共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

横浜イギリス館で聴くバリトン・トリオ

2021年10月11日 23時25分23秒 | 音楽
10月も半ばだというのに、今日はまたしても真夏日を記録する暑さとなりました。もう、本当にいい加減にしてほしいと思うのですが…。

さて、今日は夕方から横浜に出かけました。元町・中華街駅から港の見える丘公園まで登り、その中にある



横浜イギリス館にやって来ました。

今日はここで



アンサンブル山手バロッコの主催による『山手西洋館コンサート』の一環として、スイス・バーゼルを拠点にして活躍中のトリオ・シュタットルマンによるバリトン・トリオのコンサートがありました。バリトン(Baritone)と聞くと中低音域の男性歌手のことを想起される方が殆どかと思いますが、今回こちらで鑑賞するバリトン(Barytone)は弦楽器の名前です。

消毒・検温を済ませて会場に入ると



ちょうどバリトン奏者が開演前のチューニングの真っ最中でした。

バリトンは



ほぼバス・ヴィオラ・ダ・ガンバと同じくらいの大きさの擦弦楽器です。この楽器の最大の特徴は



弓奏する弦とは別に指板の下に共鳴弦が張られていて、弓奏弦を演奏すると下の共鳴弦が一緒に鳴って、何とも言えない甘美な響きを発することにあります。

共鳴弦を持つ楽器には、他にもヴィオラ・ダモーレやイングリッシュ・ヴァイオレットといった楽器もありますが、実はバリトンのもう一つの特徴は



指板の裏側が窓のように開いていて、親指で裏から共鳴弦を直接ピッチカート(弦を指で弾いて演奏)することができるようになっていることです。この奏法によって、まるでハープのような…というよりは



ウィーンのツィターのような独特の音色を奏することができるようになっています。

特に18世紀のハイドンの時代に流行していましたが、中でもフランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732〜1809)は当時仕えていたニコラウス・エステルハージ公(1765〜1833)がこの楽器を愛奏していたこともあって、協奏曲から独奏曲、室内楽曲に至るまで、実に170曲以上のバリトンのための作品を書いています。中でもバリトンとヴィオラ、チェロ(ヴィオローネ)のための三重奏曲が120曲余りと最も多く、今回もその編成のトリオでのコンサートでした。

今回はヨーゼフ・ハイドンの作品を主軸に、ハイドンと同じくエステルハージ公付きのオーケストラでコンサートマスターを務めていたルイージ・トマジーニ(1741〜1808)の作曲したバリトン・トリオも交えてのコンサートとなりました。

通常はバリトン、ヴィオラ、チェロという編成が多いのですが、今回はチェロの代わりに5本弦のウィーン式コントラバスの入った編成でした。



チューニングしているバリトン奏者の右側に置いてあるのがウィーン式コントラバスですが、見た目には普通のコントラバスと特に変わった点は見当たりません。

では何が違うかというと調弦が違います。今日オーケストラ等で使われる5弦コントラバスは、低い音からド・ミ・ラ・レ・ソという並びですが、ウィーン式コントラバスは低い音からミ・ラ・レ・ファ♯・ラという並びになってるのが特徴です。

こうした調弦方法は、ヴィオラ・ダ・ガンバ属の最低音楽器であるヴィオローネに通ずるものがあります。特に上3本の開放弦でレ・ファ♯・ラというニ長調の和音が弾けることで通常のコントラバスとは違った明るい音色のバスを奏でることができるので、ベートーヴェンの《運命》くらいまではこの方式のコントラバスがオーケストラでも好んで用いられていたことが分かっています(因みに同じくベートーヴェンの交響曲第7番のスコアにはコントラバスと書かれていて、この辺りがヴィオローネとコントラバスとの世代交代の分かれ目と言われています)。

1937年に英国総領事公邸として建設された横浜イギリス館でのコンサートはかつてハイドンたちがエステルハージ邸の私的な空間で演奏していたような距離感で、特に楽章の終わりに響く共鳴弦の立ち昇るような音色は実に心地良くて、間近で聴いていると幸せな気持ちになります。この共鳴弦の何とも妙なる音色があるからこそ、エステルハージ公も愛奏していたのでしょう。

楽しいお話を交えながらの素晴らしい演奏は盛況のうちに終演し、聴衆から惜しみない拍手が贈られました。また、折角間近にバリトンの実物が見られる貴重な機会ということでわざわざ撮影タイムを設けてくださり、



奏者全員で全方位に向けてポーズをとってくださいました(笑)。

本来、このコンサートは昨年開催される予定でしたが、新型コロナウィルス蔓延に伴って渡航ができなくなり、今回1年越しでの開催となりました。新型コロナは、いろいろなものを先延ばしにしたり潰したりしたのだなと、改めて感じさせられます。

今日は久しぶりにいい音楽を聴くことができて、優雅な気分に浸れた幸せな一日でした。山手から涼やかな風に吹かれて家路につきましたが、この風が常態化してくれないかな…と思わずにはいられません。


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