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一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

「フランボワーズカップ」を見に行く(後編)

2009-12-26 17:57:30 | LPSAイベント
午後1時15分、再入場。1時20分から、準決勝第1局の中井広恵天河対大庭美樹女流初段戦が行われる。ホールの隅では、1回戦で敗退した4女流棋士が指導対局(4面指し)に充たる。その中に「松尾香織」の名前が見える。石橋幸緒女流四段との一局は、やはり松尾女流初段が負けたのだ。
将棋に逆転負けはつきもので私の専売特許でもあるが、松尾女流初段は残念だった。しかしこれが「公認棋戦」なのが不幸中の幸いだった、と考えるべきである。公式戦で優勢の将棋を、しっかり勝ちきればよいのだ。
指導対局は、まだ3人分の空きがある。事前に予約はしても、来場しない人がいるらしい。これは約束違反である。これ幸いと私が申し込む。中倉宏美女流二段が2名、鹿野圭生女流初段が1名空いていたが、中倉女流二段を引く。
18日のLPSA金曜サロンでは、ファンランキング3位の中倉女流二段が常駐だったにも拘わらず、私は旅行に出た。今年は諦めていた指導対局を、ひょんなことからもう1局指せることになったわけだ。
私はイベントでの指導対局では、どの女流棋士でも香落ちでお願いしているのだが、今年最後なので、図々しく平手を所望する。時間的には、中井-大庭戦と同時進行である。
私の三間飛車に中倉女流二段の居飛車穴熊。私は向かい飛車に振り直し急戦を仕掛け、華々しい戦いとなった。対局が終わり、感想戦に入る。中倉女流二段は着席していたので、すぐ前に彼女の顔がある。なんだかドキドキする。と、そこへ船戸陽子女流二段も現われた。
「あ…陽子ちゃん来た…。一公さんの目が…」
と中倉女流二段。私の目が船戸女流二段に釘付けになってしまい、おもしろくない、ということだろうか。そ、そうなのだろうか。ただ先月中倉女流二段が、
「ワタシ、陽子さんのファンだから…」
と言ったことがあった。「ワタシのほうが陽子ちゃんのファンなんだから、じっと見ないでください」ということなのだろうか。このあたりの女性の心理は、よく分からない。
とにかくファンランキング1位の女流棋士も加わって、3人でさらに感想戦。視線を上げると、着席している中倉女流二段と立っている船戸女流二段が、にこやかな顔で私を見ている。す、素晴らしい構図である。写真に撮りたいところだが、撮影会ではないので、網膜に焼き付けるに留める。
しかし、こんな幸福があっていいのだろうか。いや、まずい。バチが当たると、私は早々に感想戦を切り上げた。
中井-大庭戦は中井天河の貫禄勝ち。第2局は2時45分から、石橋-船戸戦が行われる。私は船戸女流二段の顔が窺える位置に着席する。つい1年前を思い出してしまう。あの日の決勝戦(中井-船戸)は、いまも語り草になるほど、劇的な将棋だった。船戸女流二段が本局に勝てば、その再戦となる。
将棋は先番石橋女流四段の居飛車に、船戸女流二段の中飛車。解説は準決勝からつき、木村一基八段の代打、野月浩貴七段が務めていた。聞き手は中倉彰子女流初段。私は中倉女流初段からチケットを購入したのだが、その彼女が対局者でないとは、なんだかダマされた感じだ。しかし中倉女流初段の聞き手は、ボケが入っておもしろく、他の女流棋士の追随を許さない。
本局は、中倉女流初段と渡部愛ツアー女子プロのコンビで、解説という名のトークショーからのスタートとなった。「天然」同士のかけあいは爆笑だったが、石橋女流四段はともかく、船戸女流二段の耳には入っていなかったのではなかろうか。
石橋女流四段の作戦はいつも意欲的だが、本局は不発気味だった。船戸女流二段は自然に対応して、優位を築く。船戸女流二段は居飛車党だが、振り飛車党のように見事な指し回しを見せる。さすがプロである。その貌はピンクに染まり、艶やかだ。思わず見とれてしまう。
解説はすでに野月七段に替わっている。内容はもちろん実戦の解説だが、初心者にも有段者にも参考になる、「将棋の考え方」も織り込み、大いに参考になった。
実戦に戻り、132手目、船戸女流二段☖5八歩成。そこまで優勢に進めていたのに、この手が軽すぎた。☗同銀上に☖4八竜では、先手玉への響きが薄い。ここは苦労して作った☖5七歩の拠点を活かして、☖5八銀と畳みこむところだった。もしこれが指導対局だったならば、「あなた、これでどう指すの?」と、ノータイムでそう指していただろう。
1回戦の松尾女流初段同様、船戸女流二段も、相手の存在感に圧された感がある。ここから形勢が動き、最後は石橋女流四段に華麗な寄せが出て、石橋女流四段の決勝進出となった。
船戸女流二段の瞳がうるんでいる。戦前の抱負では、
「昨年はうれし涙を流してしまいましたが、今年はくやし涙を流さないように頑張りたいと思います」
と語っていた。船戸女流二段、武運つたなく、準決勝で散る。
決勝戦は中井-石橋戦。大本命の豪華なカードだが、おもしろくないカードともいえる。
4時15分、決勝戦開始。先番中井天河の☗7六歩に、石橋女流四段の採った作戦は「いきなり☖三間飛車」。ならばと中井天河も振り飛車に出て、おふたりには珍しい、相振り飛車となった。
ねじりあいの難しい将棋だったが、5時すぎ、121手で中井天河の勝ち。中井天河は相変わらず、LPSA業務にまったく関係のない厄介事に巻き込まれ、気の毒なくらいである。将棋の勉強どころではないはずだが、「貯金」が物を言って、「フランボワーズカップ」では嬉しい初優勝となった。
船戸女流二段、中倉女流二段のいない表彰式は滞りなく執り行われ、山青貿易株式会社協賛の「フランボワーズカップ」は幕を閉じた。
しかしこの日は、まだ続きがあったのである。
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「フランボワーズカップ」を見に行く(前編)

2009-12-25 01:09:50 | LPSAイベント
23日(水・祝)は、東京都文京区のシビックセンターで、「1dayトーナメント・フランボワーズカップ」が行われた。
開場は午前10時30分、開会は11時。私は10時26分に家を出て、11時01分、対局場である26階の「スカイホール」へ入った。あまり早く入場して、一部の女流棋士に会ってしまったら、味がわるいと考えたからである。というのはウソで、ギリギリまで家でぬくぬくしていて、出られなかったのだ。
ホールでは、ちょうど中井広恵天河の開会の言葉が始まったところだった。いただいた大判の袋を覗くと、シャレたシステム手帳と、勝利者予想投票用紙などが入っていた。
さっそく勝敗予想をしてみる。今回は優勝者だけでなく、全対局の勝敗を当てる。優勝者予想のみだと、中井天河と石橋幸緒女流四段に集中してしまうからだろう。本当はそれではいけないのだが、このふたりが本命だからやむを得ない。
対戦カードは、トーナメント表の左から中井天河-中倉宏美女流二段、鹿野圭生女流初段-大庭美樹女流初段、船戸陽子女流二段-渡部愛ツアー女子プロ、松尾香織女流初段-石橋女流四段の8名。今年は昨年から4名が入れ替わっている。ちなみに「フランボワーズ」とは、ラズベリーのことである。
さてこのブログの読者なら、私の優勝予想は船戸女流二段、と推察するだろう。事実昨年は船戸女流二段の優勝と予想し、当たった。しかしそれは冷静な分析のうえである。
熟慮のすえ、今年は中井天河の優勝と予想した。反対の山からは石橋女流四段が出てくるだろう。これで5戦の勝敗が自動的に決まった。
問題は船戸-渡部、鹿野-大庭の2局だ。中堅や若手の、棋力の近い棋士同士の対戦が、いちばん予想が難しい。悩んだすえ、まず船戸-渡部戦は渡部ツアー女子プロの勝ちとした。船戸女流二段を推したいのはヤマヤマだが、渡部ツアー女子プロの軽快な振り飛車と、怒濤の終盤力は捨てがたい。しかし最後は、渡部ツアー女子プロの制服姿が決め手になった。
鹿野-大庭戦も難しいが、いま一度、鹿野女流初段の攻撃力に賭けた。というわけで全7局の勝敗予想が決定し、入口近くの投票箱に入れる。
11時15分、対局開始。持ち時間は15分、秒読みは一手30秒。今回は皆さん地味目の服装だ。頼みの船戸女流二段は黒のワンピースに、白抜きの蝶々が舞っているデザインである。もっと明るい服のコーディネイトもできたはずだが、対戦相手の服装に配慮したものか。肝心の戦型は、3手目に先番の渡部ツアー女子プロが☗2六歩と突き、居飛車を明示。それに船戸女流二段が☖4四歩と応じて、船戸女流二段の右四間飛車からの攻めが濃厚になった。
しまった、と思った。投票の〆切は11時30分まで。各局の出だしを見てからでも遅くはなかったのだ。というのも、前述のとおり、渡部ツアー女子プロは振り飛車が得意なのだ。現在は居飛車も勉強しているが、相居飛車の将棋では、船戸女流二段に一日の長(いちじつのちょう)がある。しかも短時間の将棋は、船戸女流二段に利がある。これは船戸女流二段が勝つと思った。
ホールの一番奥で指されている中井-中倉戦は、後手番中倉女流二段の原始棒銀。むかしの青野照市九段を彷彿とさせる指し手で、対局者を伏せたら誰だか分からなかったろう。勝敗はどう転ぶか分からないが、研究手順であることは確かで、その意気を大いに買った。
その右の石橋-松尾戦は、相振り飛車から、石橋女流初段が角を換わり19手目、☗8二角と打ちこんだ。これで香取りが受からない。実はこの変化、LPSA金曜サロンの大盤解説で、松尾女流初段に訊いたことがある。ところがこれは☖6九角から先手の飛車か金を取り、☖9二金と打って、後手が優勢になるのだという。石橋女流四段がその手に引っかかったとは思えないが、実際☖6九角と打たれて長考しているのはおかしい。
その右は、先ほど紹介した船戸-渡部戦。船戸女流二段は背筋がピンと伸び、文字どおり視線を盤のうえに落としている。女子高生に負けられないワ、という気概が感じられる。
そして一番右側が鹿野-大庭戦。ここは意外にも相振り飛車の戦形となった。アイフリは鹿野女流初段の得意形だろう。大庭女流初段に秘めたる手はあるのか。
入口の右には大型スクリーンが設置され、将棋ソフトによって4局のうち2局が順番に映しだされている。
船戸-渡部戦は中盤戦の入口。47手目☗4六歩の突き上げに、☖3六歩の取り込みが大きい。ここで☗2八角と引かざるを得ないようでは、先手がつらい。
中井-中倉戦は、中倉女流二段の棒銀が捌けず、つらい展開。やはり相居飛車戦は、中井天河の経験が豊富だ。
石橋-松尾戦は、☗8二角~☖9二金~☗9一角成と、金香交換となった。部分的には松尾女流初段の大きな駒得だが、☖9一金も存外使いづらく、思ったほど形勢は離れていないのかもしれない。いつぞやも書いたが、あとはココロの問題である。松尾女流初段が「駒得で楽勝」と思えばいいが、「石橋さん、☖9二金を知ってて、わざとこの筋に飛び込んだのかも」などと考え出すと危ない。なにしろ石橋女流四段は、「最後は私が勝つ」と思って指しているのだ。
船戸-渡部戦は、船戸女流二段の持ち時間が残り9分34秒のところで、渡部ツアー女子プロが秒読みに入った。しかも一方的にと金を作られ、その見返りもない。早くも大勢決した。
中井-中倉戦は、中井天河、残り7分24秒で中倉女流二段が秒読み。中倉女流二段の銀は9五に立ち往生のまま。中井天河は角を9一に成り、こちらも勝勢。
石橋-松尾戦は、松尾女流初段5分32秒のところで、石橋女流四段の秒読み開始。しかしこの将棋だけは、持ち時間の差がそのまま形勢の差を表していない。なんとなく、妙なムードは漂っている。なにしろ松尾初段は昨年の同カップでも、中井女流六段(当時)相手に必勝の将棋を落としているのだ。松尾女流初段秒読みに入ってから、冷静な指し手を続けられるか。
船戸-渡部戦が終了。やはり船戸女流二段の勝ち。渡部ツアー女子プロに力を出させない、中押し勝ちだった。渡部ツアー女子プロは、もっと相居飛車の勉強が必要である。
それにしても、勝者予想クイズの全問正解がよりによって船戸女流二段に阻まれるとは、なんという皮肉か。
鹿野-大庭戦は、大庭女流初段の端攻めが見事に決まり、☗4三銀からの左右挟撃態勢も入って、勝勢。残り11秒のところで、鹿野女流初段が一足先に秒読みに入った。この将棋も波乱なく終わりそうである。
けっきょく鹿野女流初段も最後は追い上げたが、逆転には至らず、大庭女流初段の嬉しい勝利となった。ここで私の勝者予想も脱落。2局も間違えては、もう無理だ。
中井-中倉戦も中井天河勝ちで終局。中倉女流二段は形も作れなかった。しかしこれだけ将棋に対する意欲があれば、来年の活躍は十分期待できる。
石橋-松尾戦は終盤戦に入ったが、いよいよ怪しい。松尾女流初段が残り2秒ぐらいにまでなって着手するのに対し、石橋女流四段は文字通りノータイムで返す。駒の損得は微妙だが、流れはもう完全に石橋女流四段だ。これは石橋女流四段の勝ちになると思った。
私はそう判断すると終局まで見ず、昼食を摂りに、外へ出た。
(つづく)
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金曜サロン特別編・石橋幸緒女流王位(当時)②

2009-12-24 00:38:18 | LPSA金曜サロン
きのう23日(水・祝)の「フランボワーズカップ」は、いろいろあって楽しい時間を過ごすことができた。詳細は25日(金)に書く。

21日(月)エントリの続きになるが、11月6日のLPSA金曜サロンは、以前も記したとおり、石橋幸緒女流王位(当時。以下同じ表記にする。清水市代女流三冠には申し訳ない)が遊びに見えた。理由はいろいろあったが、女流王位戦の最終局を10日後に控え、サロン会員をいじめて勝ち癖をつけたい、という狙いがいくらかはあったと思われる。
そうなると対戦相手が重要だ。あまり弱いと話にならぬし、適当に指して快勝できる相手が格好のターゲットである。そこで選ばれたのが、幸か不幸か私であった。
これが金曜サロン内の指導対局なら、時計なしの多面指しだから、こちらに少なくないアドバンテージが与えられる。しかし今回は対局時計を使った1対1の平手勝負、持ち時間も20分ずつと公平で、私が勝てる要素はまったくなかった。
それでも、現女流棋界最強(と私は信じている)の石橋女流王位と無料で指せるのはありがたことである。いつぞやの植山悦行七段同様、私に断る理由はなかった。
時計をセットして、対局開始。なお2日前のエントリでは、あの終わり方では大庭美夏女流1級戦のあとに指したように取られてしまうが、過去のエントリを見ると、大庭女流1級戦の前にこの将棋は行われていた。ここでお断りしておく。
さて石橋女流四段とのいままでの平手戦は3局。相矢倉、角換わり相腰掛銀、矢倉対左美濃と、相居飛車系の将棋ばかりだったので、今回は飛車を振ることにした。ところが三間に振るつもりだったのに、四間に飛車を置く失態を演じてしまう。
花村元司九段なら、「しょんない」と1手損で三間に振り直すところだが、さすがにそんな手損はできないので、そのまま駒組を進めることにする。
居飛車側の対振り飛車対策はいろいろあって、なんでも指せる石橋女流王位には楽しい時間であったろう。本局は、☖7四歩~☖7三桂と早めに形を決めてきた。こちらが☗6七銀と上がろうものならすかさず☖6五桂と跳ぶ「富沢キック」も視野に入っていそうだ。
石橋女流王位はさらに☖6三銀~☖7二金と変則的な構え。以下☖6二王となって、上手側の全貌が明らかになった。「糸谷流右玉」である。アマチュア相手にこんな玄人好みの作戦を採るとは、石橋女流王位、これはいよいよ本気である。もっとも前局の指導対局では私が幸いしたし、その前の将棋も、終盤までこちらも十分指せていた。石橋女流王位としては、そろそろスカッと勝ちたいところであったろう。
フト顔を上げて石橋女流王位の顔を窺う。と、いつもの朗らかな笑顔はなく、真剣そのもの。正面からちょっと俯き加減のその顔は、たいそう美人に見えた。石橋女流王位は昔から美人だと思っていたが、この角度が一番美しい。
公認棋戦モードのオーラが発散されているのが分かる。ただでさえ互角の条件で指しているのに、そんなことばかり考えているから、たちまち作戦負けに陥った。上手に☖1三角と覗かれ、☖4一飛~☖3三桂と全軍躍動され、☖4五歩と開戦されて、この時点で勝負の気持ちが萎えていた。
以下、こちらも気力を振り絞って指したものの、石橋女流王位に角金交換の駒損ながら桂頭を食いつかれ、一方的に攻め倒されてしまった。
その前週の植山七段との指導対局でも思ったことだが、(本局の場合)いくら平手でも、もう少し下手が上手を手古摺らせないと、プロ側も張り合いがないというものだ。石橋女流王位の好意に応えられなかった自分が、情けなかった。
局後、糸谷流右玉の攻略法を簡単に教えていただく。しかしそれが自分の中で少しも消化されていなかったことは、11月28日(土)の「蕨市市制施行50周年・ふれあい将棋まつり」の将棋大会で、やはり糸谷流右玉の使い手に完敗を喫したことで証明されてしまった。
私はヒトの話を聞いているようで、聞いていない。確か昔学校の先生に、親を通じて言われたことがあったが、さすがに我が先生、慧眼であった。
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M氏とT氏とフランボワーズカップ

2009-12-23 01:05:01 | 愛棋家
LPSA金曜サロンには、ご意見番というべき人物がふたりいる。Mi氏とTo氏だ(以下、M氏、T氏と記す)。
M氏とT氏は、私が昨年の3月、初めて金曜サロンにお邪魔したときからすでにいらした。金曜サロンが開席されてからの常連で、このサロンを当初から贔屓にしていた人である。どちらも還暦をとうに過ぎているが、腕に衰えはなく、私もさんざん苦杯を嘗めてきた。対戦成績は、もちろん私の大幅な負け越しである。
M氏は髪の短い角刈り、T氏は短い白髪がわずかに生えただけの、坊主頭に近い。眼の保護のため、時折サングラスをかけている。棋風はというと、M氏が攻め将棋の粘着型、T氏が受け将棋のあっさり型で、対称的ある。このおふたりは自分の将棋を指すよりもヒトの将棋を観戦するのが好きで、対局が終わると、感想戦に参加していろいろアドバイスをくれる。
しかし厄介なのは両者の棋風がまったく違うため、「ここはこう指せばまだまだだよ」とM氏が言えば、「そんなんじゃダメだよ。もう終わってるよ」とT氏が返す。対局者は混乱してしまうが、そのやりとりは年季の入った漫才を見るようで、楽しい。
またおふたりは周りが若輩ということもあり遠慮がなく、対局者が初心者だろうと有段者だろうと、言うべきことはしっかり言う。それもズケズケと言う。かくいう私も、T氏には「今日の一公さんはダメだね」とキツイご宣託を頂戴したこともあった。それでいて憎めないのは、両者の人徳のなせるワザであろう。
そのおふたりは、LPSAの公開対局には、あまり顔を出さない。しかし昨年の「フランボワーズカップ」では、珍しく両者揃って顔を見せた。船戸陽子女流二段の劇的な優勝を見届けたあと、いつものメンバーでファミレスに食事に行こうとすると、珍しくおふたりも付き合ってくださることになった。
文京シビックセンター26階から下へ降りるエレベーターの中では、
「この前は一公さんにイビアナでやられちゃったからねぇ」
と、T氏が言う。この前の週の金曜サロンだったか、当時T氏に4連敗中だった私は、T氏の四間飛車に居飛車穴熊を採用し、61手の短手数で初勝利を挙げていたのだ。その話を蒸し返すのだから、T氏の将棋熱、推して知るべしである。
都営地下鉄・水道橋駅近くのファミレスに入ると、ドアに「イベント期間中は混雑が予想されるため、3時間で会計をお願いします」と貼り紙があった。
このときのメンバーは、そのおふたりにW氏、私、あとふたりぐらいいたと思う。それぞれ適当に食事をオーダーして、まずは一息。
M氏はズボンのポケットに「将棋世界」の別冊付録を携行していて、ヒマがあれば勉強をしている。その将棋好きはT氏に劣らない。結果、濃密な将棋の話題となった。
「きょうの将棋はいい将棋だったねぇ」
「☖5六歩の叩きにはしびれました」
「☖8五角切りがスゴかったねぇ」
と、まずはフランボワーズカップの感想を言い合う。そこから女流棋士の棋力について話が流れ、やがて私たちの棋力への言及になった。
「もう少し若いモンが頑張らにゃイカン」
金曜サロンでは昨年の4月から、会員同士のリーグ戦を3ヶ月ごとに開いており、その時点ではM氏の3連覇、T氏の2回連続準優勝が続いていたのだ。
「す、すみません」
「おれたち年寄りがリーグ優勝してるようじゃダメなんだよ」
「お、おっしゃるとおりでございます」
と、私たちはなぜか平謝りする。続いてT氏が昔話を始める。
「おりゃあ、小池重明と何度も指したことあるよ」
「ホントですか!? 新宿の殺し屋ですね!!」
私は大仰に驚く。
「ああ。角落ちだったけど、勝ったね」
「それはすごいですね!!」
その後も将棋の話は留まるところを知らず延々と続き、結局6時すぎごろに入って、終電近くまで粘ったのではなかろうか。
みんなが適当にカネを出し合い、会計を済ませて外に出る。そのとき、ドアにあった張り紙が、実はこの日(12月23日)も含んでいることに気がついた。
確かに食事が終わって雑談しているとき、入口には何人もの人が、順番待ちをしていたのだ。私には視界に入っていたが、場の雰囲気から、「そろそろ出ましょう」とは言いだせなかった。
それなら店員が会計を促してくれればよかったのに…と思ったとき、あっ!! と気がついた。M氏、T氏の風貌は、あちらの世界の人を彷彿とさせるではないか。しかも話している内容が、「さす」だの「切る」だの「叩く」だのと物騒な言葉ばかり。さらに「これからは若いモンが頑張らなきゃイカン」とか「殺し屋ですね!!」とかいう会話までしている。
まるで会長に若い衆が説教されている図である。そう思えば店員のほうも、なにか恐ろしい団体を見る目で、私たちの前を行き来していたような気がする。
たかだか食事とドリンクバーだけで長居をしてしまって、ファミレスの従業員、店員には、本当に申し訳ないことをしたと、恐縮する次第であった。
さてそんな出来事があったあの日から、きょうでちょうど1年。その同じ日、同じ場所で、今年も1dayトーナメントの掉尾を飾る「フランボワーズカップ」が行われる。今年はどんな感動が待っているだろう。大いに楽しみである。
コメント (9)
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金曜サロン・大庭美夏女流1級②

2009-12-22 19:45:28 | LPSA金曜サロン
11月6日のLPSA金曜サロン、夜は大庭美夏女流1級の担当だった。
大庭女流1級は「いっつ日記」というブログを開設しており私もブックマークしているが、数ヶ月更新がなかったので、外そうと思っていた。そんな矢先、大庭女流1級が「Twitter」でのつぶやきをブログに転送するという「新手」を編み出し、以後、毎日更新されている。なにげない日常の羅列が主だが、将棋関係の書き込みもあり、おもしろい。現在は楽しみなブログのひとつに戻っている。
話を戻すが、9月11日に松尾香織女流初段との指導対局で大優勢の将棋を敗れて以降、女流棋士とのサイン勝負は6連敗中。大庭女流1級はそれほど勝敗に固執しないので、ここで1勝を稼がないと、もう先がない。私は悲壮な気持ちで、対局に臨んだ。
私の居飛車明示に、大庭女流1級は☖4二銀~☖6二銀~☖4三銀~☖3二金と、なかなか態度を明らかにしない。まるで妹の美樹女流初段と指しているようだ。しかし次の☖7三銀がどうだったか。ここでの棒銀模様は、前手との関連がない気がした。
私は薄くなった5筋に目を付け、5筋に飛車を廻る。棋理に合った指し方だったと思う。それでも大庭女流1級に攻め合いに来られたら難しかったが、本譜は大庭女流1級に消極的な手が出て、私が中央から攻め込み、快勝した。
序盤の☖7三銀ではやはり☖6三銀と上がり、右玉からじっくり待たれていたら、こちらの攻め方も分からなかった。
大庭女流1級の淡泊な指し手に救われ、実に9月4日の対石橋幸緒女流王位(当時)戦以来の、女流棋士からのサイン獲得となった。サイン勝負で1勝することがこんなに大変だとは…と、あらためて感じた1局でもあった。
さて、これでこの日の指導対局は終わり。ところがこの日は、まだ続きがあったのである。
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