怒りのメゾフォルテ

娘を奪われました。二度と帰ってきません。奪った人たちの対応に怒りが募ります。

5月18日 花菜の涙B

2019-05-18 09:46:11 | 学校に対して
9年前の話。

私はその日は忙しく、図面の作成をしていた。
図面がなんとか出来上がって、依頼した木工屋さんに、図面と野外授業に花菜を向かいに行く日は、突然の図面に答えられないとメールに入れた。

なんとか送信して、テレビを見た。そこにはS中が写っていた。しかもその言葉の中で行くへ不明の生徒が、一人いると言っていた。

花菜じゃないことを私は祈った。しかし、その祈りも無駄で、初めて聞く細江署という警察からの電話だった。

警察からは、一番辛い話が聞かされた。

「花菜が死んだ」と。

それを聞いて私は、Aちゃんのお母さんが一緒に連れて言ってあげると言ったけど、断った。
S中に連れて言ってもらおうと思った。S中からは二人家に伺わせるからと言われた。でも車で15分の距離だけど、豊橋もひどい天気で、先生たちは道に迷って来るのが遅れた。
2時間ぐらいかかった。

先生たちを待っている間、家の場所の話ばかり先生たちと電話した。私が先生たちの車にやっと乗れた時、家の前は、マスコミでいっぱいになっていた。
それで、なんとか病院まで連れていってもらった。

私は主人に会いたかった。花菜の遺体と一緒に待っている主人。病院に着くと主人は花菜の遺体の前にあるベンチに座っていた。それで15分だけ家族3人にしてもらった。

花菜の遺体は綺麗だった。少し顎のあたりに傷がついていた。そして警察と静岡教育委員会の人がマスコミが多いからビジネスホテルに泊まりましょうと言われた。細江署の警察に聞きにいった主人は、花菜の司法解剖があるので1日ビジネスホテルで待った。

告別式の会場を電話帳で探そうとした。でも電話帳は静岡版で豊橋のものはなかった。ようよう豊橋の電話帳が手に入って、告別式の会場が決まった。そこからは謝罪の嵐だった。その深夜の3時に校長が来た。私は嫌だったんで主人が答えてくれた。豊橋市教育長来たし、小プロも来た。そして花菜の告別式の日に、家の玄関扉に同級生たちが来るので、静かに式を終わらせて欲しいと書いた。
私たちのビジネスホテルは、しっかりと警護されていた。
そして告別式。

告別式は静岡県知事が来ていた。もう訳がわからない状態だった。

しかし、花菜の同級生のいる隣に電話した。「マスコミはまだいるの」って。そして、細江署から花菜を引き取りに行く時、細江署もマスコミを警戒して、裏口から花菜の遺体を引き取った。
私はビジネスホテルでほとんど泣き叫ぶことはなかった。泣いてしまえば花菜を連れて帰れない。そして黒い大きな車で帰った。その車の運転手さんに「仏壇はいるのですか」とい聞いた。自宅が近くなると、一台の車が後ろについて来た。マスコミかと思ったけどその車は地域の人だった。地域の人たちに守られて、無事花菜を連れて家に帰ることができた。助けてくれる中には章南中の先生はいなかった。

自宅に帰って来た私たちは久しぶりに川の字で寝た。そうしたら、私の見えない目で、花菜の目から涙のようなものが流れているのを見た。目が悪い私はそれを主人に言わなかった。しかし主人も花菜の涙を見ていた。それでびっくりして私の神経内科の主治医に「死体でも涙を出すのですか」と聞いた。主治医は「ありますよ」といった。そして告別式が終わって、花菜を焼く時が来た。涙をみた私は、「花菜ちゃん大丈夫だから、体だけ焼くから。みんな花菜ちゃんのこと忘れはしないよ」と心の中でいっていた。


私は章南中が許せない。




















5月18日 花菜の涙A

2019-05-18 09:33:07 | 学校に対して
花菜は帝王切開で産みました。

いつも忙しく患者をみる先生が、エコー写真を見て考え込んでいる。
そして、先生の答えは「帝王切開しましょう」だった。

私は交替勤務で家にいる主人に電話した。
花菜の胎児の首にへその緒が巻きついて、15分しか持たないと言われ、すぐに車椅子の人に
なっていた。

そして主人が来てくれた。二人で考えている中に、帝王切開ができる先生がいなくて時間がかかった。

お腹の胎児は2500gはあるだろうと言われたが、実際には2020gだった。
私は帝王切開で取り出された瞬間、赤ちゃんを見た。

全身麻酔で夜の7時に気がついた。もうお腹には子供はいないと思い淋しい夜だった。

それで主人に子供が生まれたかどうか聞いた。
主人は未熟児センターで保育器の中の赤ちゃんを見せてくれた。

保育器はだんだん近くで見れるようになって来た。
毎日お乳を凍らせて持っていかなければいけなかった。

表にして、来ていおる妊婦さんを毎日来れる人とか、比べられていた。

花菜は、1ヶ月早く生まれてしまい、幼稚園に入る頃は普通の子と一緒の体重と身長になっていた。
私は花菜の誕生日が来るたびに、先生たちに救ってもらった命だと思った。


なのに、野外活動でこんなに簡単に命が取られてしまうとは思わなかった。

花菜は怖くて苦しかっただろうと思う。
私は章南中が許せない。