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たいせつなもの。すきなこと。

内藤礼 「信の感情」 東京都庭園美術館

2014-12-20 | 展覧会・アート のこと



三年間の改修工事を終えて、東京都庭園美術館がリニューアルオープン。
そのこけらおとしの展覧会、 内藤礼 「信の感情」 へ。

内藤礼さんの作品、「ひと」に出逢ったのは、
去年の資生堂ギャラリーの展覧会「初心」にて。

ひとりぽっち、ぽつん と佇むそのちいさなちいさな「ひと」の
途轍もない存在感につよく魅かれました。

確か、家に帰ってからじっくりとその作品解説を読むと
震災後生まれだした「ひと」はもう何十体にもなっている。というようなことが記されており、
そのちいさな「ひと」の存在感の重さの意味がよくわかりました。

その「ひと」たちが一緒に集っているところを観てみたいなあ。と思ったことを覚えています。

今回、以前からこころ魅かれるこのすてきなアール・デコの御邸の中で
「ひと」と再会できるとは、なんともコトバに出来ぬほどうれしいことです。

旧朝香宮邸の部屋のあちこちに、
やはり ぽつん と佇む「ひと」は
その部屋の過去の空気を、「生きたもの」に変えているように感じられました。

今回、平日のみ撮影可能ということで、
この「ひと」たちにレンズを向けることができたのですが、
なぜか、撮りながら
レンズを向けることは御法度な、神社の「鏡」を写してしまっているような・・・
どこかからやってくる軽い罪悪感を覚えている自分の感情に気づきました。
それほど、この「ひと」たちは神聖なもの・・・ということですね。

「信の感情」 ・・・・ そうかア。
なにが そうか? コトバにはできませんが。
自分にも説明の出来ない「そうか」ってのが あってもいいんじゃないかな、とも思います。

以前、「ひと」がいっぱいいるところをみたいな、と思ったものですが
今回も、「ひと」は ひとりずつ佇んでいます。 
ほとんどの「ひと」が鏡と対面しながらも、
見ているのは自分の姿ではなく、鏡の中に映り込む外の世界。

わたしたちが「ひと」を観ているのと同時に、わたしたちも「ひと」に見られているのです。





 「ひと」「人生の可能態」(鏡)



窓辺の「ひと」。 この日、底冷えのする寒さに結露した窓の向こうには・・・

 中庭のペリカンが。
(今まで、あひるだと思い込んでいましたが。)

 毛糸の帽子をちょこんと。



この御邸のなかでも、特にすきな部屋のひとつ、「書庫」にも ひとり佇む「ひと」。
哲学しています。(?)


改修工事と共に、オープンした新館は、白い白い四角い空間。
そこに掲げられた、「color beginning」が、その空間にあまりにマッチしていて
この部屋は、もうずっとこのままにしておいてほしい・・・ という気持ちになってしまいます。



内藤礼「信の感情」は 2014年12月25日までの開催です。
「アーキテクツ/1933/Shirokane」 御邸の他の写真はまた後日UPしまーす!


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