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[SF] ねじまき少女

2011-05-31 22:40:21 | SF
『ねじまき少女(上下)』 パオロ・バチガルピ (ハヤカワ文庫 SF)






残念ながら、あらすじ紹介や売り方がミスリードかもしれない。

〈ヒューゴー賞/ネビュラ賞/ローカス賞/キャンペル記念賞受賞!〉というのは間違いではないが、これは、戦うアンドロイド少女物でも、アンドロイド少女と優しいおじさまの恋愛物でもない。エコSFと言われれば、ちょっと違う気もするし、ギブスンともイーガンともチャンとも方向性の違う、リアルな近未来SF。

化石燃料資源が枯渇し、バイオ燃料やバイオ素材に頼らなければならないというのに、肝心の動植物はバイオハザードによる遺伝子病と、遺伝子改変の暴走によって生まれた害虫によって汚染されまくりというディストピア的近未来。

タイ王国は、かつての植民地時代を生き抜いたように、この激動の時代にも王国としての独立を保っていた。しかし、その内実は摂政チャオプラヤの独裁下にあり、外国との輸出入を牛耳る通産省と、疫病根絶のために絶大なる権力を持つ環境省が対立し、賄賂経済の覇権を争っていた。

そんなタイ、バンコクの街で、外国人企業家のアンダースン、その使用人でマレー系華僑のホク・セン、環境省の実働部隊である白シャツ隊の隊長ジェイディー、その側近のカニヤ、さらに、主人である日本人に捨てられたアンドロイドのエミコが繰り広げる群像劇。

エミコは日本が遺伝子工学によって作り出した有機アンドロイドであり、他の機械のようにぜんまい仕掛けで動いているわけではない。アンドロイドを人間と区別するために、意図的にカクカクとした動作しかできないようにされているために“ねじまき”と呼ばれているにすぎない。

そのエミコに隠された秘密が明らかになり、タイ王国をひっくり返す事件が起こってしまうのは実に後半の4分の1程度。しかも、エミコは大事件のきっかけを与えただけにすぎず、そこに至る緊張の高まりが、どちらかというと主題なのではないか。

東南アジアの小国が怒涛の時代を生き延びるためにやってきたこと。そして、繰り返す歴史の悲劇。裏切り、裏切られ、翻弄される市井の人々。英雄的存在が巨大化し、怪物と化していく様や、生きることにせいいっぱいで目の前の小さな欲望に負けてしまう様。そうした人間の逃れられない性質が、エネルギーの枯渇したディストピアを舞台に語られていく。

地球温暖化、遺伝子工学、石油メジャーに変わる穀物メジャー。そうした、現在において問題となりつつある話題と隣り合わせにあるディストピアは、寓話的としてではなく、まさしく目の前にある危機として世界を描き出す。

そして、バチガルピは、そのディストピアを如何にして到来させないかではなく、そのディストピアで如何にして生きるかを描き続ける。まるで、それが避けられない未来であるかのように。そこで生きる人々を讃えるように。

しかし、新時代の夜明けを感じさせるエピローグの明るさが、陰鬱な物語を払拭し、さわやかな読後感を与えてくれる。そのイメージに勇気付けられ、救われる気がする。



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