一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

将棋ペンクラブ大賞二次選考

2013-06-20 00:05:44 | 将棋ペンクラブ
きのうの女流王座戦・山田久美女流三段と伊奈川愛菓女流1級の一戦は、95手で伊奈川女流1級の勝ち。伊奈川女流1級は、うれしい本戦進出となった。
この将棋、67手目▲6七玉が後手の投了の時機。それが早いというなら、75手目▲6五桂のときだ。それが95手まで進む理由が分からぬ。いまに始まったことではないが、女流棋士は本当に諦めが悪い。こんな棋譜を残しているようじゃ、女流棋士のお先はまだまだ暗い。

5月下旬、将棋ペンクラブ大賞委員会から、「第25回・将棋ペンクラブ大賞候補作」のコピーが送られてきた。私は今年から同賞の二次選考委員になったので、その審査をするのである。
といっても一次選考のときのように一堂に会すものではなく、各委員が個別に評価したのち、それを返送するというシステムだった。これは今回初めて知った。
一次選考通過作は、観戦記部門が、新聞や雑誌に掲載された14棋戦から18作。同封物はこれらの観戦記である。それぞれに寸評を付し、「優・良・可」の評価をつけるのだ。
文芸部門はエッセイや小説など6作だが、これは書籍がほとんどなので、各自読める範囲で読み、やはり評価をつける。
各観戦記は自宅に届いた翌日に一読したが、どれもおもしろい。まあ各棋戦で最もおもしろいと思われた作が選ばれているのだから、当然ではある。
しかしこれらをふつうに評価したら、すべてが「優」になってしまう。だから「優の中の優・良・可なんだ」と自分に納得させる。
自宅で取っている新聞の棋戦は、私一推しの将棋が選ばれていたので、これは慎重に考えた末、「優」とする。私のような文章の素人が評価していいものかと改めて思うが、読者の大半は文章の素人なのだと自分に言い聞かせ、開き直った。
しかしほかには、すぐに採点できない。いや、初読時の評価が最も確かなのは分かっているのだが、やや性急すぎる気もする。もう少し時間をかけて、楽しみたい。
そうこうしていたら、〆切り日の6月19日まで、数日になってしまった。
この間私は、暇を見ては観戦記を読み、パソコンに寸評を記した。将棋ペンクラブは貧乏だが、今回の作業については、謝礼が出る。だからというわけではないが、こちらも慎重に作業を進めていたのである。結果、何度も読み返したせいで、微妙に評価が変わったものもある。しかしそれが「正着」かどうかは分からない。
ほかにもむずかしいところはあった。たとえば「この表現は好きではない」「この構成は成功していないのではないか」等の個人的見解を、評価に反映させてもいいものか。多少違和感を覚えても、これは万人に受けると思えば、いい評価にしたほうがいいのではないか。
と思う一方で、将棋ペンクラブは私独自の評価を欲しているのだ、誰に遠慮することがあろうか、の思いもよぎる。
とにかく、投函後に評価を変えたくなったら後悔する。しかし迷ってもキリがない。いい加減決断をし、観戦記部門はすべての評価を終え、17日(月)に投函した。ただ、文芸部門はコンプリートできなかった。これは私の怠惰によるもので、弁解の余地はない。二次選考委員失格である。
ペンクラブ幹事はこれらを集計し、最終的には数作に絞り込む。木村晋介将棋ペンクラブ会長らによる最終選考は、来月下旬に行われるようだ。それまで楽しみに待ちたい。
コメント (2)
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