第34回日本SF大賞の全候補作家+その場に居合わせた関係者に、『NOVA』で特別賞を受賞した大森望が持ちかけて復活したという“書き下ろし日本SFコレクション”。
相変わらずの顔の広さと原稿取り付けの交渉力には恐れ入る。このレベルで毎年出版されたら、星雲賞日本短編部門をしばらく独占できそうな勢い。
しかしながら、メンバーが豪華なだけに、これがこの作家陣のベストなのかと言われれば、そんなことはなく、食い足りなさが残った。
その先のビジョンを見たいと思う作品が多く、アンソロジーの限界を見た気がする。このアンソロジーはショーケースにすぎず、その作家の本気を見たければ、さらに深みへ進め。
「戦闘員」 宮部みゆき
その昔、海外ドラマ『V』の初回を見て背筋がゾクゾクした感覚を思い出した。誰も知らない侵略を、自分だけが気づいてしまったレジスタンスたち。あっちのドラマは続編やリメイクも含めてグダグダだけれど、冒頭の気づきだけを見せるところで留めるところが上手い。
「機龍警察 化生」 月村了衛
機龍警察のスピンオフ短編ということだけれど、これだけ読んでも何のことかわからないんじゃないか。シリーズ中のいちエピソードとしても、位置づけが不明で、何が起こっているかの全貌はよくわからない。何かの胎動が窺えるだけ。
「ノー・パラドクス」 藤井太洋
この人がこんなバカSFを書くんだという驚き。不思議なギアチェンジで物語の位相がコロッと変わっていく感じもおもしろい。しかも、タイトルにもなっている「ノー・パラドックス!」の強引さもヒドい!
「スペース珊瑚礁」 宮内悠介
Twitterで流行った「……聞こえますか」とか、「千年は大丈夫と千年前の人が考えたんだろう」とか、ツボに入るネタが多かった。ちょっと行き当たりばったり的な展開なのが気になったけど、それもバカっぽくて良い。
「第五の地平」 野崎まど
バカSFとしてはこれが最強。なんでチンギス汗なのか。なんで草原なのか。ロケット花火の後に、なんであっさり宇宙開発に成功してしまうのか。地平線の果てまで行きたいと、地平線の果てまで征服したいは違うと思うんだけど、まあいいか。
「奏で手のヌフレツン」 酉島伝法
完全に確立された酉島ワールド。造語の氾濫についていけず、視覚的に想像しがたい部分もあるが、現実を特殊なグラス越しに見た異様な世界に感じる。SF的には小惑星内を刳り貫いた空洞世界に発達した奇想天外な生態系であり、イーガンの『白熱光』への酉島的アンサーとも言える。
「バベル」 長谷敏司
中近東の急激な発展と、それに伴う歪みがテロとなって噴出する理由をシミュレーションで解き明かした男の話。社会的ストレスを解消するために良かれと思って行うことが新たなストレス源となり、悪循環を作る。メカニズムが見えたとしても解決策は無く、無力感と焦燥感が募る。
「Φ(ファイ)」 円城塔
宇宙が次第に縮小していくに伴い、残り段落が、そして、残り文字数が少なくなっていく話。途中に、この宇宙は書物だという分析が入っているので、そこが伏線、というかネタそのもの。数の定義を宇宙とし、その変換を物語にした的な何か。