(23日のつづき)
私は白のページを掲げた。つまり「その他」の手だ。「赤・▲2四歩」が正解と思いつつ、棄権の手段を採った……いや、おのが第一感に殉じたのだ。
正解は果たして「▲2四歩」だった。不正解は覚悟していたが、いざ間違えてみるとショックだった。私は大変な失敗をしでかしたんじゃないか?
ここで解説が変わり、高見泰地七段と谷川治惠女流五段のコンビとなった。谷川女流五段は当ブログの数少ない読者で、いつも気さくに声を掛けてくださる。今年はどうなるだろう。
局面は数手進み、赤が△3六歩の桂取り、青が△4七歩と銀頭を叩く。白のその他となった。
青はシャレているが、赤△3六歩の駒得確定は大きい。私なら△3六歩と指すところ。
正解は「赤」で、3問連続本命の手となった。
これで正解者が絞られ、ステージに上がることになった。いわば「本戦進出」である。
ここに至って、私は本格的に2問目の不正解を後悔し始めた。やっぱりステージ上陸はかなりの勲章である。テレビ云々は抜きにして、あの一公がここまで勝ち上がった、と知らしめる実績が大きい。
また解説が変わり、今度は羽生善治四冠と里見香奈女流五冠である。このコンビの解説を間近で聞ける機会はなかなかない。ステージ上のお客さんはこれでもう入場料のモトを取ったはずで、私はこの時、相当血圧が上がっていた。
羽生九段「ここは(馬に当てる)△6三金ですか。(金取りの)△4六桂もあります。……ああしかし、どちらも違う気がします……」
私も、どちらの候補手も違うと思った。△6三金は直接手すぎるし、△4六桂は、何となくダサイ気がする。そもそもこのゴチャゴチャした局面で、指し手と予想が一致するだろうか。うん、これは自信を持って「白」である。
注目の解答は「白」。ここでほとんどが脱落し、2名が残った。羽生九段は「私のせいで、ずいぶん落ちてしまいました」と反省の弁を口にした。
一方の私は、さらに絶望した。そろそろマジで間違えたいのに、勝ち進めば勝ち進むほど。「2問目をマジメに答えればよかった」と、後悔の念に苛まれるのである。
ここで解説者が、広瀬章人竜王と、谷口由紀女流二段に変わった。谷口女流二段は、私のかつての「女流棋士ファンランキング」の1位だった。彼女の結婚の報は晴天の霹靂で、地獄に突き落とされたものだ。ただまあ、同様のショックには免疫がついていたので、意外に落胆が軽かったのは幸いだった。
現在はファンランキングで圏外としているが、気になる存在に変わりはない。その谷口女流二段におのが存在感を見せつける千載一遇のチャンスだったわけで、私はなおも激しく落ち込むのであった。
広瀬竜王の候補手は「赤・▲4四馬上」「青・▲6六馬」「白・その他」だった。
ここも手が広いところで、各自の棋風が出そうである。ということは候補手がいっぱい詰まっている白が最有力で、私ならまたも「白」を採った。
注目の正解手は「▲3三馬」。ステージの2人も間違え、私は暗転した。
私が2問目を正解していれば、私が「次の一手名人」だったんじゃないか!?!?!?
……そうしたらステージで、我が名前を名乗ることになる。その時、谷口女流二段をはじめ、周りはどんな反応をしただろう。「テレビ出演」は遠慮したいが、一瞬だけ、ヒーローになりたかった。この屈辱、1983年11月6日にも味わったのだが、それはまた別の話である。
敗者2人はここまで残った特典で、引き続き解答する。
また解説者が変わり、中村太地七段と矢内理絵子女流五段となる。
矢内女流五段は2年4ヶ月の休場を経て今年4月、公式戦に復帰した。5年前のパーティーでは委員会の中心だったが、現在は子育ての真っ最中で、半ば忘れられた存在になっている。公式戦も2連敗で、往年の迫力はまったくない。今回も専業主婦の雰囲気が漂い、服装も地味だ。
しかしそこはやはり「矢内理絵子」で、余人にはない存在感がある。むしろマニアは、今の矢内女流五段に萌えるかもしれない。
私の近くには、詰将棋作家の岡本眞一郎氏がいた。氏の詰将棋は、春の「けやきカップ」でいつも楽しませてもらっているが、やはり私は声を掛けない。
中村修九段もいた。中村九段にも「世田谷花みず木女流オープン」で楽しい解説を拝聴しているが、やはり私は動かない。
数手進んで次の一手。「赤・▲7一銀」「青・▲7九金打」「白・その他」で、2人とも青を掲げた。私はもうどっちでもいいが、色が分かれてくれないと、名人戦が終わらない。
正解は「青」。この後も次の一手名人戦が続くが、両者は正解を続け、全然終わらない。
次の一手名人戦は指し手を止めて封じ手を書き、それを開封して一喜一憂するので、けっこう手間がかかる。例の祝辞等でけっこう時間が押しているから、少しでも巻きたいところなのだ。ああ、私が2問目を正解していれば、5問でスッパリ終わらせていたのに……。
私はひとりうなだれるのである。
谷川女流五段が私を認め、声を掛けてくれた。
「ブログを拝見しています。いつも提言をいただいて……」
「いえいつもいい加減なことを書いてしまって……恐れ入ります」
本当に恐縮の一手だが、読者に女流棋士がいるのは心強いものである。
次の一手名人戦は、ついに最終問題になった。将棋が最終盤になり、これ以上の出題は味がわるくなったからである。
しかしこれも両者正解で譲らず。何と矢内女流五段とジャンケンをして、勝者が優勝ということになった。
右斜め前を見ると、藤井猛九段がいた。藤井九段とはお話をさせていただきたいが、あちらは見知らぬファンと話しても面白くないだろう。私も話題がない。
藤井九段は所在なさげにしてたが、私は行動に移さなかった。
ステージでは優勝者が決まり、優勝者には、布団メーカーから布団が贈られた。佐藤康光九段や清水市代女流六段も使っている名品だという。
くそぅ……。逃した名誉と実利は大きすぎた。
将棋は112手まで、伊藤沙恵女流三段・石本さくら女流初段ペアの勝利となった。
(28日につづく)
私は白のページを掲げた。つまり「その他」の手だ。「赤・▲2四歩」が正解と思いつつ、棄権の手段を採った……いや、おのが第一感に殉じたのだ。
正解は果たして「▲2四歩」だった。不正解は覚悟していたが、いざ間違えてみるとショックだった。私は大変な失敗をしでかしたんじゃないか?
ここで解説が変わり、高見泰地七段と谷川治惠女流五段のコンビとなった。谷川女流五段は当ブログの数少ない読者で、いつも気さくに声を掛けてくださる。今年はどうなるだろう。
局面は数手進み、赤が△3六歩の桂取り、青が△4七歩と銀頭を叩く。白のその他となった。
青はシャレているが、赤△3六歩の駒得確定は大きい。私なら△3六歩と指すところ。
正解は「赤」で、3問連続本命の手となった。
これで正解者が絞られ、ステージに上がることになった。いわば「本戦進出」である。
ここに至って、私は本格的に2問目の不正解を後悔し始めた。やっぱりステージ上陸はかなりの勲章である。テレビ云々は抜きにして、あの一公がここまで勝ち上がった、と知らしめる実績が大きい。
また解説が変わり、今度は羽生善治四冠と里見香奈女流五冠である。このコンビの解説を間近で聞ける機会はなかなかない。ステージ上のお客さんはこれでもう入場料のモトを取ったはずで、私はこの時、相当血圧が上がっていた。
羽生九段「ここは(馬に当てる)△6三金ですか。(金取りの)△4六桂もあります。……ああしかし、どちらも違う気がします……」
私も、どちらの候補手も違うと思った。△6三金は直接手すぎるし、△4六桂は、何となくダサイ気がする。そもそもこのゴチャゴチャした局面で、指し手と予想が一致するだろうか。うん、これは自信を持って「白」である。
注目の解答は「白」。ここでほとんどが脱落し、2名が残った。羽生九段は「私のせいで、ずいぶん落ちてしまいました」と反省の弁を口にした。
一方の私は、さらに絶望した。そろそろマジで間違えたいのに、勝ち進めば勝ち進むほど。「2問目をマジメに答えればよかった」と、後悔の念に苛まれるのである。
ここで解説者が、広瀬章人竜王と、谷口由紀女流二段に変わった。谷口女流二段は、私のかつての「女流棋士ファンランキング」の1位だった。彼女の結婚の報は晴天の霹靂で、地獄に突き落とされたものだ。ただまあ、同様のショックには免疫がついていたので、意外に落胆が軽かったのは幸いだった。
現在はファンランキングで圏外としているが、気になる存在に変わりはない。その谷口女流二段におのが存在感を見せつける千載一遇のチャンスだったわけで、私はなおも激しく落ち込むのであった。
広瀬竜王の候補手は「赤・▲4四馬上」「青・▲6六馬」「白・その他」だった。
ここも手が広いところで、各自の棋風が出そうである。ということは候補手がいっぱい詰まっている白が最有力で、私ならまたも「白」を採った。
注目の正解手は「▲3三馬」。ステージの2人も間違え、私は暗転した。
私が2問目を正解していれば、私が「次の一手名人」だったんじゃないか!?!?!?
……そうしたらステージで、我が名前を名乗ることになる。その時、谷口女流二段をはじめ、周りはどんな反応をしただろう。「テレビ出演」は遠慮したいが、一瞬だけ、ヒーローになりたかった。この屈辱、1983年11月6日にも味わったのだが、それはまた別の話である。
敗者2人はここまで残った特典で、引き続き解答する。
また解説者が変わり、中村太地七段と矢内理絵子女流五段となる。
矢内女流五段は2年4ヶ月の休場を経て今年4月、公式戦に復帰した。5年前のパーティーでは委員会の中心だったが、現在は子育ての真っ最中で、半ば忘れられた存在になっている。公式戦も2連敗で、往年の迫力はまったくない。今回も専業主婦の雰囲気が漂い、服装も地味だ。
しかしそこはやはり「矢内理絵子」で、余人にはない存在感がある。むしろマニアは、今の矢内女流五段に萌えるかもしれない。
私の近くには、詰将棋作家の岡本眞一郎氏がいた。氏の詰将棋は、春の「けやきカップ」でいつも楽しませてもらっているが、やはり私は声を掛けない。
中村修九段もいた。中村九段にも「世田谷花みず木女流オープン」で楽しい解説を拝聴しているが、やはり私は動かない。
数手進んで次の一手。「赤・▲7一銀」「青・▲7九金打」「白・その他」で、2人とも青を掲げた。私はもうどっちでもいいが、色が分かれてくれないと、名人戦が終わらない。
正解は「青」。この後も次の一手名人戦が続くが、両者は正解を続け、全然終わらない。
次の一手名人戦は指し手を止めて封じ手を書き、それを開封して一喜一憂するので、けっこう手間がかかる。例の祝辞等でけっこう時間が押しているから、少しでも巻きたいところなのだ。ああ、私が2問目を正解していれば、5問でスッパリ終わらせていたのに……。
私はひとりうなだれるのである。
谷川女流五段が私を認め、声を掛けてくれた。
「ブログを拝見しています。いつも提言をいただいて……」
「いえいつもいい加減なことを書いてしまって……恐れ入ります」
本当に恐縮の一手だが、読者に女流棋士がいるのは心強いものである。
次の一手名人戦は、ついに最終問題になった。将棋が最終盤になり、これ以上の出題は味がわるくなったからである。
しかしこれも両者正解で譲らず。何と矢内女流五段とジャンケンをして、勝者が優勝ということになった。
右斜め前を見ると、藤井猛九段がいた。藤井九段とはお話をさせていただきたいが、あちらは見知らぬファンと話しても面白くないだろう。私も話題がない。
藤井九段は所在なさげにしてたが、私は行動に移さなかった。
ステージでは優勝者が決まり、優勝者には、布団メーカーから布団が贈られた。佐藤康光九段や清水市代女流六段も使っている名品だという。
くそぅ……。逃した名誉と実利は大きすぎた。
将棋は112手まで、伊藤沙恵女流三段・石本さくら女流初段ペアの勝利となった。
(28日につづく)