はたくしが 未だ明けやらない
そぉぅ 朝陽は昇らない 寒い朝に目覚めた時
暗い夜明け前の空には 黒い雪雲が低く垂れ込めていました
昨晩から降り始めた初雪は 音なく寝静まった温泉街を
覆うように静かに降っていました
それは和風旅館の
竹林囲いの中庭に降り積もった雪が
築山下の 隠し庭園灯の仄かな明かりを受け
はたくしが寝ていた二階の部屋の 飾り丸窓の細格子障子が
薄っすらと仄白く照らされていたので判りました
はたくしは お布団の中から
障子越しの雪明りに照らされていました
仄かに薄明るい天井を視ていました
天井からは 白い電燈の傘を被った
裸電球が吊りさがっているのがですね
それは和風旅館の
竹林囲いの中庭に降り積もった雪が
築山下の 隠し庭園灯の仄かな明かりを受け
はたくしが寝ていた二階の部屋の 飾り丸窓の細格子障子が
薄っすらと仄白く照らされていたので判りました
はたくしは お布団の中から
障子越しの雪明りに照らされていました
仄かに薄明るい天井を視ていました
天井からは 白い電燈の傘を被った
裸電球が吊りさがっているのがですね
薄暗さな中 視えていました
お布団の中から 背伸びするように手を伸ばし
枕もとの煙草盆に載っていました
小さな行燈みたいな電気スタンドの吊り紐を引き
お布団の中から 背伸びするように手を伸ばし
枕もとの煙草盆に載っていました
小さな行燈みたいな電気スタンドの吊り紐を引き
赤い色した豆電球を燈しました
はたくしは あの朝 目覚めたとき
普段は滅多と吸わない煙草をですね
無性に吸いたかったんですよ
目覚めたとき 喉は カラカラと乾いていましたのにねぇ
仄かな雪灯りに照らされた 丸窓の障子を観ながらですね
想ったんですよ 煙草が吸いたいなぁ って
はたくしは あの朝 目覚めたとき
普段は滅多と吸わない煙草をですね
無性に吸いたかったんですよ
目覚めたとき 喉は カラカラと乾いていましたのにねぇ
仄かな雪灯りに照らされた 丸窓の障子を観ながらですね
想ったんですよ 煙草が吸いたいなぁ って
だけど暫くは お布団の中で愚図グズしていました
なんだか起きるのがですね 億劫になっていましたから
丸窓をですね ボンヤリとな感じでみていました
はたくしは 枕を抱くように上向いた躯を俯きなおし
手を頭の上に伸ばし 行燈スタンドの弱い紅い明かりをたよりに
煙草差しの蓋を手探りであけ 筒の中の煙草を指で弄りながら
両切紙巻き煙草を摘まみました
半身を起こすようにしながら燐寸を擦るとですね
黄色い炎がですね 寝起きの眼には眩しかった
炎を近づけ吸いますと 燐寸の燐が燃える味と
ひと吸いめの煙草の煙の味が混ざっていました
はたくし 燐寸で煙草に火をつけた最初の吸い味
嫌いじゃないんです スキなんですよ
其の時 胸の奥まで煙を吸いながらシミジミいたしました
不思議と後悔はしていませんでした
なんの戸惑いもです
其の時はそれよりも 覚悟で想うことを
巧くやれるのかなぁ って想っていました
はたくし 燐寸で煙草に火をつけた最初の吸い味
嫌いじゃないんです スキなんですよ
其の時 胸の奥まで煙を吸いながらシミジミいたしました
不思議と後悔はしていませんでした
なんの戸惑いもです
其の時はそれよりも 覚悟で想うことを
巧くやれるのかなぁ って想っていました
だから今でも本当に後悔などしていません
たぶん ぇえ今もです
そして此れから先も きっと 後悔はしないでしょぉ
そぉぅ お話し いたしました眼の前のお方に
はたくしの 悔みも抱かない出来事を
あの日の朝は 前の晩から降り続いていた雪がですね
いったん降り止んでいました
だから夜明けの時刻には 珍しく朝日が昇るのが観れました
朝焼けな 紅く眩しいお日様が 真っ白な雪化粧の庭をですね
夜明け色の赤っぽい 黄金色に刹那に染めるのをですね
あの人は視ていたそうです
旅館の開け放った二階窓の敷居に座り
朝日が昇る前から あのひとは眺めていたそうです
まだ陽が昇る前の お日様に陰で照らされた
山の影で眺められる東山を 寒さを堪へながら視ていたそぉです
其れから暫くのあいだ あのひとが観ていると
お日様は だんだんと明るくなりながら
たぶん ぇえ今もです
そして此れから先も きっと 後悔はしないでしょぉ
そぉぅ お話し いたしました眼の前のお方に
はたくしの 悔みも抱かない出来事を
あの日の朝は 前の晩から降り続いていた雪がですね
いったん降り止んでいました
だから夜明けの時刻には 珍しく朝日が昇るのが観れました
朝焼けな 紅く眩しいお日様が 真っ白な雪化粧の庭をですね
夜明け色の赤っぽい 黄金色に刹那に染めるのをですね
あの人は視ていたそうです
旅館の開け放った二階窓の敷居に座り
朝日が昇る前から あのひとは眺めていたそうです
まだ陽が昇る前の お日様に陰で照らされた
山の影で眺められる東山を 寒さを堪へながら視ていたそぉです
其れから暫くのあいだ あのひとが観ていると
お日様は だんだんと明るくなりながら
瞬きのような輝きをですね 中庭を埋め尽くす雪に
黄金のような陰を奔らせたそぉです
黄金のような陰を奔らせたそぉです
そしてあのひとは こぉう想ったそうです
素敵に綺麗ぃだなぁ って
あの日の朝は ひとの身体の芯まで凍りそうなほどの
あの日の朝は ひとの身体の芯まで凍りそうなほどの
美しい雪景色でした そぉうです
はたくしは お布団から起き上り 厚い和装の上っ張りを肩に掛け
古い年掛けた襖をあけ 部屋から薄暗い廊下にへと
暗く長い廊下の 雨戸はまだ閉じられておりました
だから足元の灯りといえば 小さな雪洞みたいな灯篭に
部屋の名が 黒字で浮き上がり燈る 明りだけ
其の薄暗い灯り燈る 狭い廊下を忙しく行き交うのは
朝早くから立ち働く仲居さんたち
囁くような小声で おはようございます
とっ 軽くお辞儀で通り掛かります
玄関横の帳場に小声で声をかけると
下足番のご老人が出てこられました
はたくしはお願いいたしました
傘を貸していただけたら っと
ご老人
お客様 外はまだ雪は降ってきますから
御用なら言ってくだされば はたくしどもが承り致しますけども と
ぃいの これから人に会う約束があるから ちょっと出かけたいだけです
じゃぁ お車をお手配い致しましょうか?
ぅうん いぃの
聴けばご老人 怪訝そうな顔をしながらも
じゃぁ っと 言いつゝ奥にと
暫くしてご老人 旅館の名前が載っている
渋い赤色な番傘を手にし戻ってきました
ご老人 傘を はたくしに手渡してくれながら
軒先の暖簾越しに 宿の外を覗き見しながら仰います
お客様 雪道は歩きにくいから ヤッパリ車を
っと 顔を曇らせます
いぃの その時はその時だから
っと はたくしは玄関先までご老人に見送られます
小脇に挟んだ あの細く絞った紙包みを確かめながら
ご老人にお借りした番傘を差さずに旅館を出ました
表に出ると 昨夜の温泉街の喧騒が 嘘のような雪静まり具合
明けかけた外には 辺り一面 白が迫るような雪化粧でした
降り積もった雪は 昇る朝陽を返していたので
はたくしの眼にはたいそうな感じで 眩しかったんですよ
温泉町の真中を流れる 細い谷川のような川を挟んだ
両側の土手道や 古色な柳並木も
古びた木造の橋も ナニもカモが真っ白色でした
朝の冷たい 硬い空気の中 音なく流れる川にはですね
この温泉街特有な 真っ白な湯気が漂い覆っていました
そして湯気は 硫黄の匂いと共に
両側の 土手の上まで立ち昇っていました
素足に紺藍の女下駄 下駄先と赤い鼻緒が濡れてきていました
足指が冷たさで です
雪が 紅い鼻緒の下駄に踏まれて鳴きます
あの女の肩には 女物の丹前縞の広袖の綿入れ
前身頃の両の襟には 泊っている旅館の宿のお名前
その下には やはり旅館の冬物の厚手の着物
そして 冷たくなった肌には 夕べの寝間着代わりの浴衣
雪がね 粉雪が降り出してきましたそうです
きっと 番傘の柿渋の紅が 綺麗に咲きましたでしょう
傘の柄を肩に 絞った紙の袋をその脇下に
空いた片手を着物の袂にね
そして暫く歩いて冷たくなった手を
温もりを求め合わせた前襟から胸元に
其の時 手のひらに 温かなふくらみのね
柔らかなふくらみの先に 指先が触れたとき
戸惑ったそぉです
ふくらみの 寒さで硬くなった蕾にですよ
胸のふくらみの その柔らかさが女には疎ましかったんでしょぅ
物凄く その柔らかさが哀しかったそうです
昼を過ぎ夕方になっても 降り続く粉雪
止みそうになかったです
赤い鼻緒下駄 寒さを堪へきれずにですね
幾度も 幾度も小刻みに足踏みしていました
いつまでも 随分な時間
はたしは川向うの 路地裏の鄙びた旅館を
こちらの表通りから眺めていました
其処までの雪道には昼を過ぎても
何方の足跡も刻まれてはいませんでした
其処に向かうとき 自分の足跡がつくのがなんだかいけない事のような
だから 川の柳並木の雪化粧の下で佇んでいました
暫らくすると 益々凍えそうなので少し歩いてはまた
其処に戻ってきました
何度も何度も 繰り返しました それを何度も
番傘 畳まれていました あの女の髪と肩が雪で濡れます
頭から仄かな湯気が 肩からも
女は悴む白い手指に白い息 吹きかけます
顔を白く凍えさせながら
はたしの堪へは 其処までゞした
見かねて耐えられずに近づきました 背後から
「もぉぅ帰ろぉぅ」
此の時のはたしの声
今想っても よくもあんなに優しい声がと
振り向いた濡れた髪の女の顔 驚きで妙に歪んでいました
でも 堪らないほど綺麗な顔でした
それ 止め処もなく多分です
はたしの心から何かをです 奪って逝きました
「帰ろぉ なぁ」
「・・・・・!」
柔らかなふくらみの先に 指先が触れたとき
戸惑ったそぉです
ふくらみの 寒さで硬くなった蕾にですよ
胸のふくらみの その柔らかさが女には疎ましかったんでしょぅ
物凄く その柔らかさが哀しかったそうです
昼を過ぎ夕方になっても 降り続く粉雪
止みそうになかったです
赤い鼻緒下駄 寒さを堪へきれずにですね
幾度も 幾度も小刻みに足踏みしていました
いつまでも 随分な時間
はたしは川向うの 路地裏の鄙びた旅館を
こちらの表通りから眺めていました
其処までの雪道には昼を過ぎても
何方の足跡も刻まれてはいませんでした
其処に向かうとき 自分の足跡がつくのがなんだかいけない事のような
だから 川の柳並木の雪化粧の下で佇んでいました
暫らくすると 益々凍えそうなので少し歩いてはまた
其処に戻ってきました
何度も何度も 繰り返しました それを何度も
番傘 畳まれていました あの女の髪と肩が雪で濡れます
頭から仄かな湯気が 肩からも
女は悴む白い手指に白い息 吹きかけます
顔を白く凍えさせながら
はたしの堪へは 其処までゞした
見かねて耐えられずに近づきました 背後から
「もぉぅ帰ろぉぅ」
此の時のはたしの声
今想っても よくもあんなに優しい声がと
振り向いた濡れた髪の女の顔 驚きで妙に歪んでいました
でも 堪らないほど綺麗な顔でした
それ 止め処もなく多分です
はたしの心から何かをです 奪って逝きました
「帰ろぉ なぁ」
「・・・・・!」
「許しておあげ もぉよそぉ 許してぁげよぉ ねぇ帰ろぉぅ」
見る見るうちにでした 眼に涙がです
はたしのね 眼にですよ
涙がね わぁ~!って
あの女(ヒト)の顔 窺へなくなってしまいます
眼を瞬きながら 半分雪に埋もれた番傘 拾いました
下を見たとき 白い足の指爪と赤の鼻緒がね 濡れていました
はたしね 顔 あげれませんでした
涙が 鼻緒の赤に誘われて再びにでしたから
積もってる雪に 落ちる涙で小さな穴が幾つも
音もなく密やかに空いて往きます 幾つもね
そしたら あの女が傍に蹲りました
濡れて垂れた髪が眼の前に
女は両の手で 悴み縮かんだ指のまゝで顔を覆いました
雪の上に 湿った紙袋が音も無く落ちました
はたしは俯きながら其れを拾います 落ちた袋を
番傘を開いて彼女の上に掲げます
こんな啼き方ができるのかとな嗚咽が暫らく
ぃぃえ 随分とでした
女の後ろ襟から覗く項がね 細かく震えていました
袋にはね 中にはね
入っていました 細い鋭いキッ先の得物が
それ 暖かかったです 女の肌温もりでね
一昨日無くしたと想っていた
はたしが愛用してた調理用の刃物でした
此れで 如何にかしようと寒さの中でね
はたしの堪えは其処まででした
番傘がね ガクガク揺れますねん
傘の雪が落ちてきますねん あの女の背中に降りますねん
悲しみがね 襲ってきますよぉ~!
心がね 悲鳴を挙げ続けますよぉ~!
刺身包丁 川に投げ捨てました
その時 何故か傘まで落ちました
赤い傘が クルクル回りながら川原に落ちますねん
真っ白な川原にね クルクルって
見る見るうちにでした 眼に涙がです
はたしのね 眼にですよ
涙がね わぁ~!って
あの女(ヒト)の顔 窺へなくなってしまいます
眼を瞬きながら 半分雪に埋もれた番傘 拾いました
下を見たとき 白い足の指爪と赤の鼻緒がね 濡れていました
はたしね 顔 あげれませんでした
涙が 鼻緒の赤に誘われて再びにでしたから
積もってる雪に 落ちる涙で小さな穴が幾つも
音もなく密やかに空いて往きます 幾つもね
そしたら あの女が傍に蹲りました
濡れて垂れた髪が眼の前に
女は両の手で 悴み縮かんだ指のまゝで顔を覆いました
雪の上に 湿った紙袋が音も無く落ちました
はたしは俯きながら其れを拾います 落ちた袋を
番傘を開いて彼女の上に掲げます
こんな啼き方ができるのかとな嗚咽が暫らく
ぃぃえ 随分とでした
女の後ろ襟から覗く項がね 細かく震えていました
袋にはね 中にはね
入っていました 細い鋭いキッ先の得物が
それ 暖かかったです 女の肌温もりでね
一昨日無くしたと想っていた
はたしが愛用してた調理用の刃物でした
此れで 如何にかしようと寒さの中でね
はたしの堪えは其処まででした
番傘がね ガクガク揺れますねん
傘の雪が落ちてきますねん あの女の背中に降りますねん
悲しみがね 襲ってきますよぉ~!
心がね 悲鳴を挙げ続けますよぉ~!
刺身包丁 川に投げ捨てました
その時 何故か傘まで落ちました
赤い傘が クルクル回りながら川原に落ちますねん
真っ白な川原にね クルクルって
落ちますねん