冬の北海道旅行・第３日（前編）

12日（金）は朝７時ごろに目が覚め、とろとろしていた。ネットカフェでは「ナイト９時間パック」で粘るつもりだったので、この朝は余裕がある。
８時ちょっと前に店を出、駅前のバスターミナルへ向かう。この日は高速バス「るもい号」に乗り、深川駅付近の深川市民病院前で下車、ジェイアールバス深名線で幌加内、朱鞠内湖を経由し、名寄へ出る予定である。
８時20分、札幌駅前バスターミナル発。車内ではやはりテレビが放映されていた。ぼーっと観ていると、「美尻アップ」の特集をやっている。イヤホンはあてていないので、音声は聴こえない。「ヒップパッド」（2,100円）なるものが出てきたので、ここで私は前席うしろの背もたれのポケットから、イヤホンを取り出し、装着した。
どこかの研究所の女所長が出てきて、
「昔は、女性は胸が大きくなることに夢中だったんですね。それが胸も大きくなって、今度はお尻を大きくすることに神経を注ぐようになったんです」
という意味のことを言っている。なんだこの番組は？　テリー伊藤や加藤浩次が出ている。日本テレビ系の「スッキリ!!」ではないか。こんな「トゥナイト」みたいな番組を、平日の朝から放映しているのか。驚いた。
モデルの女性が「ヒップパッド」を装着する。装着前、後を服の上から比較すると、たしかにヒップが上がっている。こんなもので誤魔化されたら、男性はたまらない。
なまめかしい企画が終わると、いくつかの芸能ニュースのあとにホイットニー・ヒューストンが画面に出てきて、13年振りの来日、とかナレーションが入った。ホイットニー・ヒューストンは船戸陽子女流二段に似ていると思う。いや、ビヨンセのほうが船戸女流二段によく似ている。ともあれ３人の共通点は、抜群のプロポーションだ。
９時30分から、「刑事貴族２」の再放送が始まった。懐かしい！　こんな番組が北海道では流れているのか。言うまでもないが、「刑事貴族」は松方弘樹出演の刑事ドラマである。「パート２」の主演は水谷豊。ほかに寺脇康文、鳥越マリ、田中実、宍戸開、地井武男らが出演している。鳥越マリも懐かしい。いま思えば、私は彼女もファンだった。ともあれ、いいキャストである。
今回のタイトルは「愛ゆえに」。冒頭で派手なカーチェイスがあったので、「西部警察」のニオイがしたが、そこから一転、刑事課内での話になる。
松方弘樹が、亡くなった奥さんの墓参りを翌日に控え、夜間診療の歯医者へ行く。地井武男ひとりが残った中、とびっきりの美人が、ある刑事を訪ねてくる。しかし刑事が誰かは分からないようだ。ほかの刑事が聞き込みから次々と帰ってきても該当者が分からず、みんなが戸惑っている中、室内でいくつかの小事件が発生する。
謎の美女は、看護師だった。彼女の助けもあって、小事件はすべて解決する。しかし美女の狙いは何なのか？　断片的な会話から、美女が捜している刑事は寺脇康文ということが判明した。その寺脇康文が、冒頭で逮捕した犯人の護送から戻ってきた。美女はすかさず硫酸を出し、寺脇康文を人質に取った。
面白い展開である。ここまで来ると、最後まで観たい。しかし深川市民病院前の到着は10時07分である。中途半端なところで下車すると欲求不満が残る。
それにしてもこの美女は何という女優だったか。絶対観たことのある顔である。ドラマは続く。
ある日、美女の恋人が寺脇康文の聞き込みに遭った。ここでバスの車内放送が入ったので音声が途切れたのだが、恋人は急いでいたため、それを振り切りクルマを発車した（駆けたのかもしれない）。しかし焦っていたため運転を誤り、事故死したのだ（クルマに轢かれたのかもしれない）。美女はそれを逆恨みし、聞き込みに来た刑事、寺脇康文への復讐に訪れたのだった。
10時07分を過ぎたが、バスは目的地に着かない。雪道のため遅れているようだ。
水谷豊が、「看護婦のあなたには、人を傷つけることはできない！」と説得する。カッコイイ。「杉下右京」なら、別の口調になるだろう。
バスよ、もう少し、遅れてくれ。
美女が説得に折れた。ウワッと叫んで、硫酸を地面に叩きつける。しかし美女は自殺も視野に入れているようだ。まだ安心はできない。
松方弘樹がいつの間にか戻ってきて、
「恋人が死んでも、あなたの心の中に彼は生きている。あなたが死んでしまったら、彼も死んでしまうんですよ」
と諭す。泣かせどころである。美女ががっくりと項垂れ、刑事に連れていかれる。
ドラマはもう少しで終わる。バスよ、もうちょっと遅れてくれ！
一段落し、寺脇康文が「もう刑事なんてイヤになりました。明日、辞表を出します」と言う。しかしそこで地井武男が、松方弘樹の奥さんが亡くなった理由を話す。
ここでまたも車内放送が入り、音声が途切れる。しかし推測すると、たぶん奥さんも、ある事件で男の逆恨みに遭い、殺されたのだ。
それを聞いて、寺脇康文は辞職を撤回する。翌朝寺脇康文は、亡くなった恋人の死亡現場へ、花束を手向ける。それを背後から見ていたあの美女（事件の当日中に、釈放されたのだろう）は、晴れやかな笑顔を見せるのだった…。
舞台劇にもなるような、いい脚本だった。さて、注目のエンディングである。この美女の名前は？
「白島靖代」
そうだ、そうだった！　「土曜ワイド劇場」（テレビ朝日系）でも何度か観たことがあるし、雑誌のグラビアにも登場したことがある。白島靖代の名前を忘れるとは、私もヤキが回ったものだ。
バスは計ったように、13分遅れで深川市民病院前に到着した。ふ～っ。「刑事貴族２」を夢中で観たせいで、もう今日の観光はこれでアガリ、という雰囲気だが、高速バス内での愉しみは、序章に過ぎない。
深川も冬に何度か訪れたことがあるが、今年はすごい雪の量だ。東京は、今年は暖冬だとか言っていて、それが真っ赤なウソだということが分かったが、北海道も久々のドカ雪だ。
名寄行きのジェイアールバスは、11時45分発。まだ時間があるので、郵便局を探す。この日はLPSA金曜サロンがある金曜日。平日なので、貯金ができる。
駅前にある「深川郵便局」は、以前貯金したことがあるので、パス。東京にも深川という地名と郵便局があるが、あちらは「江東深川郵便局」が正式名だ。
私の旅行貯金は、「１日に１回だけ、必ず行う」ことが絶対。そして原則的に、同じ郵便局では貯金しない。例外は沖縄の八重山諸島で、ここの郵便局にはすべて訪れている。それでは今後１局も貯金できないので、冒頭の絶対条件に則り、ダブリを承知で貯金しているのだ。
事前の調べでは、深川郵便局の近くに、簡易郵便局があるはずだ。簡易郵便局はデパート内に設置されているケースもあるが、地方では一軒家の玄関で営業しているような、味わい深い建物が多い。それと本当かウソか分からぬが、「歩合」のようなものもあるらしい。深川にはほかにも郵便局があったが、だから私は簡易郵便局を目指したのだった。
道ゆく人に所在地を聞いて、到着。先ほどの話ではないが、外見はただの一軒家で、ここでおカネをやり取りをしているとは思えない。
戸を開けると、すぐ目の前が窓口で、椅子が２脚置いてある。そこに座ると、もうスペースがない。素晴らしいと言うしかない。
平成22年２月12日「深川西簡易郵便局」、貯金212円也。
帰り道、A-coopがあったので、朝食を買うべく、入る。105円や126円の菓子パンが賞味期限ギリギリのため、２割引で売られている。目当てのパンがあったが、前から来た女性高齢者に取られてしまったので、ほかをあたる。
袋に入った菓子パンで、「55円」という表示がある。手に取るとふつうの大きさだ。こっちのほうがよほどお得じゃないか、と２つ取る。
旅行に出ると、牛乳を摂る機会がなかなかない。ビジネスホテルでの朝食バイキングでも、コーヒーやジュースはあっても、牛乳はない。仕入れ値が高いからだろう。「MEGUMILK」500mlのひとつが、賞味期限３日後につき、２割引で売られていた。当然手に取る。〆て230円。
深川駅前に着く。以前、シャレた内装の喫茶店でモーニングセットを摂ったことがあるが、きょうはノンビリする時間がない。トーストを頬張り、コーヒーをがぶ飲みするような慌ただしい食事はしたくない。
除雪車やショベルカーがキビキビと働いている。除雪作業だけでたいへんなおカネが消費される。雪国は余計な税金も取られ、住民はやるせないだろうと思う。
駅構内に入ると、立ち食いそば屋がある。鉄道ファンの習性で、立ち食いそば屋があると、反射的に注文してしまう。先ほど買った菓子パンと牛乳の立場がないが、ひとり旅だから、構わない。食したかけそばは、美味かった。
11時40分ごろ、45分発のバスが来た。ジェイアールバス深名線のルートは、かつて列車が走っていた。しかし山中の豪雪地帯を走るため大赤字線で、いつ廃止されてもおかしくない状態だった。私は現役時代に１度乗ったことがあるが、路盤も弱くカーブも多いのでスピードも出せず、実にのんびりした雰囲気だった。車掌さんと乗客が席にすわりながら、親しげに話していたのもローカル線ならではの光景で、列車の旅の楽しさを教えてくれた路線だった。
しかし終わりの日はやってくる。トンネルや道路整備の完了を待ち、平成７（1995）年９月、JR深名線は、惜しまれながら廃止された。
今回は28人乗りの中型バス。しかしトイレは設置してある。乗客は10人程度。平日だが、これでも多いほうと思う。
定刻に発車。バスは深川市内を抜け、山間部に入る。今回の乗車目的の第一は、もちろんバスからの車窓を楽しむことである。これだけの豪雪地帯を、路線バスが長距離でトロトロ走る区間は、そうはない。運転手のハンドル捌きも見どころのひとつだ。
すっきりとした青空が広がっている。バスは定刻より２分早く、幌加内バス停に到着した。横づけした建物の１階には幌加内そば屋と休憩室、２階には深名線資料館を有しており、町のランドマークとなっている。
もっとも代行バス開業当時は、旧幌加内駅舎前に停車していた。駅舎内には暖房がたかれており、現役時代に駅舎を訪れた旅行者の記念ノート（複製）なども置かれて見所満載だったのだが、ある年不審火に遭い、みんな灰になってしまった。
ローカル線が廃止になって、会社が駅舎まで壊してしまうのは、こういう不心得者が後を絶たないせいもある。
幌加内では15分の休憩。これは雪で遅れた時間を回復する意味もあるようだ。
午後１時20分、定刻に発車。乗客は私を含めて３人。いよいよローカル色が濃くなってきた。19分後、ルオント前、という妙なバス停で下車する。
「ルオント前」とは「せいわ温泉ルオント」のことで、立派な建物内にある公衆温泉浴場だ。ちなみに「ルオント」とは、フィンランド語で「自然」を意味する。私の第二の楽しみは、ここで一浴することだ。
その前に、いま来た道を引き返す。約500ｍほど先に、深名線最大の遺構である、第３雨竜川橋梁が、緑色の鮮やかな色を残したまま架かっている。
ここに列車が走っていたことを想起させてくれるが、今年は雪の量が多く、その全貌をカメラに収めるには、相当離れなければならない。この橋は老朽化に伴い、取り壊す話も出ていたが、かつて帯広から分岐していた旧士幌線の橋梁群が、いまでは北海道遺産になっている。この橋も道北地方の鉄道遺産に指定するべきであろう。
ルオントに戻り、カウンターで入浴料500円を払う。ジェイアール深名線に乗るのは確か３年振りだったから、ルオントに入るのも３年振り、ということになる。
温泉のドアを横に滑らせて中に入ると、いくつかある湯舟のひとつが、紫色に染まっていた。これはなんだ!?
（つづく）