ゲームホリック

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ゲームの中の戦争感想、試し書き

2005年09月20日 | 雑記
 ゲームにおける暴力が現実にもたらす影響について考えている日本側、考えていないアメリカ側(戦争への間接的転用)という二項対立が目に付いた。

 確かに宮本茂氏の『スーパーマリオブラザーズ』は敵は人間ではないし、あくまで敵を倒すのであって殺すのではない。またファミコンというハードの性能ゆえの抽象性も”殺す”という印象を抱かせない。堀井雄二氏の『ドラゴンクエスト』も同様だ。 小島秀夫氏の『メタルギアソリッド』は敵は人間であるがそこには明確な理由が示されている。またストーリーには明らかな反戦・反核のメッセージが込められている。(もっと言うならば、敵に見つからないことが基本のスニーキング、麻酔銃の存在、『MGS3』での敵兵の怨念という演出などの要素もアメリカのゲームとの理念の相違が見て取れる。)

 でも日本の市場に目を向けて見ると、日本のパブリッシャーに限ってもアメリカのゲーム同様の、またそれ以上の安易な暴力に頼ったゲームが数多くある。例えば『デビルメイクライ』や『鬼武者』なんかはその典型。ストーリーは一応存在するが、それはあくまで”一応”。あってもなくてもいいようなストーリーでしかない。(率直に言うと苦痛。)最大の売りはスタイリッシュアクション。敵のモンスターは赤い血を流す。