意」として託すことに決心いたしました。そして音楽振興国家システムの音楽監督エンリケ・バリオス氏と会見し、その件を伝えましたところ「大歓迎でその楽器を全部、有難く頂戴しましょう」との快諾を得ました。彼からは、「アカデミア・ユリコ・クロヌマが姿を消すのは非常に残念だが、すでにこれだけ多くの優秀なメキシコと日本をはじめ、外国人も含めたヴァイオリニストを国内のみならず世界にも送り出した多大な実績と功績が有り、それはこの国の誰もが認めているところなのだから、十分な満足感を持って今、閉幕の決断をすることは正しいことだと思う」と評価されました。
このように「公式にメキシコ側へ日本の善意が届けられる」ということを、私は6月6日の叙勲の伝達式後、日本全国津々浦々から当時ご寄贈下さった方々へお礼とご報告をしたいので、もし何らかの方法で、マスコミ関係のみな様からのご援助が戴けましたら大変有難く、この不躾なお願いをご理解戴けましたら、幸いです。
現在アカデミアには寄贈された大小のヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが合わせて100台ほどあります。それらをメキシコの地方の貧しい子供たちに使ってもらえるようになりましたら、最善の終止符の打ち方になろうかと考えております。今後の楽器管理は当然、音楽振興国家システムがすることになっております。
音楽を愛するメキシコの子供たちが、これらの楽器を通じて、今後さらに日本との友情を深めて行ってくれることが出来ましたら、これ以上の歓びはありません。
一抹の寂しさが無いと言っては嘘になりますが、何しろ年齢(とし)が年齢ですので、この辺でみな様から “無罪放免”のお許しを戴けます様、お願い申し上げます。