怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

11月13日  なぜ育てようとしないの? なぜ隠すの?

2011-11-13 15:51:59 | 学校に対して
11月11日の金曜弔問時、事故情報プレートの教頭の話で、ボートの写真掲載の拒否と もうひとつ、私を驚かす話があった。
「生徒から、事故情報プレートに、花柄を入れたい、という意見があるが、よろしいでしょうか?」と、教頭。
私はびっくりして思わず、「お任せします。」 と言ってしまった。

確かに事故情報プレートの木枠は、娘の好きな明るいものを、生徒さん達で飾って欲しい と伝えた。
しかし、プレートの中身は、悲惨な事故に対する 真剣なもの だ。
    
        学校が ひとりの生徒の命を奪った 事故に 対する姿勢を表す ものである。

それを、花柄?     生徒に何を教えているの? 
新聞記事のボート写真も、転覆したボートに乗っていた生徒達の写真ではなく、他のボートに乗船していた救助される生徒の、はっきりとは顔の特定のつかない写真である。
「生徒の顔が・・、とそこまで隠そうとするなら、黒塗りか何かにすればいいじゃないですか!」
と私は言ったが、見たくないものなら、目をそらすことだってできる。
生徒達が大人になれば、目をそらさねばならないことが、これからも多くでてくるだろう。

   それを学ばせるのが、学校ではないの?  なぜ育てようとしないの?  なぜあえて隠すの?

学校の、プレート内に花柄を という意見からも、
うちの意見を、PCで切り張りしただけという、プレートの内容からも、
とても教育者が作っているものとは思われない、焦点の定まらない、お粗末なものである。

将来の生徒さん達が、社会に出て、プレゼン等の発表をした時、相手に伝わるものだろうか?
何のために遺族が わざわざ、「 学校全体で作って下さい。 」 とお願いしたのか?

        < 二度とこのような事故を、学校が起こさない >  それひとつである。

その金曜弔問時、教頭の話を聞いている、3年の2人の先生と主幹教諭に、
主人が 「プレートの話にどう思われますか?」 と聞いていた。

先生達からは    「 知らなかった。 」    という答えが出るだけだった。