普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

85000IP OVER! 感謝

2013-12-29 02:08:54 | 普通な生活<的>な
今(29日の夜半)、PCを眺めると、IPの数値が85000を超えていました。

なんということでしょう! 思いもよらぬほど多くの皆さんが訪問してくれているのだなと、改めて実感、感謝に堪えません。

今日は、年末らしく掃除をしました。それも冷蔵庫の。

ほぼ庫内化石は一掃しました。まるで新品のように美しくブーンと働いております。

しかし、昼過ぎの2時に初めて終了が夜8時。その間、ほぼ休みなく掃除しておりました。ボクの効率が悪いのか、はたまたそれほどの汚れとゴミがあったのか、終わってみれば分からないものです。

大量の化石を、少しもったいないような気分と共にゴミ捨て場に。

2014年は、少なくともゴミの半減(効率よく食材を消費するということ)を目指そうと密かに思った次第。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

UFO?

2013-12-27 16:05:45 | 超常現象<的>な
25日の夕方、UFOを見たと報告したけれど、4コマほどのアニメにしたので、UPします。

以前に見たものと似ているけれど、形状が違う。以前のものは点に近い楕円型だったけれど、今回は線に近い。

一帯なんだろうね? と疑問を投げかけるしかないもんね。

とりあえず。

ちなみに、この移動はおよそ10秒間ほどでしょうか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

久しぶりの、UFO

2013-12-26 01:32:30 | 超常現象<的>な
25日の夕方16時25分頃、UFOらしきものがかなりの速度で、雲一つない晴れ渡った西の夕焼け空を切り裂いて飛んでいた。

2年前の11月にも同じ方向でUFOらしきものの飛行を写真に収めて、このブログにアップしたが、今回も写真に収めたので、あらためて明日にでもUPする。

今回は富士山がきれいに映りこんでいるので、かすかな光の軌道だが、それなりにわかりやすい画像になっていると思う。

1枚目は富士山の右上に映り込んでいるが、それが徐々に左上に向かって移動する様子を、数枚の写真に収めている。

一昨年の時は、光の飛ぶ航跡は右上から左下だったが、今回は右下から左上。

光の形も以前は点だったが、今回は線に近い。

方角は以前とほぼ同じ。違うのは富士山が見えるか見えないかだけ。

ちなみに写真は、ぼくの住むマンションの3階(ボクの居住階)から撮影したもの。それもボクの部屋のドアの前から。

ここでは1枚だけUPしておく。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明るい(?)未来《006》 《004》および《005》の続き

2013-12-19 00:20:32 | 思いもよらない未来<的>な
《004》と《005》では、「強い者」「最高権力者」についてアバウトに書いたが、少しだけその先を書いてみよう。

この世の中で最も「強い者」とは誰のことだろう? どんな存在だろう?

その問いへの答えで最も的を射ていると思えるのは、陰謀論でも語られる次の答えだろう。

「通貨を発行する権利を持つ者」

資本主義が崩壊しない限り、この答えは確かに生き続ける。

日本での通貨発行者は機関としての日本銀行(紙幣発行)と、政府(補助貨幣としての硬貨発行)だ。だが、日本国内だけの流通貨幣であり、それはローカルマネーに過ぎないわけで、限定的なものになる。言ってみれば井の中の蛙の通貨だ。

もっと言えば地球上のあらゆる国家は、各国がそれぞれに通貨を発行していた。だからドルや元や円、ポンド、フラン、マルクといった通貨単位がそれぞれにあった。だがそれらのいずれもが、本質的にはローカルマネーだった。

それが流通経済が地球規模で拡散した今では、世界通貨としてドルが市民権を得て、決して誰も正式には認めてはいないが世界通貨として存在している。

結果的に、現在の世界で最も強い者とは、仮とは言え世界通貨であるアメリカのドル発行元である「FRB(連邦準備制度理事会)」ということになる。

当然FRBへと皆の目が向くわけだが、そこで信じられないような現実に面食らう。

FRBは国家機関ではないという事実。単なる私企業の複合体であるという事実。

これが何を意味するかと言えば、結局「世界で最も強い者」は、私企業、有体に言えば「個人」なのだという事実。

この地球上の人間が作り出した世界は、ある意味個人が支配していると言って良いのだ。

ではその個人は特定できないのかと言えば、あっけなく特定できる。

陰謀論もくそもなく、NWO的いかがわしさもなく、ロックフェラー、ロスチャイルドなのだ。FRBを形成していた私企業は、ロックフェラー、ロスチャイルド傘下の組織なのだ。

何をか況やである。(この話はもう少し続けよう)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

170000PV OVER!

2013-12-16 01:19:44 | 普通な生活<的>な
また気付かぬうちに、170000PVを超えていました。

ありがとうございます。

もっともっと頑張ります。

いま、大きな転機が目の前に迫ってきています。

結構押しつぶされそうな気分です。

でも、皆さんがここに顔を出してくれていると思うだけで、力をもらえます。

頑張って生き抜きます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あかるい(?)未来 《005》 強きモノ

2013-12-13 00:54:41 | 思いもよらない未来<的>な
ボクは、小泉元首相をまったく評価していない。

最近は反原発を標榜し、なにか国民の側に立った善き理解者然とした振る舞いで、また政治家としての人気が復活してきているようでもある。

まるで、気候変動、二酸化炭素の温室効果による温暖化で世界を脅迫したアメリカのゴア元副大統領の日本版といった体だ。

何故ボクが小泉元首相を評価しないかと言えば、あの世紀の悪法「介護保険法」を国民に押し付けた政治家であり、「自己責任」という言葉をまるで「国民の義務の遂行」とでも読み替えたような政治家だったからだ。

独断と正義面した偏見をまとった政治家だと思っている。

まあ、ボクにどう思われてもどうということもないとは思うのだが、国民の中に一人や二人はこんな者もいるということは、政治家であれば覚えておいて欲しいものだ。

何故となれば、こうした因子がどこでどう変質するやもしれないからだ。明日ボクが大きな発言力を持たないとは誰も言えない。

小泉元首相ばかりではないが、政治家の大半が持つ妙な強気の自信は、いったいどこから来るのだろうか? ざっと眺めても、論理的あるいは哲学的根拠のある何事かをバックグラウンドに持った者はほとんどいない。

だが、最近の政治家は小振りになった、減ったとは言え、やはり大半が「良き」家柄にもまして、土地や資産というバックグラウンドを持った者だ。その代表格はかつての細川護煕であり、鳩山由紀夫だ。

そこでハタと思い当たるのだ。この世を動かすためには、資産がいるのだということを。

小泉元首相も、政治家一族から生まれた、ある意味土地や資産をバックグラウンドに誕生した政治家だ。昔なら俗に「地盤、看板、鞄」と三拍子そろった政治家。

そうしたものを持たずに、政治家になった者は、必ずと言って良いほど見事に足をすくわれる。最近では山本太郎クンが良い例だが、かつての田中角栄が良い例だ。成り上がりであることで、登り詰めさせておいて梯子を外された。

そういう出自の者は、政治家になったとしても、多くはさしたる働きもできずに消えていく。

活躍できるのは、資産を持った者。

そしてこの前提は、意外にどんなカテゴリーにも当てはまる。次は、そんな話を書こう。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

三味線の音の話

2013-12-06 01:45:26 | まあまあ社会<的>な
少し前に、三味線の音の話を書いた。

あれは、本当に何だったんだろう? あれから二度と聞くことがない。幻聴だったんだろうか?

いやいや、そんなはずはない。本当に心が震える音だった。

それにしても何処の誰が爪弾いた三味線の音だったのか? 二度と聞こえないとなると、なおのこと知りたくもなる。

吉原を思い出したという話も書いた。

ついでに書くと、昭和33年がエポックメーキングな年だったということも以前に書いた記憶があるけれど、吉原などの公娼場が売春防止法の施行で廃止されたのも、昭和33年だった。

逆に言えば、昭和33年まで売春が公に認められていたということであって、そのことの方が、ちょっと驚きだ。

戦中に朝鮮婦人を売春婦として徴発したとかしないとか、日韓間の大きな問題になっているが、あの時代相の中で、売春をどう考えていたかはあの当時の価値判断や人々の引きうけ方も含めて問われなければならないように思う。

今の人々の価値判断で、戦時中の人々の判断基準を語ることはできない。

世界最古の職業と言われる売春は、ついこの間まで『悪』ではなかった。そのことは歴史を紐解けば分かることだ。

それは韓半島でも同じだった。1970年代半ばのソウルで、売春婦を引き連れて夜な夜なホテルや旅館を徘徊する女衒に、逗留していた2週間、毎日遭遇した。

今だからこそ、売春は『悪』と断罪できる。だが過去のそれを断罪はできない。なぜなら罪でも悪でもなかったからだ(もう一度書くが、今の判断基準での判断ではないよ)。

問題はこんな程度の思慮で解決する類のものではない気もするが、エキセントリックな決めつけよりはまだましな気もする。

ちなみにボクは、この歳になるまで、女性をお金で買ったことはない。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

肩凝り緩和、寝られると思った!

2013-12-05 01:10:34 | 普通な人々<的>な
とうとう肩凝りの元凶、というか凝りの根を見つけた。

凝りそのものは、目を酷使することから生まれていることはわかっている。それと先日書いた通り、枕だ。

右の肩がなかなかの感じで腫れていて、凝りの根を見つけられなかったが、今日風呂に入って肩をいじくっているうちに、徐々に腫れがほぐれてきたがそれこそ、揉み返しも怖いのでゆっくりと2時間もかけて揉んでいるうちに、とうとう小指の先くらいのシコリに行きついた。

これをまた根気よくほぐしているうちに、ついに消えた。

おっかなびっくり回りもしなかった首を回してみたら、見事に回った。

こりゃ目出度い!

このまますぐ寝るとしようと、風呂から上がって、この記事を書いている。

よく寝られそうで、なんだか浮き浮きしている。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

明るい(?)未来 《004》 どこかにいる最高権力者

2013-12-03 01:49:51 | 思いもよらない未来<的>な
皆さんも一度や二度、この地球という世界の表層で蠢く人間の世界が、どんな構造になっているのか考えたことがあるだろう。

ボクも考えたことがある。初めてそのことに思いを致したのは、高校2年の時だった。そして処女戯曲「現代の戦い」を書いた。

その頃は、ある幻想が意識の大部分を占めていた。

「世界は変わる」

だがそれから数年もたたずに、世界が変わらないという現実に行く手を塞がれた。なにかに敗れたのだ。

70年安保闘争と、それに付随するかのように澎湃と沸き起こった「若者の反乱」と、急激に訪れた自壊ともいえる「挫折」に、一気に意識は萎んでしまったのだ。

ただこの時、日本の政治を司る政治・警察権力に敗れたとは思えなかった。なぜなら、彼らを支配するさらに大きな権力の一端が垣間見えたから。

その権力は、アメリカという世界の警察を自認する国家のように一度は思った。

だがそれもそれからおよそ20年後に、世界の勢力を2分していた一方の共産主義国家が音を立てて自壊したことで、かえってアメリカという国家の脆弱さが露わになり、別のさらに大きな権力が顔を覗かせたように思った。

そう、上には上がある。

この逆マトリューシカ人形のような世界の構造は、どこまで大きな外側を想定すればいいのだろう?

だがこの地球という限界を考えれば、それほど大きなものになるはずもない。

アメリカという国家を凌駕する権力、例えば国連のようなもの?

いやまてまて、まだ果てではない感じがする。

そう、このことを次は突き詰めて考えようと思う。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

おわいやさん。

2013-12-02 00:29:58 | 東京「昔むかしの」百物語
突然思い出した言葉。「おわいやさん」。おそらく差別用語になっているんだろうな。

ボクは以前にも書いたが、東上線の上板橋に住んでいた。記憶の中ではかなり長い時間を過ごしたと思っているが、実際は4年弱くらいだろう。

昭和33年に荻窪に転居したが、上板橋で幼稚園に通っていた記憶があるから昭和30年から33年までの間住んでいたと思う。

近所のお大尽の家(小宮家といった。おそらく近在の旧名主か)の御嬢さんと仲良くしてもらい、その家に入れるのは近所ではボクだけだった。

大きなまるで神社のような作りの家で、離れにはボクと仲良しだった御嬢さんの母親が、まるで隔離されるように住んでいた。のちに気付いたが、おそらく結核を病んでいたのだろう。きれいな人だった。

そんなお大尽の家にも、ハモニカ長屋のボクの住まいにも、定期的に「おわいやさん」が訪れてきた。

簡単に言えば牛にひかせた大八車にたくさんの桶を積んで、便所の汚物を回収しにくる今でいえばリサイクラーだった。

ボクは特段に差別的な意味もなく職業として「おわいやさん」と呼んでいたが、漢字で書けば「汚穢屋」となり、はっきりと差別的な職制であったことがわかる。

仲の良いおじさんもいた。その人は時々「骨なし皮なしとっちんぶらり、ってなんだ?」などと頓智を出してくれるのだが、回答は決まって「うんこだよ!」と、品のないモノだった。だがボクらはいつも笑って聞いていた記憶がある。

「おわいやさん」が来ると、お大尽の家では、お手伝いさんが汚らしいものを扱うように対応していたのを記憶している。その代り、終わるといつも何かを渡していた。きっとチップか何かだったんだろうな。

色々なことを思い出すが、「おわいやさん」が帰った跡は、すぐわかった。なにしろ牛のうんちがこぼれていたから。

なんだか昨日のことのように思い出してしまった。
















コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする