普通な生活 普通な人々

日々の何気ない出来事や、何気ない出会いなどを書いていきます。時には昔の原稿を掲載するなど、自分の宣伝もさせてもらいます。

閑話休題―鉄ちゃんもどき―

2013-01-31 00:25:41 | 普通な人々<的>な
ボクの使うS武H島線は、最寄駅のM蔵S川駅と隣のT川J水駅間が、単線だ。およそ2kmにわたっての単線区間。

写真の通りだ。



大東京の区部から外れているとはいえ、多摩川を超えることもない、比較的都会っぽい範疇に入るはずの地域。だが、単線なのだ。

時刻表の改正前には、昼間の時間帯は1時間に4本(15分に1本)あった電車も、今では基本20分に1本+アルファになった。なんとも言えない。心ある地域住民は「東京のチベット」と呼んでいる(チベットの人々に申し訳ない。まぁ、ボクぐらいかもしれないけどね、そんなこと言ってるのは)。

最寄駅前は、セブンイレブンとサンクス、それにマルエツがあるだけ。飲み屋もなければ立ち食いそば屋すらない。

それなのにマンションを中心に、優に3,000世帯はこの地域にあるだろう。

昔は朝の通勤時間帯でも電車の座席に座れたものだが、最近は運が良くなければ座れない。が、まぁ、毎朝意外に運が良い。

この地域にも、いつまでいられるだろうか? というより、いつになったらここから離れられるのだろうか?

なにせ、ここに住み始めて20年、駅前の様子はほとんど変化がない。世にも珍しい駅なのだ。
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最近の地震報道

2013-01-29 17:44:42 | 普通な人々<的>な
古い話だが、2012年10月にイタリアで、7人の地震学者が「2009年の地震予知を外し309名の人命が失われた」として、過失致死罪で有罪判決を受け禁錮6年を言い渡された。ことの是非はともかく、こうした判断はこれから先いつでもどこでもくだされる可能性があるということだ。

地震国日本でも大々的に取り上げられたが、日本の地震予知はなにかあらぬ方向に向かっているような印象を受ける。

というのも、3.11以前も地震は確かに喫緊の災害としてメディアなどでも取り上げられていたし、その災害の大きさにも言及されていたが、どちらかといえば不安を煽ることは避けるというスタンスで、むしろ被害も小さめに想定していたような気がする。

それが最近の地震予知というか地震研究は、東南海地震の研究に顕著なように、地震の規模が嵩ましに大きくなって、とうとう東南海地震での被災者は1000万人超と言うことになった。東京の直下型地震研究でも同様だし、東京周辺に顕在している地震研究のほとんどはM、震度をより大きく、被害想定も可能な限り大きくしている印象だ。

これは一体どういうことなのかと、久しぶりに頭をひねってみた。中身がはみ出しそうになったが、これは、地震研究に責任ある連中の、責任回避策だという結論に達した。

要するに被害などの想定値を大きくしておけば、実際に地震が起きて被害を受けた場合、想定より小さければ被害が少なくて済んだ印象を与えることができる。それに、被害が小さければ「良かった」ということになる。よしんば被害が想定に近くとも、予想通りだと胸を張れる。ある意味責任回避ができる。要するに、これ以上は想定できない想定地を出しておけば、万事丸く収まり、イタリアの地震学者のような目には合わずに済み、責任回避ができるということだ。

ちょっと穿った見方かもしれないが、頭をひねってみた結論はこれしかなかった。
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宮沢賢治……東北人のアイデンティティ

2013-01-29 00:08:04 | こんなことを考えた
 2011年3月11日。未曾有の東日本大震災が東北地方の太平洋岸を襲った。余りにも巨大な災厄ではあったけれど、時間が経つにつれ、少しずつ少しずつ復興への道筋が見え、被災した方々も着実に生活を取り戻しつつあるようにみえる。
 東北の皆さんは、昔から厳しい自然の中で根気強く生活を切り開いてきた歴史がある。それは本当にコツコツと着実にという言葉がぴったりの歴史と言っていい。
 そしてその東北には、東北人の心で東北人にしか描けない世界観を描いたいく人もの作家があった。
 中でも、最もポピュラーな存在が宮沢賢治(1896.8.27~1933.9.21)である。
 賢治が生まれる約2ヶ月前の6月15日に「三陸地震津波」が発生して岩手県沿岸部に多くの災厄をもたらした。また賢治の誕生から5日後の8月31日には、秋田県東部を震源とする「陸羽地震」が発生し、秋田県及び岩手県西和賀郡・稗貫郡が甚大な被害を被った。そればかりではない。賢治の生きた時代にも東北は、冷害に悩まされ飢饉に襲われることが度々だった。
 そうした背景もあってか、賢治の作品の中に、まるで将来に起こる大きな災厄を予見するような作品が残されている。それが「イーハトーブ」という架空の土地を舞台にした「グスコーブドリの伝記」という作品だ。
 「イーハトーブの森」で木こりの家に生まれたグスコーブドリは、冷害による一家離散や火山噴火、干魃などの苦難を経験して育つ。やがてイーハトーブ火山局の技師となったブドリは、火山噴火被害の軽減、人工降雨を利用した施肥などを実現させる。ある年の破滅的な冷害の解決法として、ブドリは火山を人工的に爆発させ、二酸化炭素の温室効果で暖めることを提案する。だが、その計画を成功させるためには、誰か一人が最後まで火山に残らなければならない。年老いたペンネン技師が最後の一人になろうとするが、ブドリは彼を避難させ、一人残り火山を爆発させる……。
 宮沢賢治という作家には、童話、詩など、それぞれにすぐれた作品が残されているのだが、そのほとんどが東北を舞台としたものである。「春と修羅」、「セロ弾きのゴーシュ」、「注文の多い料理店」、「雨ニモマケズ」、「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」……。
 それぞれの作品に「イーハトーブ」という固有名詞は出てこない(別の言葉では出てくる)が、「グスコーブドリの伝記」の舞台となった「イーハトーブ」が、ほとんどの作品の舞台であることは明らかだ。
 「イーハトーブ」とは「岩手」の読みを変化させた賢治の造語だという。自分の生まれ育った土地をそのまま架空の舞台にすることで、理想郷としての故郷を描き出して見せたのだ。
 意外に知られていないのだが、賢治は農学校教師時代に「演劇や音楽、ダンスなどを教育の一環として取り入れていた」(宮澤賢治生誕百年記念レポート/こととね)という。賢治の生活に音楽は切り離せないファクターだった。「花巻一のレコード収集家」として知られてもいたという。クラシックばかりでなく、浅草オペラにも興味を示していたらしい。
 童話『セロ弾きのゴーシュ』で町の音楽会のために練習をしていた『第六交響曲』とはベートーヴェンの交響曲第6番『田園』であったとされ、賢治が最も気に入っていた音楽だったという。賢治は「IHATOV FARMER'S SONG」(日本語題は「ポラーノの広場のうた」となっている)と題された楽譜を書き残している。これは「賛美歌#448」を転写したものだが、一部にアレンジなのか転写ミスなのか、相違があるという。いずれにしても賢治の頭の中で、「イーハトーブ」のイメージが音になっていたということが分かる。
 宮沢賢治の描いた「イーハトーブ」の世界は、いまでも東北、ことに岩手の人々の心の中で生き続けているのだ。
(ある出版物のパイロット版に2012年4月頃に書いた原稿)
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AKB48は、ローカリズム究極の成功事例1?

2013-01-27 23:26:41 | 音楽にまつわる話<的>な
 東京がすべて。そんな印象がことの外強かったのが音楽関係の仕事。
 およそメジャーレコード会社の99%は東京にあるし、大手のマネージメントオフィスも、いまでもほとんどは東京にある。
 音楽出版社は放送局などが参画している場合もあり地方にもやや存在したが、やはりほぼすべてが東京を中心に動いていた。それらの統括組織(例えばJASRAC)も東京にある。そしてなにより、情報を委ねるメディアや宣伝のための代理店機能も、すべてが東京にあった。結局、地方からはなかなか情報を発信できないし、よしんば情報を発信できたとしても、これまでは末端の情報として大量の情報に埋没してしまうのがオチだった。
 それがこの10年ほどで劇的に変わった。
 まず、レコード会社だが、インディーズ系の会社が今では地方にも多数存在する。そして関連としてマネージメントを担当するセクションも、地方に存在するようになった。著作権管理の音楽出版社はレコード会社と表裏一体であることが多く、やはり地方へと分散し始めている。こうした傾向にシフトした最大の理由は、情報伝達の方法論の変化と、販売チャンネルの変化だ。
 まず情報の伝達手段、経路が変わった。ご存知の通りテレビやラジオ、活字といった情報媒体に代わってインターネットが情報伝達・開示のメインストリームになった。そして音源の売買も、CDなどのストックメディアから、インターネットで売買できるMP3などの音源データでの売買が主流になった。
 まだMP3などではなくCD販売だったが、2001年9月には沖縄のモンゴル800というロックグループがインディーズのチャンネルで発売したアルバム『MESSAGE』が、累計300万枚を越える売り上げを記録した。その3年後の2004年にも、やはり沖縄のロックグループ、オレンジレンジが再び250万枚をインディーズで売り上げた。このことで、音楽販売がメジャー中心でなくとも、売れることが明らかになった。音楽販売のチャンネル、構造が確実に変化したことをしらされたのだ。
 インターネット上には、世界中のどこからでも情報を開示することが可能になり、情報を優劣なく自分の意志のままにまったく他と同等に開示することができるようになった。簡単に言えば、インターネット上には、テレビやラジオ、活字に存在した情報を取捨選択する、例えば編集者・ディレクターのような存在がいない。情報は、発信者から直接かつ平等に受信者に届く。仲介者がいなくなったのだ。言って見れば産地直送のようなものだ。そこには情報の発信地が東京なのか北海道なのか、ロスなのかロンドンなのかといった地政学的な意味は何もなくなった。東京発でなくとも良い。情報の中身が問題とされることになったのだ。
 ただし、そんな中で、情報の特化、特徴づけも当然のように起きてくる。従来のような地政学的な意味はなくなったが、「ローカル」という色付けは、インターネットで意味を持つ。
 これは、ある意味「検索」のタイミングで、最も重要なファクターの一つなのだ。漫然と何十億という情報の海の中に自分の情報を投げ込んでも、浮かび上がってくることはまずない。その情報を浮かび上がらせることのできるファクターの一つが、「ローカル」という選択肢だ。まさに産地直送品のもつ付加価値のようなものだ。
 この十年で、最も価値的なローカル商品となったのは、AKB48だろう。彼女たちのグループ名・AKBが「秋葉原」であることは誰でも知っている。「東京」ではなく「秋葉原」だ。
 秋葉原は「電気街」のイメージから、なぜか「メイド」に代表されるような「アニメ」文化の発信地として世界に認知されるようになった。そこにまったく新しい「アイドル」という秋葉原のイメージ付けをしたのが、AKB48の総合プロデューサー・秋元康だ。
 当初のAKB48は、秋葉原の「ドンキホーテ」ビル6階に、専用劇場を持つ「会いに行けるアイドル」という位置づけで出発した。
 音楽商品も、あらゆるものがデジタル化し、アイドルもヴァーチャル化していく中で、最もアナログな「現場まで足を運ばなければ会えない」アイドルとしてAKB48は出発した。これこそがプロデューサー・秋元の狙いだったのではないだろうか。
 2005年12月8日に劇場の柿落とし公演を行なうが、観客席のおよそ80名の客のうち、有料入場者数はたった7人だったというのは有名な話。だが、AKB48は「会いに行けばいつでも会える」という強みを維持しながら「大人数で没個性ではあるが、まるで点描法のジョルジュ・スーラの絵のように、受け皿としてのAKB48という『像』を皆で描いていく。一人一人は単なる点だが、距離を置いて俯瞰してみると、AKB48という像が浮かび上がる……AKB48は集団として際限なく拡散し「没個性」を目指す」(J-CAST NEWSより)ような展開の中で、トップアイドルに上り詰めた。そこに「秋葉原」というローカルなくくりが大きく寄与したことは確かだ。
 AKB48は、音楽業界でのローカリズムの、究極の成功事例といえるのではないだろうか。
(ある出版物のパイロット版に2012年6月頃に書いた原稿)
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三が日も過ぎた頃に…

2013-01-05 17:50:02 | 普通な人々<的>な
挨拶が遅れましたが……。





皆さん、

新年明けましておめでとうおめでとうございます。

2013年が、皆さんにとって輝かしい一年になりますように、心から祈念いたします。

年末年始はPCを触ることもなく、ひたすらお孫・康介と遊んでおりました。

申し訳ございません。

政治も経済も、個人の思いとは全く無関係に流れていきます。そして世界の運命もまた、国家も民族も含めた意味での“個”とは、全く無関係かつ与り知らぬままに流れていきます。

その運命をなんとか知りえぬものかと人は足掻くわけですが、ご存知のとおり、知りうる術を人間は持たないわけです。科学でも宗教でもそれは無理な話です。

ただその中で、自分の運命を変えることは可能です。運命を変えるというか、自分自身をフレキシブルに、運命の流れに沿って生きやすく変えていくという方が正解かもしれません。

その方法は意外に簡単で、変わるまで努力し戦い続けること。ただ、これもどのように変わりたいのかが自分自身の中で明らかでなければなりません。

今年は、自分の運命を劇的に変える。

これが僕の、今年の目標です。






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