“年に1度出る本”を楽しみしているというのも、なかなかシアワセだと思う。
作家の小林信彦さんが「週刊文春」に連載しているエッセイがそれだ。
毎年、春から初夏にかけて、前年の連載をまとめたものが出版されるのだが、新刊の『森繁さんの長い影』で、もう12冊目になる。
中身は、ご本人の表現を借りれば、「世相へ怒りを抑えて」「趣味の話」に走る、というのが基本スタイル。
この「世相」に関して、取り上げる話題とその見方の鋭さは他にないものだ。
また、「趣味の話」も、趣味などというイメージを超えて、書物や映画やテレビに対する“元手のかかった”批評である。
元手のかかったというは、小林さんが自身の目と耳で、リアルタイムで、体験してきたベースのことだ。
映画はどう観るのか。本はどう読むのか。いや、時代をどう捉えるのかに至るまで、ものすごく多くのヒントがここにある。
「クリント・イーストウッドの映画を観ていると、この世を支配している愚かしさを忘れる。イーストウッドが作らなくなったとき、アメリカ映画は終る、とぼくは考えている」などと書ける人は、そうはいない。
我が新聞学科の学生諸君に限らず、社会や文化について学びたいという人には、「この小林さんの12冊を通読しなさい」と、おススメしたいくらいだ。
世の人は、結果からみて、ひとの人生を推定、または評価する。
――小林信彦『森繁さんの長い影』