ゲームホリック

ゲーム大好きぃ!!でゲーム脳なのであること無いこと書き散らします。

ゲームアカデミズムの現在

2008年10月22日 | ゲーム
「「ゲーム学」の確立を目指して――日本デジタルゲーム学会が設立」(IT mdedia)



2006年に日本デジタルゲーム学会(DIGRA)が設立されてはや2年がたとうとしています。ただその社会的意味合いについては少々疑問があります。

開発者関係の交流はIGDAによって活発化されてきているようで、著名なゲーム情報サイトにしばしば技術的な面も含めて多くのセッション内容の詳細なリポートが伝えられてきています。その一方で日本デジタルゲーム学会など研究系の成果と言うものは一般社会にはにじみ出てきていないようです。少なくともゲームアカデミズムの内に居ない僕から見ると一般社会には成果があったとしても伝わってきていないと感じます。


新書ブームの中にあってアニメや漫画などは多く刊行されています。古くからアカデミズムと批評が結びついていたためか、”冗談の”漫画学から”本気の”漫画学へと着実に進歩してきました。そして現在では漫画学は確かにアカデミズムとして確立しています。しかしながらゲームに翻ってみてみると、東大や筑波、立命館なんかを除いては比較的アカデミズムから意識的に距離を置いてしまっているように感じます。その弊害としてゲーム業界自体の社会的地位の低さは様々な面であらわれています。


アニメや漫画を扱う研究者は歴史のせいもあるのでしょうが、アニメや漫画の研究者の声が大きい一方でゲームを扱う研究者は声が小さく一般にゲームアカデミズムの存在すら知られていないと思います。例えば新書点数で推し量ってみれば、新書と言う一ジャンルを見てみても漫画やアニメを取り扱ったものは専門の研究者や門外の人問わずに多くの書籍があります。一方のゲームと言えば、ゲーム脳とゲームニズムと言う理論自体はもちろん再現性も示されない良く分からない理論と多根清史氏のいつもの調子のものくらいです。また百歩譲って三者とも学術的としてもゲーム自体というよりも経済の一分野としてのゲームに終始してしまっています。(ゲーム脳は偽科学でしょうか。)

新書の類でゲームの本質に踏み込んで論じたものは東浩紀氏の一連のポストモダン研究の中でしか見出せてはいません。ゲームアカデミズムの場から発信されたものは論文やゲーム系のウェブでのインタビューなどの狭いところに限られます。たとえば新書にもなった日大教授のゲーム脳への反論でも受容論でも良いと思います。もっとポジティブなメッセージを発することがゲームの社会的、文化的地位の向上には欠かせないことだと思います。実際、メーカーがそんなことをするわけでもなく、業界団体にもそういった活動は期待できません。やっぱり学会が先陣を切って言うべきことは言うべきです。



売れないと言うことが一番大きいのかもしれません。各大学などでゲームの研究は多岐に渡って進められているのでしょうが、現実的には数年前にあれほど話題になった『Rules of play』すらもいまだに翻訳出版されていません。ゲームアカデミズムと言うものは未だに成立していないんじゃないのかと疑ってしまいます。新書に限らず、ゲーム関係の研究書籍は未だにほとんど出版されていませんし、ゲーム系の書籍で見るべきものはクリエーターのエッセイほどしか見当たりません。

「「エロゲーは危険な社会を作り出す凶器」――規制を求める請願、衆議院に」(IT media)

もちろん学会がメディアに露出することなんてのはどの世界でもありえないので、学会が表立ってどうのこうのだとかは思いません。でも研究は実世界に発信されてこそ評価があるわけで、出来るなら一般人に向けて情報を発信して行く義務があるのではないかと思います。エロゲー規制の話もそうですが、こういうときに識者として馬場章さんなりが出てこないことに失望感すら覚えます。ゲーム脳にしてもそうです。ゲーム関係のウェブで反論をしても一般人には届きません。学会は責任を果たすべきだと思います。

ゲームって最先端の文化ではない?

2008年10月21日 | ゲーム
NHKの『トップランナー』、TBSの『情熱大陸』、どちらも各業界の先端を行く人が取り上げられる番組として知られています。俳優、ミュージシャン、デザイナーといったメジャーどころの業界から科学者、工業デザイナー、装丁家などなど普段あまり公の場所で注目を浴びない業種でも最先端を行く人々が紹介されていて大変興味深く視聴しています。

けれどもそういった最先端の人々を扱う番組にあって、僕の知りうる限りではゲームクリエーターは一度として取り上げられてきていないと思います。漫画家やアニメ監督、ライトノベル作家などいわゆるオタク系のクリエーターはしばしば取り上げられている一方でゲームクリエーターと言う職業は蚊帳の外です。それはゲームがもはや最先端では無いからでしょうか。


たぶんそんなことは無いと思います。指標として文化庁メディア芸術祭を見てみたいと思います。この賞自体にどれほどの優位性があるかどうかは正確には知りませんが、文化庁主催、応募作品が増加傾向にあること等を考えれば決して評価が付いてきていない賞と言うわけでは無いと思います。そして過去11回の内ゲームが対象になりうるデジタルアート部門でゲーム作品が6作品も大賞を受賞しています。

こうして見てみると明確に最先端の表現を表彰する賞ではないとは思いますが、決してゲームメディアが評価を受けていない訳でもないようです。また近年にゲームの受賞が減ってきているわけでもなく、むしろエンターテイメント部門と言う括りになってからの過去5回の大賞の内ゲームからの受賞作は4作品を占めています。ゲーム業界以外からの評価としては画期的です。



ゲーム好きの欲目かもしれませんがCGなどの表現は押井監督が指摘するまでも無く、トップ作品は優れた表現を行ってきていると思います。『MGS4』のムービーなどは国内トップクラスのCG表現です。またWiiのインターフェースの身体性などもある種アートですし、DSのゲーム状況の変革はもたらした漫画を読むように普通の大人までゲーム機を持つと言う状況自体が最先端だと言えます。

けれども日本の一般メディアがゲームを扱う場合、そのほとんどが以下の2つの文脈に大別できます。1つは日本ゲーム機の世界での優位性という文脈。世界市場でシェアの大半を日本のゲーム機が占めているという経済的優位性です。またこれはしばしば「世界に受け入れられる日本文化」の優位性と言う形でナショナリスティックに語られることも多いですが、「受け入れられるからすごい」と言うだけで作品自体に踏み込まれることは皆無です。

そこにはもう1つの文脈が影を落としているように感じられます。そのもう1つはネガティブな文脈です。ファミコン登場から連綿と続く勉強をしなくなる、視力の低下といった非難から最近ではゲームをする認知症患者と同様の脳波を示すといったゲーム脳などの誹謗記事ま多種多様な形でネガティブに語られてきました。この様な状況がメディアのゲームに対する姿勢にも影響を及ぼしているように感じます。


よく有名クリエーターが海外と日本のメディアの違いについて指摘する部分に、メディアの温度差があります。海外、特にヨーロッパではゲームクリエーターに対してゲームメディアのみならず、一般メディアも積極的に取材を行うことがたびたび言われています。著名クリエーターになると日本におけるハリウッド俳優のような取材攻勢を受けるそうです。日本ではゲームのキャストに俳優やタレントを使っても芸能メディアが来るのが関の山でしょう。芸能人のことしか書きませんが。


同じ大衆娯楽である映画や音楽はメディア媒体を問わず、多くのメディア上で経済的な部分に限られず、作品自体にも専門誌以外もスペースを取って定期的に言及する記事が見受けられますが、現状ゲームで同様の状況はほぼ皆無ですし、これからも映画や音楽と同様の文化的扱いが期待できるかと言えばおそらくNoだと思います。国内の市場規模だけでも映画や音楽を上回っているにも関わらずです。


(統計年度がバラバラですが、2007年度メディアクリエイト調べでは国内のゲーム業界の市場規模は6679億円、『デジタルコンテンツ白書2005』(孫引き)では国内音楽配信市場の規模は5869億円、国内の映画興行収入は2000億円前後となっており、目安として見てもゲーム業界は市場規模で劣っているどころか優越しています。)


くだらない再生産ソフトも少なくは無いですが、そういうゲームがある一方でふんだんにお金をかけて日本映画に出来ないCG作品やこれまでの既存の表現からはみ出したグラフィックの表現、優れたシナリオ・脚本などなど決して他のメディアの作品に負けていないカッティングエッジな部分も多いジャンルなのに文化的地位や社会的影響力が相対的に低すぎます。



いつか遠くない将来にゲームクリエーターが『トップランナー』や『情熱大陸』に普通に取り上げられるようになればなぁと素朴に思います。そうしないと優秀なクリエーターがそっぽ向いちゃうかもしれませんが、ゲームゲームしたゲームを作るんなら問題ないのかとか思ったりと。

文庫本と言うか、新書だ

2008年10月19日 | ゲーム
PSP-3000を購入してみました。これまでPSP-1000を使用していたのでこの薄さと軽さはとても驚きでした。加えて最初期の部類の本体であったので、ボタン周りの堅牢さがいささか緩めであったために、この新型のボタン周りのキビキビしたボタンの押し心地はもう別のゲーム機のような感慨です。PSNでアーカイブの『G-DARIUS』を購入してみましたが、十字キーが別物の如く動きます。


「美・液晶」と言っているだけにPSP-1000と比べると全体に画面がしまった印象を受けます。色が濃いと言い換えることも出来るのでしょうが。とにかく色が濃いです。これはまた発色が良いとも言えます。


新型本体とは直接に関係が無いのですがファームウェア5.00の更新の効果は絶大です。PSP本体からプレイステーションストアに直接にアクセスできることはちょっと見地味ですが、利便性の高さは特筆ものです。操作性も良いです。以前PS3で購入していたPSソフトも直接にダウンロード出来ます。

ただPSPでのダウンロードの速度を鑑みると、時間を優先するならばPS3でダウンロードして、インストール(解凍?)をしてしまった方が良いように思います。PSP単体でダウンロード、インストールをするには500MB程度のものでかなりの時間を要しました。この点はPSP単体のユーザには辛いものがあります。


それにしても購入したときにはびっくりしました。本体のパッケージの小さいこと小さいこと、そしてその上に本体の軽いこと軽いこと。PSP-1000にはちょっと戻れないかなぁという思いに駆られます。


国内サッカーゲーム市場はウイイレ市場

2008年10月14日 | ゲーム
サッカーゲーム戦争というほどに切迫した対立軸があるかどうかはわかりませんが、据え置き機サッカーゲームはEAの『FIFA』シリーズとコナミの『ウイニングイレブン』(『WE』)シリーズ(海外では『Pro Evolution Soccer』(『PES』))とが互いにシェアを奪い合っています。Wikiによりますと『FIFA』シリーズが94年から『WE』シリーズが95年からのシリーズではありますが、ポリゴンサッカーという点に限れば、後発の『WE』の方が一日の長があります。

PS時代やPS2時代のポリゴン中田英寿さんがパッケージになっていた頃の『FIFA』シリーズはお世辞にも出来が良いとは言えず、「金返せ!」と言いたくなる様な非常に大雑把な作りのサッカーゲームのようなものでした。『FIFA』がそういう状況だった頃、『WE』と言えばラガーマンのようなポリゴンの選手から段々と洗練されサッカーゲームとして完成へと向かっていったこととは対極です。

結局『WE』の操作形態等の主だった部分は現在に至るまでデファクトスタンダードとして確立されています。海外では良く分かりませんが少なくとも国内では『WE』を基準としてサッカーゲームは作られています。ただそもそも近年は『WE』一強の状態が続いており、PSでは『ダイナマイトサッカー2004』、PS2では『フットボールキングダム』までしかリリースされておらず、実質寡占状態となっています。(追記:『フットボールクライマックス』がありました。)

SFCやPS時代には各社から色々な種類のサッカーゲームがリリースされていましたが、今や『WE』と『FIFA』しかありません。『WE』は確かに国内でもともと大して大きくなかったサッカーゲームの市場を今の規模まで築き上げましたが、それはサッカーゲーム市場を作ったのではなくて『WE』市場を作っただけだったようです。『WE』と『FIFA』が以降『LOVE FOOTABALL』や『マリオストライカーズ』シリーズを例外としてアクションよりのサッカーゲームはリリースされていないです。


サッカーゲームと言ってもファミコンやSFCで多く出されていたようなサッカーゲームではなく、実在するサッカー選手が実名で、しかも背格好や容姿まで忠実に再現した選手が登場する言うなればリアルサッカーであるために、各クラブチームや選手との契約が必要になるでしょう。そんな契約は中小のメーカーやぱっと出のインディーズなメーカーでは不可能です。

『WE』は国内でサッカーゲームが100万本以上売れるような市場を作ったように見えて、実際のところは大いなるキャラゲーブランド『WE』を作り出しただけでサッカーゲームの裾野自体は大して広がっていないばかりか、ライトユーザーの視線を『WE』に固定してしまったことを考えると裾野を広げたどころか焼き払ってしまったようにも思えます。


海外版『WE』、『PES』の体験版と『FIFA09』の体験版をやってみました。『PES』は全く面白くなく、『FIFA09』は結構面白いと思いましたが、次世代でトライアルエディションでない『フットボールキングダム』が出たらどれだけ面白いのかと考えてしまいます。いっその事実在の選手じゃなくて良いのでバンダイナムコゲームスはリリースしないのかなぁ。

第5の権力はテロル

2008年10月13日 | ゲーム
「SCEJ 東京ゲームショウ2008 「プレスカンファレンス」でPS3 80GBを発表」(GAME Watch)


「新プレイステーション3」プレスリリース(SCEJ公式)



東京ゲームショーが9日、木曜日から開催されました。各ハードメーカーの基調講演が行われ、SCEの基調講演ではPS3の実質的な新型80GB版が『GT5スペックⅢ』と同梱されて10月30日に発売されることがアナウンスされました。HDDの容量が40GBから80GBに倍増、コントローラーがこれまでのSIXAXISからデュアルショック3に変更されている為実質的な値下げとということになります。


そしてこの基調講演を受けて、ファミ通やITmediaなどを始めとしたゲームのウェブの表メディアは今日PS3新型発売のニュースを伝えたのですが、情報を積極的に求めるユーザーは前日の8日にはこの事実を知っていました。それはこの情報が今週金曜日発売のファミ通最新号に掲載されているために早売りからリークされていたからです。元々の発表自体にインパクトが無いことに加えて、前日のリークとなれば良きにしろ悪しきにしろ盛り上がりには欠けてしまいます。

日本のゲーム業界は紙媒体での最初の露出をすることを最重要視しています。そのためか以前は紙媒体の発売日、はっきり言えばファミ通の発売日である金曜日にサイトのオープンや情報解禁を行っており、最近では一部でファミ通の早売りがリークされる水曜日へと情報解禁日がシフトする流れがあります。それでもやはり紙媒体の最初の露出はファミ通ですが。ネットが大きなウェイトを持ち始めた頃から印刷所、若しくは早売りからリークがされてしまう今となっては相対的にファミ通への最優先露出と言うのは意味が無くなる以上にデメリットのように思います。

もちろん一番悪いのは公式発売日前にリークする人です。リークさえしなければ、お披露目はファミ通か電撃系の雑誌で行われ今までどおりの広報戦略でいいんだと思います。ですが実際には紙媒体は初出時間を制限できません。多くの印刷所や流通経路を経て発売日近辺に発売されるわけで、情報には早い、遅いが生まれてしまいます。ネットがない時代はそれでよかったと思いますが、ネットがある今それで良いのかなぁとちょっと疑問に思います。僕自身もリークを情報サイトなどで見てしまいますが、ドッと!情報が出ずに、ちょろちょろと漏れ伝わってくると少し盛り上がりに欠け、すこし残念に思います。


要は紙媒体での初掲出という昔ながらの宣伝戦略だとメーカー側にも、長い眼で見たらユーザーにもメリットが少ないんじゃないかなぁとか思うわけです。ファミ通があんまり面白くなくなったので最新情報目当てだけで買うのも何だかもったいないような気もするので、「初出はネットで。」ということになれば良いなぁ。

バーチャルボーイに思う

2008年10月12日 | ゲーム
例のドバイの記事を読んで久しぶりに触れてみたいと思い立ち、押入れからバーチャルボーイを引っ張り出して遊んでみました。昔は赤黒のモノクロームな画面やソフトの少なさ、その脅威の本体・ソフトの暴落率で非常に辛酸をなめさせられたことでゲーム自体に対してもあまり面白いという印象を持っていなかったのですが、『レッドアラーム』を10円で購入してプレイし、印象を新たにしました。


古い、特に携帯ゲーム機の類を遊ぶと、ゲームの面白さ以前の問題として液晶モニターが現代のそれの性能との隔世を実感せざるを得ないことに眼がついてゆかなくて残念ながら電源を落としてしまうのですが、バーチャルボーイは性能の差が顕著な液晶ではなくLEDを使用しているため、残像が無いその点だけでも現代の携帯ゲーム機よりも、もっと言うと液晶テレビでプレイする据え置き機よりも優れているのでそこだけでもゲームを続けるモチベーションには十分です。


『レッドアラーム』です。今更言うのはとても恥ずかしいのですが、非常に痺れてしまいました。赤いワイヤーフレームで構築されたゲーム世界は今見ると制約というより、美学の塊のような趣でとても美しいです。しかもこの世界をステレオの画面を用いて3Dで見るわけですから、痺れずにはいられない、「ここは『トロン』の世界か?」と錯覚せずには要られないというのも決して誇張ではないです。

それ以上の驚きがプレイ後の眼の疲れです。発売直後は口コミやゲーム誌誌上でも視力の低下に繋がるという評判やバーチャルボーイ自体にも自動パワーオフ機能が搭載されていることにも拍車をかけられ、僕自身も眼が悪くなると信じて疑わなかったのですが、今プレイしてみるとグラフィックのピントを合わせるため自分の目を意識的に動かす運動が癖になります。疲れが心地よくなるゲーム機って今も無いなぁと。


2008年の今プレイしてみるとなんて面白いおもちゃなんだろうということです。こんなに面白いおもちゃですが売れないのももっともです。微妙に大きい本体、電池が持たない短い稼働時間、黒赤のモノクロームモニタ、そしても最大の要因である少なすぎるラインナップ。しかもその少ないラインナップのソフトで遊べるソフトは極わずか。バーチャルボーイを活かしたという点で言えば、『レッドアラーム』だけということなのでやっぱり。それでもやっぱり偉大なる失敗作はセンスオブワンダーなオンリーワンです。しかもWiiやDSで断ち切られたと個人的に思っている任天堂ハードの”らしい”デザインも魅力的です。

『破』

2008年10月07日 | 映画
『劇場版ヱヴァンゲリオン』(公式)



さぁ、ようやく情報が出てきました。セガのプライズが「12月に出る」という情報を見て、今冬に公開かなぁと淡い期待を薄っすらと抱いていたのですが見事に裏切られてしまいました。結局『序』の公開から2年間というスパンでの公開になってしまいました。前作のラスト、予告に登場した女の子役の声優さんが松たか子さんではないかという怪情報ももはや忘却の片隅に追いやられてしまいそうなくらいに待ちました。

『序』が興行収入20億円、DVD売り上げ枚数が60万枚と公式で言われていますので、ゲーム化という選択肢も当然考えられているのだろうとまたまた淡い期待をしております。ガンダムゲーに良作は在っても、エヴァゲーには力作はあっても良作はないこの現状を打破してくれるようなエヴァゲー、もといヱヴァゲーを出してくれればいいなぁ。4部作完結は今のスパンで行けば2013年なので一本くらいは出そうな気がしますが…その頃僕は幾つなんだろうかと考えると絶望的な気分になります。


いつの間にか2015年になってしまいそうな感じです。

DSiはいらんかねぇ

2008年10月02日 | ゲーム
「ニンテンドーDSi」(任天堂公式)


ACCによる音楽再生、おもちゃカメラ、SDカードスロット、ソフトのダウンロード販売などなどなど。沢山の機能が追加されていますが、第3の柱ということでDSと住み分けをしているような事を狙ってるらしいです。どうにも中途半端な感が否めません。すくなくともDSLを買い求めたようなライトユーザーがこんな微妙な追加機能を搭載しただけのこの機種を果たして買いなおすんでしょうか。

そんなことよりも何よりもやはりデザインがいまいちだと思います。DSLはそれ自体で購買意欲を掻き立てる強いデザイン性がありましたが、どうにもこうにもDSiを一目見た印象は中国製のDSLのバッタもんといったように見えます。(特に内側が。)しかも値段も高い。18900円というのはしっかり利益を出す価格ということなんでしょうが、ちょっと高いなと。


まぁDSが発表されたときに、ピンとこなかった、こけるだろうなと思った人間の言なのできっとこの違和感も売れることの裏返しなのでしょう。関係ないですが、岩田社長の表情がどこの媒体の写真を見ても優れないのはなんでなんでしょうか。あれだけ笑顔だったのに。

リトルビッグプラネットはマリオの対極です

2008年10月01日 | ゲーム




『LBP』はステージを作る側とプレイヤーの相性ですべてが決まりそうなゲームです。モラクルが作ったチュートリアルステージはゲームの練習・勉強の側面が強く、ちょっと僕には合いませんでした。道中が長い、高得点を取るにはステージを引き返す必要があるなどちょっとダルかったです。そのせいで、初めは「あんなに騒いでいたのに、こんなものか」という感想でした。でもテスターが作ったステージの中の幾つかがとても面白かったために、印象が一変しました。特に「Takeshi's catsle」と銘打たれたステージなどは「風雲たけし城」を良く分かっている人の作らしく、非常に完成度が高かったです。



アクションゲームという部分はその通りだと思うのですが、「『スーパーマリオブラザーズ』のようなゲーム」という形容は少し違うなと感じます。単なる『マリオ』クローンな横スクロールアクションではなく、テレビバラエティのアスレチック物に近い感じがします。上手く言葉に出来ないのですが、『マリオ』のようなテレビゲームのアクションとはいささか趣が違うような印象です。『マリオ』のような今までの横スクロールアクションや3Dアクションに比べてよりアバウトでファジーなアクションゲームです。『マリオ』は宮本茂さんの後年のインタビューでは「アスレチック」を標榜したとしていますが、『マリオ』よりも『LBP』の方が敵がほぼ居ないことを除いても「アスレチック」に近いです。


色々なところで指摘されますが『マリオ』の空間デザインは非常に不自然で2Dの「ゲーム的嘘」の中でこその世界です。例として適当ではないとは思いますが、『LBP』で作られた『マリオ』クローンは幾ら素人が作ったとは言え、頑張っているその見た目に反して『マリオ』のストレス部分だけが肥大化してまったく面白くありません。マリオのように不自然な滞空距離が無いのですから、当然といえば当然。一方で「風雲たけし城」にインスパイアされたユーザーによるステージなどは地味な見た目に反してキャラクターを動かす楽しみを見せてくれます。このゲーム的には、『マリオ』の世界を再現するよりもテレビ番組の『SASUKE』なんかを再現したほうが面白いものが出来る可能性が高いような気がします。



それはおそらく物理エンジンと2.5Dという2Dでも3Dでもない曖昧なゲーム空間の賜物のように思います。「ゲーム的嘘」より「現実」に近いです。「現実」って3Dのようですが、3Dを存分に使って人間が動いているかといえば、そうでない場合の方が多いですし。