『夢幻諸島から』 クリストファー・プリースト (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
なんとも感想の書きにくい小説だ。そもそも、これは長編小説なのか、短編集なのか、はたまた、文字通りのガイドブックなのか。
おそらくは、太陽系外のどこかの惑星。大半を海で覆われた星の夢幻諸島と呼ばれる無限の島々で起こるエピソードの集成。
共通して現れる人名はほとんどが芸術家である。小説家、建築家、画家、思想家、記者、喜劇役者……かといって、彼らを主人公とした連作短編というわけでもない。
そもそも、不思議な物理現象によって高高度からの撮影ができず、地図の作成できないような土地であり、多数の方言が入り混じっているために、ある島の話と別な島の話が実は同じ島の出来事を描いたものである可能性があったりする。
この設定は、作中の事実として語られている。そして、それぞれの島の逸話はすべて伝聞であるとの表明もされている。すなわち、最初から正確な事実を記載したものではないのである。
その中から、読者がいかようにも物語を引き出せること、それがこの作品の一つの魅力かもしれない。たとえば、ミステリ好きならば、パントマイマー殺人事件の真実を読み解こうとして見ても良いし、恋愛ものが好きならば、ある小説家と彼が愛した女性の生涯に想いを馳せてみるのもいいだろう。
しかし、そこに描かれているエピソードや伝聞が真実であるのかどうかは誰も知らない。編者ですら、知らないという“設定”なのである。まさしく、確信犯的騙りの文学。
混沌の中から何かを読み解こうとする人、もしくは混沌そのものを楽しもうとする人、読み方はそれぞれだろうが、どうにでも楽しめそうな稀有な作品。
自分はコミス殺人事件をもっとも意識して読んでいたのだけれど、わざと真相がわからないようになっているのだという結論に達し、解読を諦めた。そもそも、ある喜劇役者の死と、あるパントマイマーの死と、コミスの死は同じ事件を述べているのかすら怪しくなってしまった。まさに、プリーストの術中にはまってしまった感じ。でも、それが心地よい。
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