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たいせつなもの。すきなこと。

ミケランジェロの削り痕

2013-09-20 | 展覧会・アート のこと



ともだちのNちゃんに「チケットあるから行こ?」と誘われて
行ってきました。
「ミケランジェロ展 システィーナ礼拝堂500年祭記念ー天才の軌跡」

システィーナ礼拝堂。。。
ここは、昔旅をした時、ヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂に足を踏み入れていながら、
閉館時間をチェックしていなかったばっかりに、あろうことか入りそびれてしまった因縁の場所。

ミケランジェロの天井画も、「最後の審判」も観ずに
ヴァチカンを後にしてしまったなんて・・・!
でもその時は、実際、まあ閉まってるんだししゃーないな ってなもんだったのだ。
(ダビデやピエタで十分すぎるほど満足してしまっていたしなあ)

のちに、どえらいもんを見逃した~~~。って密かに思っていたのだけれど、
この展覧会の中に、記されていたゲーテの言葉を読んで、
またもや、どーんと突き飛ばされた気持ち。

 「この礼拝堂を見ずしてひとりの人間が成しうる偉業を知ることは出来ない」

今回のこの「システィーナ礼拝堂500年記念 ミケランジェロ展」
お蔭さまで実物を観ずとも、日本に居ながらにして、たっぷり堪能できました。
なんだか、日本初の4kとかいうカメラで撮った映像とやらも
すばらしかったなあ。肉眼で観るより鮮やかかもしれないね。


近年、偉大なる芸術家の展覧会へ行くたび、
とっても見入ってしまうのは、彼らの「素描」や「習作」
一本一本の筆の線、ラフなスケッチに、ニンゲンらしさをとても感じる。

システィーナ礼拝堂の天井画 アダムのための習作。
この中の、腕の素描がすばらしかったなあ。
まるで画学生のように何度も何度も、腕の動き、指のそり具合などを
一枚の紙のなかに、描き込んでいる。

素描のなかには、一度使った紙の上から描いているものまであって驚いたなあ。
直筆の手紙の文字のカリグラフィー並みのうつくしさ、緻密さも
ミケランジェロそのひとの性格まで表しているよう。

「最期の審判」は、発表当初、あまりの裸体の多さに
「風呂屋か宿屋にふさわしい絵だ。」とまで言われていたらしい。
のちの法王の意向で、ミケランジェロの死後、別の画家に腰布を描き足すよう命じたのだそうだ。
知らなかったなあ。
でも、この裸体の方たちすべてが、なんにも身につけていなかったとしたら・・・
そりゃあ確かに、風呂屋さんよ。

そして、この大勢の中に、自画像が描き込まれている。
その姿は・・・。 う~ん。どう解釈すればいいのだろう。
ユーモラスなような、自虐的なような。。。

有名なクレオパトラの絵。この絵にも裏がある。
文字通りの裏。紙の裏に、別の表情が描かれているのだ。
これにも、う~ん。と唸らされる。
どうぞお見逃しなく。

84歳、晩年の彼の作品「キリストの磔刑」は、意外にも木彫り。
ダビデ像、ピエタ像のような力強く滑らかな像を彫るひと。。。
晩年のこの高さ20センチほどの木彫りの作品は
静かに(でもたくさんの想いを籠めて)人生の終わりをかたちにしてあるように見える。

のみの削り痕がとてもリアルで、削りかけのままのような作品に
ミケランジェロそのひとの永遠の息吹を感じます。

「ミケランジェロ展」 神がかり的な彫刻家としてでなく、
生身の人間としてのミケランジェロの片鱗を改めて知ることのできる展覧会でした。

 

上野西洋美術館にて。2013年11月17日まで開催中。



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