一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

愛のバレンタイン事件

2010-02-14 03:49:23 | プライベート
今からちょうど20年前の平成2年2月14日午前、私は旅先である北海道の小樽郵便局にいた。当時私は大学4年生だったがすでに就職も決まり、正社員になるまでの間、その会社にバイトとして働いていた。
しかし私の趣味が旅行ということは伝えていたので、雪まつりの時期に休みをもらって冬の北海道を満喫し、当日は小樽で旅行貯金をしていたのだ。
貯金窓口に通帳を出し待っていると、郵便窓口で50代と思しき女性と局員がもめていた。なんとはなしに聞いていると、女性は大判の封筒を差し出し、それを本日中に届けてほしい、と言っていた。しかし局員は、それは時間的に無理です、と突っぱねている。
いまなら速達便専門の業者もあるが、当時はそんなものはない。女性は必死で懇願するが、局員も態度を崩さない。もっともこれは当然の応対で、無理なものは無理なのだ。しかし女性も引かず、「札幌に送りたい」とか言っている。
その封筒の「膨らみ具合」を見ると、ピンとくるものがあった。今日はバレンタインデーである。封筒の中にはチョコレートが入っているに違いない。それを娘だか息子だか親戚だか知らぬが、届けたいのだ。翌日になっては意味がない。
私はこの日、昼の特急で札幌を発ち、函館から津軽海峡線の快速電車に乗り、青森から夜行列車で帰京する予定だった。翌日からはバイトに戻らなければならなかったからだ。しかし女性の必死な姿を目にしてはしょうがない。私は女性に話しかけた。
「あの、話を聞かせていただいたんですけど、私これから札幌に行きますので、よろしければその品物をご指定の家へ持っていきましょうか?」
「よろしいんですか?」
「はい」
何だか、とんとん拍子に話が進んでしまった。「振り込め詐欺」が相変わらず猛威を奮っているいま、身内を名乗っても信用できない世の中となっているが、当時は私のような小汚いナリの言うことも、ホイホイ信用してくれる時代だったのだ。むろん私にも邪心はない。純粋な人助けのつもりであった。
私はその封筒を、札幌まで持っていくことにした。札幌だから大通公園かススキノかと見当をつけていたら、交通手段を聞いて驚いた。けっこう遠い場所にあって、地下鉄とバスを乗り継ぐのだ。私は12時53分発(だったと思う)の「特急北斗」に乗車しないと、翌日の会社に間に合わない。新幹線で帰る手はあるが、貧乏学生に特急料金など出すカネはない。
目指す家はマンションだったのだが、スンナリ見つけられても時間的に戻ってこられるかどうか。しかしいまさら断るわけにもいかない。
電話番号を教えていただけないでしょうか、と女性は言ったが、断った。封筒を届けたあとの「お礼」の催促をしているようで、イヤだったからだ。むろん女性もそのつもりで訊いたと思われる。
しかしどんな理由があるにせよ、人様から品物を預かった以上、電話番号は言っておくべきだったし、私も女性の電話番号を聞いておくべきだったのだ。
とりあえず、教えられたルートでその場所へ向かう。地下鉄とバスはいいとして、停留所を降りてからが問題だ。しかし女性の書いた文字によるメモが意外に分かりやすく、マンション、というかアパートの集合住宅がすぐに見つかった。
目当てのアパートも分かり、2階へ上がる。もし相手が綺麗な女性だったら…お茶でもいかがですか? なんて言われたらどうしよう。旅の者ですので…とか言ってその場を後にするんだろうな、などと暢気なことを考える。
ドアの前まで来て、一呼吸してノックする。しかし応答がない。…あれ? もう一度ノックする。やはり応答がない。
留守だったのだ。もう一度メモに書かれた住所を確認してみる。もちろん合っている。こういうとき、どうすればいいのか。このときになって、女性の電話番号を聞いておくべきだったと後悔した。
もし封筒を渡せれば相手方から女性へ連絡が行くが、不在だとどうしようもない。いまの私だったら、「東京から旅行している者が、かくかくしかじかで、善意でお宅へ品物を届けに来ました」くらいのメモを置く。もしくは封筒に直接書く。しかし当時の私は困惑しながら、その封筒をドアの前へ置くだけだった。1階の郵便受けに入れなかったのは、恐らくそういったものがなかったからだろう。ドアにも郵便口はなかったと思う。もっともあったとしても、入る厚さではなかった。
せっかく私の行為を頭から信じてくれた女性に、その封筒を確かに渡したと報せることができないまま、私は札幌に戻ったのだった。追い打ちをかけるように、もうひとつ落胆する事態が待っていた。12時53分の「特急北斗」に間に合わなかったのだ。
私は会社へ電話を掛ける。私の上司にあたる女性に替わってもらい、電車に乗り遅れた理由を述べ、許しを請うた。すると上司は、
「いいわよ。もう1日休んでらっしゃい」
と快活に応じてくれた。ありがたい言葉だった。
その日私は、は登別のユースホステルへ泊まった。今回の旅行中に宿泊しており、ドアを開けると、女性ペアレント(主人)さんに、あら、と驚かれた。
2日後、私はバツの悪い顔で出社した。しかし会社の皆さんは鷹揚で、私のヘマを微笑ましい出来事として語っていたらしい。
「『愛のバレンタイン事件』だな」
ひとりの男性社員が、そう言って笑った。
あの封筒はどういう運命をたどったのだろう。あれから丸20年、バレンタインデーになると、いまもあの日のことを思い出す。
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4 コメント

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うーん (洋志)
2010-02-14 14:35:58
 うーん、なんとも。
郵便局での局員と女性のやり取りを前提に考えると、気持ちの問題だから、気持ちが通じ合っていたということで、イッコーさんらしくていいやね、と(笑い)。
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若さの特権 (一公)
2010-02-15 00:21:30
いまならこんなことはしません。まだ若かったから、1円の得にもならないことをしたんでしょうね。余計なことをしたと思いますが、もし行動しなかったら、いまでも「その女性を見捨てたこと」を後悔していたと思います。
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ピエコ姫 (洋志)
2010-02-15 00:26:11
 ピエコ姫がLPSAをやめられるそうですね。そして引退もあわせて。今日のファンクラブの集いで公表されたとか。
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残念です (一公)
2010-02-15 23:23:36
藤田麻衣子先生の引退は残念でした。しかしご本人の意思でが決めたことでしょうから、仕方ありません。
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