【赤い髪の女ツネ嬢】(17)
【あの時】
女を連れ、若い衆が戻ってきた。
助手席で前屈みになってる躯を尚更低くさせ、後ろのドアが開くのをまった。
顎先が膝に着き、頭の毛がダッシュボードを擦る。
無理な姿勢は胸を圧迫し、息苦しかった。
後部ドアの窓ガラスが軽く叩かれ、ドアが開く音がした。
飲み屋街の夜が始まるときの、賑やかな喧騒音が聴こえた。
「頭ぁ、連れてきました」
若い衆、開けたドアの外から言う。
「○○さんぅ、ご用ぉってなんですかぁ?」
「ぁあ、忙しぃのに悪いなぁ」
「いぃえぇ。ウチぃ今からお客さんと同伴しますんよぉ」
「それやったら、早ぁに済むさかい乗って話しぃしよかぁ」
女が乗り込むのを感じたので自分。普通の姿勢に坐り直した。
タイヤが車道に落ちる振動を尻で感じ、エンジン音低く唸りだす。
「チョットな、一廻りドライブしよかぁ」
○○さん、あくまでも優しいぃ声音やった。
「アンタぁ、店ぇかわったんやなぁ」
「ハイぃ。昨日からですぅ」
車が静々と動き出し、最初の角を曲がり終えた時やった。
「ナッ!ナニしますの!」
自分。助手席ドアに右肩つけ、首を後ろに向けないようにしながら、背もたれ越しに覗いた。
○○さん、女の右手首掴んで持ち上げていた。
夜会服(ドレス)の肌が透けて見える右袖、無理ヤリ捲りあげようとする。
女が必死な顔し左手で抵抗するのを○○さん、軽くいなすように払い除けた。
女の腕を車の天井まで上げさせ、袖を肘の上まで捲りあげた。
女の耳元まで口を近づけ、恐いくらいの穏やか囁き声で。訊いた。
「なんやねん?」
車の中が凍りついた。
冷たさは、Ⅴ8エンジンの唸り音隠し、静かすぎるくらいになった。
オンナは○○さんから顔を背け、窓の黒色カーテン。眼を見開いたまま観ていた。
女の横顔の、顎の筋肉が強く固まり、下唇が前歯で噛まれていた。
自分此の時の女の横顔。今でも憶えています。
ナンかぁ、凄惨な程の艶のある綺麗さやなぁ!
ット。そないに想ったのを憶えています。
○○さん、伸びた肘の内側に唾を飛ばした。
大きな掌と唾で、塗られている肌色ファンデーションを擦り取る。
「チィフ視てみぃ」
○○さん。女の細い腕をユックリト下ろしながらやった。
「ぁ!アンタ!」
ワイを見て驚いた女の顔。直ぐに堕ちるように歪んだ。
見開かれた上瞼。益々コレ以上ないほど引き攣ってきた。
無理にと夜会服の袖、捲りあげ隠れていたものが覗いていた。
肘の内側。柔らかそぅな白い皮膚肌の下。
視えるはずの青い血管、隠れるほど肌が青黒く染まってた。
「モクくれるかぁ」
○○さん。掴んでいた女の手首、放り出しながらやった。
ワイが自分の煙草を捜す間もなく、運転席の若い衆が後ろに腕を伸ばした。
自分、此の時。車がいつ停車したのか気づきもしなかった。
「ワイちゃうがな」
女の方に顎を振った。
若い衆、直ぐに運転席の上で後ろ向きになるように両膝立ちし、座席の背もたれから身を乗り出した。
「姐さん。どぉぞ」
ナニも感情のこもらない喋り方やった。
若い衆が差し出すパッケの縁から突き出たモクのフイルター。
綺麗なエナメル塗った細い指先が摘まむとき。可哀そうなくらい細かく震えてた。
女が引き抜くと○○さん。若い衆の手からパッケ、取り上げた。
手首の一振りでフイルター浮かせながら口元へ。前歯で銜えた。
若い衆。手品師みたいに箱燐寸で小さな炎を点けた。
点した軸を両掌で囲うようにし、赤い紅色の唇が銜えたタバコに火を点けてやった。
オンナが大きく吸い込んだ。煙を吐き出す前に唇の端の小さな絆創膏を触った。
触てるその時。女の目線がワイの顔を掠め過ぎた。
ワイ。それがドナイしたんやボケ!アン時アンタを助けたん。
ワイなんとチャウんか。クソダボがぁ!小便垂れの糞アマぁ!
自分。心がオンナにたいしての憤りでイッパイでしたわ。
若い衆。直ぐにまた、手品師みたいな手つきで火をつけ直した。
腕を○○さんに向けかけたら、○○さん掌広げ断った。
燃える燐寸の軸。鮮やかなほどの一瞬な感じで、眼の前から消え去った。
○○さんがパッケ、ワイに差し出した。パッケごと頂いた。
○○さん、デュポン(ライター)で自分のモクに火を点けると、ワイの煙草にも火を回し点けてくれた。
車ん中。煙たいとかやなく火事場やった。
車が動き出した。コナイに煙が充満してるのに、よぉぅ!運転できるんやなぁ。
ット。自分。若い衆にホトホト感心しましたわ。
「アンタに話しあるん。コイツなんや」
ワイに顎をしゃくりながらやった。
「おとなしゅぅなアンタ。、チィフのゆうコト訊かんかったらなぁ・・・・」
それまで優しかった物言いの○○さん。ワザト言い淀んで見せた。
「ナニがですか?」
喋るとき、口から煙が流れ出ていた。
「アンタとチィフらの此の前のコトやからな、アンタが判断しぃや」
女。煙草を銜えようとしたけど、動きが止まった。
「ナンもアンタが憎いわけやないんや。頼んでるんやで」
「ナニぉです!」
アメ車のドライブ。一廻りどころか魚町を、何周したか解らんようになっていた。
フロント硝子越しに覗く、建ち並ぶ店舗ビルの電飾看板(ネオン)。煌びやかに瞬いてた。
自分。心が萎えそうやった。
後ろから聴こえてくる、○○さんが喋る一方通行の言葉。
それを無言で訊き齧り、ナンとか租借しようとする薬(シャブ)中女。
縄澤が憎かった。ドグサレ(腐れ)がぁ!やった。
それ以上にぃ。深くと自分の心が情けなかった。
酒が無性にぃ呑みたかった。
気が狂うほど呑みたかった。
【赤い髪の女ツネ嬢】(17)