共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

今日はドビュッシーの交響詩《海》の初演日〜ハイティンク指揮によるライブ

2022年10月16日 12時35分12秒 | 音楽
今朝はライトグレーの雲が空一面に広がっていましたが、昼頃には陽も差してくるようになりました。こんな気持ちのいい日は久しぶりなので、今日は溜まっていた洗濯物を一気に済ませてしまいました。

ところで、今日10月16日はドビュッシーの作曲した交響詩《海》〜管弦楽のための3つの交響的素描〜が初演された日です。交響詩《海》は、


フランスの作曲家クロード・ドビュッシー(1862〜1918)が1905年に書き上げた管弦楽のための作品です。

1902年に発表した歌劇《ペレアスとメリザンド》の成功でフランス国内における作曲家としての名声をさらに確固たるものにしたドビュッシーは、翌1903年8月にこの交響詩の作曲に着手しました。9月に知人に宛てた手紙には

1.サンギネール諸島付近の美しい海
2.波の戯れ
3.風が海を踊らせる

という3つの楽章で構想を練っていることが記されています。

このうち第1楽章のタイトルは、後にフランスの詩人カミーユ・モークレール(1872〜1945)の小説と同じ『海の夜明けから正午まで』に変更されています。このため、作品そのものがモークレールの小説に何らかのインスピレーションを受けたと指摘されたり、初版のスコア(総譜)の表紙デザインにドビュッシー自身の希望により



葛飾北斎(1760〜1849)の浮世絵『富嶽三十六景』から「神奈川沖浪裏」の一部が用いられたことから、この作品からインスピレーションを受けたと指摘されたりしていますが、いずれも真偽のほどは定かではありません。

19世紀後半にヨーロッパで流行した『ジャポニスム』と呼ばれる日本趣味は、フランス国内においても顕著でした。浮世絵をはじめとする日本の美術作品が万国博覧会などを通じて紹介されると、美術をはじめとするフランスの芸術家たちに大きな影響を与えました。

特にドビュッシーが活躍したパリでは1878年、1889年、1900年とほぼ10年ごとに万国博覧会が開催されていて、当時の芸術家たちは日本文化をはじめとしたヨーロッパ以外の文化に触発されるよい機会になったようです。それはドビュッシーも例外ではなく、自宅を訪れたストラヴィンスキー(下写真右)と撮った写真を見ると



スコアの表紙に使った北斎の「神奈川沖浪裏」が壁に飾られているのが分かります。

私生活におけるドビュッシーは1889年に、リリーの愛称で呼ばれていた11歳年下の女性マリー=ロザリー・テクシエと結婚していました。その一方で、交響詩《海》を作曲中の1904年には銀行家の夫人で歌手でもあったエンマ・バルダックと不倫関係にもありました(彼女はそれ以前に、同じフランスの作曲家ガブリエル・フォーレ(1845〜1924)とも愛人関係にあった女性です)。

1904年7月にエンマと駆け落ち同然の逃避行に旅立ったドビュッシーでしたが、9月にパリに戻った後の10月には妻リリーがピストルによる自殺未遂を図り、この事件でエンマとの不倫関係は広く世間に知られることになりました。大きなスキャンダルに発展したことで世間の批判を一身に浴びたドビュッシーでしたが、結局はこの交響詩《海》を書き上げた1905年にはリリーとの離婚が成立し、後年エンマと再婚することになりました。

交響詩《海》は、そんな1905年の10月16日に初演されました。しかし、前作の歌劇《ペレアスとメリザンド》に続くような作品を期待していた聴衆からの評価は芳しいものではなく、その年の内に行われた再演でも聴衆や批評家から理解を得ることは出来ませんでした。

初演の失敗による失意のためか、その後のドビュッシーの創作活動は途端に低調なものになりましたが、1908年には再演が決まりました。しかし、再演したコロンヌ管弦楽団の指揮者エドゥアール・コロンヌ(1838〜1910)はリハーサルの段階でも曲をまとめることができず、結局公演は延期された上でドビュッシー自身が指揮をすることになりました。

作曲者自身の指揮による再演は初演時と打って変わって大成功を収め、回を重ねるとともにドビュッシーを代表する管弦楽作品としての評価を得ていくことになりました。楽譜は1905年に管弦楽版とピアノ連弾版が出版された後、この作品が再評価された後の1909年に、ドビュッシーの友人で作曲家、指揮者のアンドレ・カプレ(1878〜1925)による2台のピアノのための編曲版と、ドビュッシー自身による管弦楽の改訂版が出版されました。

第1楽章『海上の夜明けから真昼まで』は、木管からミュート(弱音器)を付けたトランペットへ受け継がれる静かに漂うような旋律と、その背後でうごめく低弦楽器のトレモロが夜明け前の薄暗さを象徴するように始まります。

第2楽章『波の戯れ』は、様々な色彩に変化をみせる旋律の断片が複雑に絡み合ったような印象を受けます。

第3楽章『風と海の対話』は、不気味にうごめく打楽器と低弦楽器が来るべき嵐を予兆するように始まると第1楽章冒頭で現れた動機が再現され波は徐々に大きなうねりになって嵐になっていき荒れ狂う嵐が収まると海は再び美しく神秘的な表情をみせた後に音楽はドラマティックに高揚していき、再び激しさを増しクライマックスを迎えます。

そんなわけで、今日はドビュッシーの交響詩《海》をお聴きいただきたいと思います。ベルナルド・ハイティンクの指揮によるアムステルダム・ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団のライブ演奏でお楽しみください。



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