かつて日本がしてきた戦争について学びの場へ。
スェーデンから帰省しているお友だちとその息子くんと。
15才の息子くんの提案で私も一緒に初めて訪れる靖國神社「遊就館」
古代〜江戸時代の刀剣や鎧の展示に始まり日清日露、太平洋戦争…
知らずにいた数々の史実とその生々しい戦いの道具、また遺品の数々に言葉を無くします。
最初の写真はC56型31号機関車
太平洋戦争中タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ「泰緬鉄道」に使われたものとのこと。SLを真上から見るなんて初めてです。
戦争を歴史の事実として認識することは大切なことだとは思いますが
ここの展示では原爆被害やその周辺の史実があまりにもサラッと短く述べられているのみであることや
何より「第二次世界大戦」または「太平洋戦争」を今でも尚「大東亜戦争」と明記することに正直なところ違和感を覚えます。
靖國を後にし、すぐ近くの戦傷病者史料館「しょうけい館」へ。
こちらでは地に足のついた国民目線の戦争が語られていました。。
こうして見ると、わたしが子どもだった昭和40年代辺りはまだ戦後20年余り。。
街へ出ると白い服を着た傷痍軍人さんが路上に座って募金を募っていたことをよく覚えています。側を通るのが怖かったことも。
調べてみると終戦後昭和21年にGHQにより軍人への恩給が廃止となり
その後傷痍軍人会の活動により恩給が再開されたそうです。
しかし、恩給再開は昭和28年とのこと。
わたしが都会の駅前などで白い軍の病衣を着た傷痍軍人の方々を目にしていたのは既に昭和50年代に入っていた頃のこと。
国は充分な補償をしなかったのか???
いろいろと疑問が湧いてきます。
いつの時代も国が始めた戦争に巻き込まれ傷つけられるのは上層部でなく一般の国民。
Noと言える唯一のチャンスは民主主義の国に於いては政党を選ぶ選挙のみ。
物価高対策にばかり目のいく今回の選挙。
不穏な世のこれからをどう見据えているのか、そこもよく勉強すべきですね。
しょうけい館。
戦争を学ぶために子どもたちにもぜひ訪れてもらいたい場所でした。
(野戦病院の再現等かなり痛々しい場面有り。小さなお子さまは成長してからの方がいいかな…と思います)
この夏、終戦80周年。
日本は戦争をしないと決めて80年。
このままその「約束」を後世まで繋ぐことが私たちひとりひとりの役目です。
これまで一度も来ようと思わなかった場所へと導いてくれた遠くスェーデンからのBくんとCさん。
いい経験になりました。ありがとう!
人生幾つになっても知ること、学ぶことは大事ですね