怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

11月1日  校長と教頭に増していく 不信感

2011-11-01 09:35:42 | 学校に対して
         
        やっかいなことが起こった・・      やっかいな遺族・・         中学側はそう思っているだろう・・

事故が起き、私達遺族に感じられるのは、 この中学の責任者達の、 
私達遺族 そして自分達学校が奪った娘の命 への認識の薄さだ。 

今までの彼らの言動から、「 自分達の仕事である 学校を守る が まず 第一 」 という気持ちが推し量られる。

決して 私達遺族の心情や 娘の無念さへの気持ちに、立ち入ろうとはしない。

新しい校長が来ても、何もしようとしない学校に、遺族が
「 学校側からも <事故を風化させない> という取り組みを 考えて下さい。 」 とお願いし、やっと学校側から出てきた回答は、
「学校に○○さんの花壇を作ります。」 という もう保護者でなくなり、学校へ足を踏み入れることもなくなった私達が、 学校からの写真でしか見ることができない 花壇だった。

事故の原因究明と学校教育を問う 私達の署名活動も、まるで私達の存在をのように 捉える校長の態度。

その誠意のなさに、昨年暮れの文庫寄贈時に とうとう遺族の方から 
「事故を二度と起こさないという、学校側の<誓いの言葉>を作って、文庫に置いて下さい。」 とお願いしても 12歳だった娘の年齢を、13歳と記述する。

現在、また遺族からお願いしている 事故情報プレートも 娘とは違う生徒さんの写真を
堂々と載せていた。

どちらも我が家に持って来て、うちが指摘して気付く、 お粗末さ・・

娘の命を奪われた上、そんな いやがらせ をされて、 平気でいられる親がいるだろうか。

         教育者という以前に   彼らの 人間の質 自体を疑ってしまう。

     こんな人達に  娘の大事な友人達のいる 学校を任せていいのだろうか?  

いまだ 新しい校長から  昨年9月の新任の挨拶はあっても  事故への  遺族に対する 新しい校長としての  謝罪の言葉はもらっていない・・