神なる冬

カミナルフユはマヤの遺跡
コンサドーレサポーターなSFファンのブログ(謎)

[SF] みずは無間

2013-12-12 23:36:41 | SF

『みずは無間』 六冬和生 (ハヤカワSFシリーズ Jコレクション)

 

“水は無限”ではなく、“みずは”という女性の無間地獄。

主人公は外宇宙無人探査機。ただし、そのコアには、突発的な問題や、進化的探査を行うために、人間から転写された人格が搭載されていた。つまり、主人公は雨野透のコピーである。

透は探査(といってもただ飛び続けるだけ)の退屈さを紛らわせるため、あくびをシミュレーションしたり、人工生命体を作ってばらまいたり、宇宙船をどんどん高速になるように改造したり、自らのHWを超高速大容量に改造したり、さらには自分のコピーをばらまいたりする。

そんな中、探査機の透は別な探査機のサーフに出会い、彼女の行動の原動力である怒りをいぶかしがるが、宇宙に広まった人類の子孫がその答えをくれる。

自らが神になって作り出した人工生命名体のD、自らのコピー、小娘の探査機サーフ、さらに、遂に地球外生命体までが登場し、透と邂逅し、そして別れていく。その過程で透の進化は次第に加速し、ついには銀河系を飛び出そうとする。これがひとつの物語。


一方で、透は時々、自分が人間だったころの記憶に苦しめられる。それが、小さくてぷにぷにしていて、過食症で依存症な彼女、“みずは”だった。

透はみずはの記憶に振り回されながらも、旅の途中で出会った未来人類や他の存在、さらには自分のコピーが集めた情報の断片によって、次第に解き明かされる過去を取り戻していく。そして、失われた過去を取り戻すとともに、自分が逃げ出してきたみずはとのラブストーリーの結末があきらかになっていく。

しかし、はたしてその記憶は正しいのか。そして、その記録は正しいのか。情報生命体と化した透、およびそのコピーたちは、自らの記憶を上書きし、さらに自ら自身を上書きしつつ、世界を進む。

世界を、宇宙を埋め尽くそうとするその食欲は、みずはのものなのか。透の記憶の中のみずはが、とめどない食欲によって、ついには宇宙を喰らいつくそうとする。

加速する大宇宙探査SFであり、人工生命進化SFであり、めんどくさがりな男と貪欲で依存症な女のラブストーリーであり、失われた過去の記憶を掘り起こすミステリであり、そして、記憶と意識を巡るぼやきSFでもある。


みずはは怖い女のように言われているが、そこまでひどくないんじゃないかと思った。ただ、ちょっとめんどくさいのは確かだけれど。しかし、ホラーとまで言われるほどでもない。

そもそも、探査機の透は果たして本当に実在した透の記憶なのか。みずははそもそも実在したのか。そのあたりから、根本的に疑ってしまう。逆に、不治の病であるみずはの方が意識のコピーを残す動機がありそうだし、はたまた、透がみずはから逃げおおせようとして探査機になったというのも、探査機が透のコピーでしかない以上は納得がいかない。

人間の透本人はどうなってしまったのか。これもまた、サーフの記録から断片が明かされるが、それは探査機の透の記憶とは合致しない。真実は記憶か、記録か。どちらも改竄可能な情報である以上、その謎は解かれていない。

透とみずはのラブストーリーは無残にも終わりを告げる。ある意味、これは自殺だったのか。


うーん。選評から想像した話とはちょっと違った。思ったよりSF度が強くて、ストーカー的ホラー小説とは感じられなかった。みずはと出会わなかった世界を希求しつつも、みずはが救われる世界を夢見ている主人公は、結局みずはのことが大好きだったんじゃないかと思う。そもそも、飢餓感は主人公の中から生まれたっぽい記述には注意すべきだし、人格抽出が破壊的プロセスであったことがぼかされている事実にも注意すべき。これって、信頼できない語り手バリバリじゃないですか!

っていうか、俺がストーカー小説的な解題に納得いかないのは、飢餓に犯されているのは主人公のAIであるようにしか思えないからなのだよな。そして、改竄された記憶と、過去との断絶とくれば、どうしてもそうとしか読めない。

だいたい、最終章の「みずは無間」で、語り手のバージョンが逃げようとしている相手は、自分の別バージョンじゃないか。これを、みずはの飢餓が宇宙を喰いつくすと読むのは、選評に引きずられた誤読なんじゃないかと思う。選評で言っているのは、そういうことじゃないんじゃないか。