拝啓、世界の路上から 第5話「夢の先にあるもの/オーストラリア」(前編)
「痛い!マジかよお前!」
ここはオーストラリアの東海岸にある町、ブリスベン。街の中心部にあるアデレードストリートを歩いているときに、縦列駐車しようとした車が後も見ずに急にバックしてきた。ドンという鈍い音と共に激しい衝撃が走る。
僕がうずくまって痛がっていると、ようやくそれに気付いた運転手のヒゲオヤジが窓を開けて顔を出した。しかし僕の顔を見ると、何も無かったかのように一言「ソーリー」といって走り去る。幸い大してスピードも出ていなかった為すぐに痛みは引いたが、まったくソーリーじゃないちゅうの。あのヒゲオヤジ、車から降りもせず走り去ったぞ。ひき逃げじゃねえかと、その場でぶつぶつと独り言を呟きながら怒る。
しかし周りの通行人も、何事も無かったような顔をして通り過ぎて行く。ほらアンタ達も今の見たでしょう。これはどういうことなのよ。ホント勘弁して欲しいよまったく。
前話のタイ北部の旅から首都バンコクに戻った僕は、調子の悪かった日本から持ってきたミニギターを一緒に旅してくれたお礼にと、タイ人の大学生ポムにプレゼントする。その代わりとしてバンコクの中心街にある、サヤームディスカバリーセンター内の、偶然立ち寄った楽器屋で見つけた、約1万5千円の新品のアコースティックギターを購入。
このギターはオベーションアプローズのエレアコで、値段の割になかなか良い音をしていて、よく見るとメイド・イン・ジャパンと書かれている。
本当に日本製なのか?またバンコク特有のコピー商品なのではと、一瞬そんな思いが過ぎったが、音が良ければ全て良しと即決で購入してしまった。予定外の出費は痛いが、これで当面ギターのことで悩まなくても済みそうだ。
その後僕はオーストラリアのシドニーに入り、そこからさらに列車で14時間北上して、今朝方このブリスベンに到着。
ブリスベンはオーストラリアで2番目に大きな州、クイーンズランド州の州都で、日本の沖縄とほぼ同じ緯度にある緑豊かな町だ。
またここクイーンズランド州の面積は日本の約5倍に相当し、世界遺産にも指定されている大珊瑚礁グレートバリアリーフや、オーストラリア随一のリゾート地、ゴールドコーストもここクイーンズランド州にあり、日本人にとっては馴染みのある州の1つ。そのクイーンズランド州を列車で縦断し、グレートバリアリーフの島々などを見ながら最終目的地、ケアンズまで行こうと思っているのだが、その途中にあるこの町に立ち寄ったところで、イキナリ手痛いもてなしを受けたのだった。
相変わらずブツブツ文句を言いながら、この近くにあるというバス乗り場を探す。
オーストラリア入りして以来ずっと雨に降られていたのだが、この日の午後にようやく上がったので、せっかくだから少し観光でもしようと外に出たのだった。しかしイキナリ車にひき逃げされて、幸先悪いったらアリャしない。
幾ら探してもそれらしきモノが見つからないので、人づてに聞いて回りやっとの思いで自分の行き先のバス停を見つける。そしてしばらく待って、やってきたバスに飛び乗る。
今僕が向かっている場所は、ブリスベンから南西に11km離れたフィグ・ツリー・ポケットという郊外の町にある、ローンパイン・コアラ・サンクチュアリという動物園で、ここは1927年開園の世界最大最古のコアラ園だ。120頭を越す園内のコアラの数は、オーストラリア中のコアラの数より多いとさえいわれおり、まさにその名の通りコアラの聖地と呼べる場所。
動物園など子供の頃遠足で行って以来だが、オーストラリアといえばコアラとカンガルーでしょうと、単純な発想で行く先を決めたのだ。
ローンパインに着くと、また小雨が振り出してきた。南半球にあるオーストラリアでは今は秋にあたり、この時期は雨が多い。
小雨が降り続く中しばらくコアラを見ながら歩いていると、そのうちの一角でコアラを抱いて記念撮影しませんかと、園内で働くキャンペーンガールらしき女性に声をかけられる。
コアラじゃなくてあなたを抱いてみたいです!ナドトいうと、ゲンコツ・グーで顔面パンチされそうだったのでさりげなく、コ、コアラを抱いてみたいのですが料金は、いかほどかかるのでしょう?と、裏返った声で聞いてみる。すると写真撮影とセットで11オーストラリアドル、約700円という。少し高い。
写真など別に欲しくはなかったのだが、必ずセットになっていてその値段だとのこと。まあそんなものかなと抱かせてもらうことにする。なんでもコアラを抱ける動物園は、オーストラリアでもここローンパインと他に数箇所程しかないらしく、せっかくだから一度抱いてみたいという気持ちもあったからだ。
雨降りということもありお客はそれほど多くなかったが、やはり皆コアラを抱きたいと思うようで、10分程順番待ちすることに。他の人がどのようにコアラを抱いているのか気になり、その様子を見ていたのだがやはりコアラはおとなしい動物なのか、されるがままじっとして抱かれている。
しばらくすると僕の番になり、係員のお兄さんに抱き方をレクチャーされる。そうしていざコアラを抱くと教わった通りに抱いているにも関わらず、さっきまでおとなしかったコアラが、なんだが急に不機嫌になり嫌がりだした。オマケに爪までたてられてチョット痛い。
それを察したのか係員はさっさと写真の撮影を済ませ、はいオシマイとコアラを取り上げられる。僕の前の若いお姉さんはかなり長い間抱いており、しかもコアラはうっとりしたような表情すらしていたのに、これは一体どういうことなのだろうか。そうだきっとあのコアラはオスだったに違いないと、自分に都合のいいように状況を整理して自己完結する。
それからしばらく歩くと、カンガルーを放し飼いにしている一角があったので、餌を買ってそれを手の平に乗せてカンガルーに餌をあげる。
最初はカワイイなあとノンキに餌をあげていたのだが、天候のせいか他に人もあまりおらずすごい勢いでカンガルーが集まってきて、あっという間に20頭近いカンガルーに囲まれてしまう。体も結構大きいのでスゴイ迫力。さすがに少しびびる。アッこら俺は餌じゃない。それは手だ、手だよぉ食べないでくれえ。
その後ウォンバットやタスマニアデビル、エミュなどを一頻り見てむずがるコアラとの2ショット写真を受け取り、来た時と同じようにバスに乗ってブリスベンの町に戻ると、もう夕方だった。
宿泊しているユースホステルのドミトリールーム(部屋ではなくベッド貸し)に帰り、2階にある自分の部屋に入って電気をつけると、台湾人の青年が部屋で寝ていた。すると起してしまったようで、眠そうな顔でドウモヨロシクとアイサツされる。朝は僕と入れ違いに白人男性がチェックアウトして部屋を出ていったが、今日は彼と相部屋らしい。
しばらく世間話をするが共通の話題も無かったのか、食事に行ってくると青年は部屋を出て行ってしまった。僕もお腹が空いたので、1階へ降りて食堂でサンドウィッチとコーラの簡単な夕食をとることにする。
食事の後共同のホットシャワーを浴び、特にする事もなかったので1階のロビーに降りて行くと、日本人の男女2人組がいたので話かけてみる。
すると彼達はワーキングホリデーでオーストラリアに滞在しており、このユースを基点に現在、語学学校に通っているという。他にも2人、今このユースには長期滞在している日本人がいるらしい。するとちょうどその2人も帰ってきて、一緒にしばらく話し込む。
中でもJリーグのユースチームでプレーしていた、元サッカー選手のジン君とは、僕が大のサッカー好きということもあって、ヨーロッパのクラブチームの話で盛りあがる。
少し仲良くなって互いの身の上話をする。なぜオーストラリアでワーキングホリデーをしようと思ったのか聞いてみると、なんでも彼はケガなどもあってプロを目指してずっと頑張ってきたサッカーの夢を、断念しなくてはならなくなったそうだ。
今までずっとサッカー一筋でやってきたので、その大きな目標を失ってから自分がこの先どうやって生きて行けばいいのか、わからなくなってしまったのだという。
一時は落ち込んで自暴自棄になったらしいが、少し時間がたっていつまでもこのままではいけないと思い、新しい自分を探す為にここオーストラリアにやってきたのだと話してくれた。
自分も音楽一筋でこれまでやってきたが、色んな辛い出来事があって一時は音楽をやめてしまおうかと思ったこともあること、でもやっぱり音楽が好きで夢を諦めることが出来なくて、新しい自分のカタチを探そうとこの旅に出たことなど話す。
夢に向かって必至に頑張っている時は、とにかく無我夢中でがむしゃらに突っ走っているから、あまり色んなことをじっくり考える時間もなかったりする。
考えることといえば自分の夢がかなった姿や、それを楽しんでいる自分といったポジティブな部分。そして目の前に立ちはだかる、越えなくてはいけない様々なハードルのこと。与えられたチャンスをモノに出来なかったらどうしようとか、ツライとか逃げ出したいといったネガティブな部分。色々なことを考えたりしたけど、でも全ては自分の追い求める夢のことばかりで、いつも自分の中心にはその夢があった。
でもある日突然その夢の存在が無くなると、自分の中に大きな穴がぽっかり空いたようで、どうしたらよいかわからなくなってしまう。その夢の存在が自分にとって大きければ大きい程、自分が空っぽになった気がしてまるで抜け殻のようになってしまう。
愛とか情熱と同じように、夢なんか無くたって生きてはいける。でもこれらは自分の人生を、とびきり素晴らしく輝いたものにしてくれる。
愛とか夢とかといったものによって輝いている自分を、生きる喜びを知ったものにとって、それを失うことはある意味死ぬこと以上に辛いことだ。
愛とか夢など無くたって生きていけると書いたが、本当はそうは思わない。人はパンと水のみによって生きるにあらずという言葉があるが、生きてさえいればそれでいいという気持ちにはなかなかなれない。生きる為の目標というか、自分の胸の中に何か1つ大きな存在がいて欲しいと思ってしまう。
夢の先にあるものっていったい何だろう。
成功と栄華か?絶望と哀しみなのか?それともいったい?
まだ僕にはわからない。もしかしたらこの旅が終わる時、うっすらとその先にあるものが見えるのかもしれない。でも僕は夢の先には、やはりまた新たな素晴らしい夢が続いていて欲しいなって思う。いつも輝いている自分でいたいとそう思うから。
しばらくすると食堂のTVでヨーロッパのクラブチームナンバー1を争う、チャンピオンズリーグの試合が始まったので、ジン君と一緒に観戦してこの日は眠りについた。
翌日は天気も良く、予定している夕方6時の列車まで時間があったので、ギターを持って公園でのんびりと過ごす。
せっかくだからと夕方この街の中心にある、クイーンズストリートで路上ライブをすることに。ストリートライブはバンコクやシンガポールでも時折やっていたのだが、オーストラリアに入って以来ずっと雨だったので、これがオーストラリアでは初めてだ。
一曲目が終わったところで、隣のベンチに座っていたおじさんが頑張ってなと、60セントを入れてくれた。しかしそれっきり30分以上たってもまったく金が入らない。
この日はビートルズやU2のナンバーなど、英語の歌を中心に歌ったのだが、やはりネイティブスピーカー達には通じないのだろうか。少し不安を覚える。
4~50分もしたところで、あまり気持ちも乗ってこないので引き上げてきてしまった。
アジアでは毎回、1日の食事代程度にはなっていたので、ジュース1本も買えない成果に少し悔しい思いをしながら、ユースに戻ってその事を昨日のワーホリの皆に話すと、ジン君と彼と仲の良い女の子が私も聴きたかったと、嬉しい事をいってくれた。
列車の出発時刻が近づいたので、荷物を持って皆に別れを告げ駅に向かおうとすると、ジン君と先程の女の子が、同じ方向なのでと見送りについてきてくれた。お礼とお別れを兼ねて駅前のホームに続く階段で1曲、心を込め自分のうたを歌う。
歌い終わると最高です!と2人は握手を求めてきた。またいつかどこかで会いましょう、元気でと手を振って別れる。この日のストリートライブは散々だったが、少なくとも小さな友情という名のコインは、得ることができたかなと思う。
「痛い!マジかよお前!」
ここはオーストラリアの東海岸にある町、ブリスベン。街の中心部にあるアデレードストリートを歩いているときに、縦列駐車しようとした車が後も見ずに急にバックしてきた。ドンという鈍い音と共に激しい衝撃が走る。
僕がうずくまって痛がっていると、ようやくそれに気付いた運転手のヒゲオヤジが窓を開けて顔を出した。しかし僕の顔を見ると、何も無かったかのように一言「ソーリー」といって走り去る。幸い大してスピードも出ていなかった為すぐに痛みは引いたが、まったくソーリーじゃないちゅうの。あのヒゲオヤジ、車から降りもせず走り去ったぞ。ひき逃げじゃねえかと、その場でぶつぶつと独り言を呟きながら怒る。
しかし周りの通行人も、何事も無かったような顔をして通り過ぎて行く。ほらアンタ達も今の見たでしょう。これはどういうことなのよ。ホント勘弁して欲しいよまったく。
前話のタイ北部の旅から首都バンコクに戻った僕は、調子の悪かった日本から持ってきたミニギターを一緒に旅してくれたお礼にと、タイ人の大学生ポムにプレゼントする。その代わりとしてバンコクの中心街にある、サヤームディスカバリーセンター内の、偶然立ち寄った楽器屋で見つけた、約1万5千円の新品のアコースティックギターを購入。
このギターはオベーションアプローズのエレアコで、値段の割になかなか良い音をしていて、よく見るとメイド・イン・ジャパンと書かれている。
本当に日本製なのか?またバンコク特有のコピー商品なのではと、一瞬そんな思いが過ぎったが、音が良ければ全て良しと即決で購入してしまった。予定外の出費は痛いが、これで当面ギターのことで悩まなくても済みそうだ。
その後僕はオーストラリアのシドニーに入り、そこからさらに列車で14時間北上して、今朝方このブリスベンに到着。
ブリスベンはオーストラリアで2番目に大きな州、クイーンズランド州の州都で、日本の沖縄とほぼ同じ緯度にある緑豊かな町だ。
またここクイーンズランド州の面積は日本の約5倍に相当し、世界遺産にも指定されている大珊瑚礁グレートバリアリーフや、オーストラリア随一のリゾート地、ゴールドコーストもここクイーンズランド州にあり、日本人にとっては馴染みのある州の1つ。そのクイーンズランド州を列車で縦断し、グレートバリアリーフの島々などを見ながら最終目的地、ケアンズまで行こうと思っているのだが、その途中にあるこの町に立ち寄ったところで、イキナリ手痛いもてなしを受けたのだった。
相変わらずブツブツ文句を言いながら、この近くにあるというバス乗り場を探す。
オーストラリア入りして以来ずっと雨に降られていたのだが、この日の午後にようやく上がったので、せっかくだから少し観光でもしようと外に出たのだった。しかしイキナリ車にひき逃げされて、幸先悪いったらアリャしない。
幾ら探してもそれらしきモノが見つからないので、人づてに聞いて回りやっとの思いで自分の行き先のバス停を見つける。そしてしばらく待って、やってきたバスに飛び乗る。
今僕が向かっている場所は、ブリスベンから南西に11km離れたフィグ・ツリー・ポケットという郊外の町にある、ローンパイン・コアラ・サンクチュアリという動物園で、ここは1927年開園の世界最大最古のコアラ園だ。120頭を越す園内のコアラの数は、オーストラリア中のコアラの数より多いとさえいわれおり、まさにその名の通りコアラの聖地と呼べる場所。
動物園など子供の頃遠足で行って以来だが、オーストラリアといえばコアラとカンガルーでしょうと、単純な発想で行く先を決めたのだ。
ローンパインに着くと、また小雨が振り出してきた。南半球にあるオーストラリアでは今は秋にあたり、この時期は雨が多い。
小雨が降り続く中しばらくコアラを見ながら歩いていると、そのうちの一角でコアラを抱いて記念撮影しませんかと、園内で働くキャンペーンガールらしき女性に声をかけられる。
コアラじゃなくてあなたを抱いてみたいです!ナドトいうと、ゲンコツ・グーで顔面パンチされそうだったのでさりげなく、コ、コアラを抱いてみたいのですが料金は、いかほどかかるのでしょう?と、裏返った声で聞いてみる。すると写真撮影とセットで11オーストラリアドル、約700円という。少し高い。
写真など別に欲しくはなかったのだが、必ずセットになっていてその値段だとのこと。まあそんなものかなと抱かせてもらうことにする。なんでもコアラを抱ける動物園は、オーストラリアでもここローンパインと他に数箇所程しかないらしく、せっかくだから一度抱いてみたいという気持ちもあったからだ。
雨降りということもありお客はそれほど多くなかったが、やはり皆コアラを抱きたいと思うようで、10分程順番待ちすることに。他の人がどのようにコアラを抱いているのか気になり、その様子を見ていたのだがやはりコアラはおとなしい動物なのか、されるがままじっとして抱かれている。
しばらくすると僕の番になり、係員のお兄さんに抱き方をレクチャーされる。そうしていざコアラを抱くと教わった通りに抱いているにも関わらず、さっきまでおとなしかったコアラが、なんだが急に不機嫌になり嫌がりだした。オマケに爪までたてられてチョット痛い。
それを察したのか係員はさっさと写真の撮影を済ませ、はいオシマイとコアラを取り上げられる。僕の前の若いお姉さんはかなり長い間抱いており、しかもコアラはうっとりしたような表情すらしていたのに、これは一体どういうことなのだろうか。そうだきっとあのコアラはオスだったに違いないと、自分に都合のいいように状況を整理して自己完結する。
それからしばらく歩くと、カンガルーを放し飼いにしている一角があったので、餌を買ってそれを手の平に乗せてカンガルーに餌をあげる。
最初はカワイイなあとノンキに餌をあげていたのだが、天候のせいか他に人もあまりおらずすごい勢いでカンガルーが集まってきて、あっという間に20頭近いカンガルーに囲まれてしまう。体も結構大きいのでスゴイ迫力。さすがに少しびびる。アッこら俺は餌じゃない。それは手だ、手だよぉ食べないでくれえ。
その後ウォンバットやタスマニアデビル、エミュなどを一頻り見てむずがるコアラとの2ショット写真を受け取り、来た時と同じようにバスに乗ってブリスベンの町に戻ると、もう夕方だった。
宿泊しているユースホステルのドミトリールーム(部屋ではなくベッド貸し)に帰り、2階にある自分の部屋に入って電気をつけると、台湾人の青年が部屋で寝ていた。すると起してしまったようで、眠そうな顔でドウモヨロシクとアイサツされる。朝は僕と入れ違いに白人男性がチェックアウトして部屋を出ていったが、今日は彼と相部屋らしい。
しばらく世間話をするが共通の話題も無かったのか、食事に行ってくると青年は部屋を出て行ってしまった。僕もお腹が空いたので、1階へ降りて食堂でサンドウィッチとコーラの簡単な夕食をとることにする。
食事の後共同のホットシャワーを浴び、特にする事もなかったので1階のロビーに降りて行くと、日本人の男女2人組がいたので話かけてみる。
すると彼達はワーキングホリデーでオーストラリアに滞在しており、このユースを基点に現在、語学学校に通っているという。他にも2人、今このユースには長期滞在している日本人がいるらしい。するとちょうどその2人も帰ってきて、一緒にしばらく話し込む。
中でもJリーグのユースチームでプレーしていた、元サッカー選手のジン君とは、僕が大のサッカー好きということもあって、ヨーロッパのクラブチームの話で盛りあがる。
少し仲良くなって互いの身の上話をする。なぜオーストラリアでワーキングホリデーをしようと思ったのか聞いてみると、なんでも彼はケガなどもあってプロを目指してずっと頑張ってきたサッカーの夢を、断念しなくてはならなくなったそうだ。
今までずっとサッカー一筋でやってきたので、その大きな目標を失ってから自分がこの先どうやって生きて行けばいいのか、わからなくなってしまったのだという。
一時は落ち込んで自暴自棄になったらしいが、少し時間がたっていつまでもこのままではいけないと思い、新しい自分を探す為にここオーストラリアにやってきたのだと話してくれた。
自分も音楽一筋でこれまでやってきたが、色んな辛い出来事があって一時は音楽をやめてしまおうかと思ったこともあること、でもやっぱり音楽が好きで夢を諦めることが出来なくて、新しい自分のカタチを探そうとこの旅に出たことなど話す。
夢に向かって必至に頑張っている時は、とにかく無我夢中でがむしゃらに突っ走っているから、あまり色んなことをじっくり考える時間もなかったりする。
考えることといえば自分の夢がかなった姿や、それを楽しんでいる自分といったポジティブな部分。そして目の前に立ちはだかる、越えなくてはいけない様々なハードルのこと。与えられたチャンスをモノに出来なかったらどうしようとか、ツライとか逃げ出したいといったネガティブな部分。色々なことを考えたりしたけど、でも全ては自分の追い求める夢のことばかりで、いつも自分の中心にはその夢があった。
でもある日突然その夢の存在が無くなると、自分の中に大きな穴がぽっかり空いたようで、どうしたらよいかわからなくなってしまう。その夢の存在が自分にとって大きければ大きい程、自分が空っぽになった気がしてまるで抜け殻のようになってしまう。
愛とか情熱と同じように、夢なんか無くたって生きてはいける。でもこれらは自分の人生を、とびきり素晴らしく輝いたものにしてくれる。
愛とか夢とかといったものによって輝いている自分を、生きる喜びを知ったものにとって、それを失うことはある意味死ぬこと以上に辛いことだ。
愛とか夢など無くたって生きていけると書いたが、本当はそうは思わない。人はパンと水のみによって生きるにあらずという言葉があるが、生きてさえいればそれでいいという気持ちにはなかなかなれない。生きる為の目標というか、自分の胸の中に何か1つ大きな存在がいて欲しいと思ってしまう。
夢の先にあるものっていったい何だろう。
成功と栄華か?絶望と哀しみなのか?それともいったい?
まだ僕にはわからない。もしかしたらこの旅が終わる時、うっすらとその先にあるものが見えるのかもしれない。でも僕は夢の先には、やはりまた新たな素晴らしい夢が続いていて欲しいなって思う。いつも輝いている自分でいたいとそう思うから。
しばらくすると食堂のTVでヨーロッパのクラブチームナンバー1を争う、チャンピオンズリーグの試合が始まったので、ジン君と一緒に観戦してこの日は眠りについた。
翌日は天気も良く、予定している夕方6時の列車まで時間があったので、ギターを持って公園でのんびりと過ごす。
せっかくだからと夕方この街の中心にある、クイーンズストリートで路上ライブをすることに。ストリートライブはバンコクやシンガポールでも時折やっていたのだが、オーストラリアに入って以来ずっと雨だったので、これがオーストラリアでは初めてだ。
一曲目が終わったところで、隣のベンチに座っていたおじさんが頑張ってなと、60セントを入れてくれた。しかしそれっきり30分以上たってもまったく金が入らない。
この日はビートルズやU2のナンバーなど、英語の歌を中心に歌ったのだが、やはりネイティブスピーカー達には通じないのだろうか。少し不安を覚える。
4~50分もしたところで、あまり気持ちも乗ってこないので引き上げてきてしまった。
アジアでは毎回、1日の食事代程度にはなっていたので、ジュース1本も買えない成果に少し悔しい思いをしながら、ユースに戻ってその事を昨日のワーホリの皆に話すと、ジン君と彼と仲の良い女の子が私も聴きたかったと、嬉しい事をいってくれた。
列車の出発時刻が近づいたので、荷物を持って皆に別れを告げ駅に向かおうとすると、ジン君と先程の女の子が、同じ方向なのでと見送りについてきてくれた。お礼とお別れを兼ねて駅前のホームに続く階段で1曲、心を込め自分のうたを歌う。
歌い終わると最高です!と2人は握手を求めてきた。またいつかどこかで会いましょう、元気でと手を振って別れる。この日のストリートライブは散々だったが、少なくとも小さな友情という名のコインは、得ることができたかなと思う。