マイナビ予選の持ち時間は40分、切れたら1手60秒である。秒読みの60秒は長い。どちらもギリギリまで考えるから、1手につき約1分が経過する勘定になる。
将棋は中村真梨花女流二段が大優勢だが、安食総子女流初段も入玉含みで粘っている。しかし入玉しても点数が足りなそうだ。観客は大勢いるが、若干ダラけた雰囲気になっている。本戦の抽選会は18時30分から行われる予定だが、その時間は過ぎた。
昨年は、久津知子女流初段と鈴木環那女流初段が最終決戦となり、215手を数えた。その将棋を私はライブでは見なかったが、終盤は鈴木女流初段が投げ切れず、数十手を指しついだ感じだった。あのときも、対局場は弛緩した空気が流れていたかもしれない。
中村女流二段、飛車や角を打って、安食玉を仕留めにかかる。いよいよ終局が近付いてきたか。観客は無言で見守るだけだ。
中村女流二段が着手。まだ続くのか、と思った刹那、安食女流初段が投了した。18時50分。お決まりの拍手が起こった。
これですべての対局が終了した。私の勝者予想は結果的に、「10勝2敗」だった。
私たちはいったん対局場を出、フロントで待つ。いままで解説場に使われていた「マイナビルームL」が、本戦の公開抽選会場になる。
19時00分、マイナビルームLの扉が開き、私たちは一足先に入場した。けっこう観客がおり、満席に近い。右側の席が空いていたので、そこに座った。会場から向かって左側に本戦出場選手が座るらしく、そのあたりは空席がない。まあ当然であろう。
19時10分、予選を通過した選手が、晴れやかな顔で入場した。私たちは拍手で迎える。私はヒネくれたところがあるので、勝者よりも敗者に思いを馳せる。今期はチャレンジマッチで47名、予選で36名の選手が敗退した。私の拍手は、彼女らへのねぎらいの拍手でもある。
「将棋世界」編集長・T氏が司会進行を務める。早く勝った選手順に呼ばれ、選手は抽選箱から、数字が書かれている赤いボールを引く。決勝トーナメント表の下には、1から12まで番号がふられており、そこに自分の名前が入る仕組みだ。
1番手の山田朱未女流二段から、本戦出場の喜びとともに、ボールを引いていく。当たりたい選手、当たりたくない選手とあり、各選手、ボールを引くごとに悲喜こもごもの歓声が上がる。
8番手の鈴木環那女流初段は、司会者顔負けの仕切りで、ボールを引いた。鈴木女流初段は、私たちがルームの外で待っていたとき、知り合いでもないのに、挨拶をくださった。それはよい心掛けだが、如才がなさすぎる、とも云える。もう少し「抜けた」ところがあると、もっと人気が出ると思う。
続く室谷由紀女流のときは、T氏が「ムロヤユキ、ジョリュー1級!!」と「1級」を強調した。女流棋士の昇級昇段規定によれば、マイナビ本戦に入ると、女流2級から1級に昇級するらしい。だから「女流1級」は分かるが、2階級特進だったのか? どうも、1回戦の鹿野圭生女流初段に勝った時点で規定に達し、女流2級に昇級したらしい。つまり「女流2級」でいたのは数時間。これは快記録といえよう。
こうしてトーナメント表に全員の選手の名前が埋まり、席に戻った選手が、あらためて抱負を述べた。
そのあとはお待ちかね、「勝者予想クイズ」の抽選である。賞品は12名に渡る。前述したが、私の勝敗予想の結果は10勝2敗だった。ただこう言ってはなんだが、竹部さゆり女流三段-長谷川優貴アマ戦で、長谷川アマの勝利に1票を投じた人は少なかったのではないか。とするならば、2敗はじゅうぶん入賞圏内である。ちょっと引っかかるのは、W氏の予想が偶然にも、私とまったく同じだったこと。今期の予選決勝は鉄板の組み合わせが何局かあり、昨年よりは予想が容易だったはずだ。ちなみに昨年は、8勝4敗が最高成績だったと記憶する。
正解発表がされる。200余名が投票したが、なんと全問正解者が1名出た!! そして1問不正解が11名。…エエッ!? じゃあ、これで決まりではないか。
景品はプロ棋士の扇子か、里見香奈女流名人・倉敷藤花の青タオルだった。順番に名前を呼ばれていくが、1名不正解者の中に、2名不在者がいた。なんてことだ…。私が悔やむとすれば、本田小百合女流二段と早水千紗女流二段の勝敗予想を「本田」と書いたことで、「早水」と書いていれば景品をいただけたのだ。だがこれは、結果論にすぎない。
残り2名は、全投票者の中からの再抽選となり、さすがにこの高倍率では、私は選ばれなかった。
ただ景品については、日本将棋連盟の販売部でも買えるものである。本戦出場選手のミニ色紙とか、オリジナル性のあるもののほうがよかったのではないか。色紙には落款が要るかもしれないが、プロならば落款は携行しているであろう。
昨年夏、沖縄県・石垣島でベルサイユ高田尚平六段にお会いしたとき、高田六段は、
「いつでもサインできるように、筆ペンと落款はいつも持ち歩いています」
と言っていた。
最後は12名の選手が再び壇上に乗り、花束を抱えての記念撮影。配置は、やはり早く勝ち抜いた順番どおりに並ぶ。前後2列に6名ずつ分かれるので、3番目か4番目に勝ち抜いた選手が、前列中央に立つのだ。
ちなみに昨年は島井咲緒里女流初段が前列中央に位置したが、それも終局順だったとすると、奇跡的な配置だったといわねばならない。
今期は、熊倉紫野女流初段と長谷川アマがその幸運に浴した。関係者撮影のあとは一般客も撮影可だったが、私は指をくわえて見ているしかない。
これですべてのプログラムが終了し、再び12名の選手が拍手で見送られ、マイナビルームから退場した。
今期は最初から最後まで、各選手の熱戦を堪能できた。選手の駒さばきについては、相手の歩を取って自分の歩が成るとき、相手の駒をひっくり返してと金にし、自分の歩を駒台に乗せる選手がいたそうである。選手がこの指し方でいいと思っているのなら、それでいいのだろう。
さて、余韻が残って、このまままっすぐ帰りづらい。とりあえずお茶、ということで、金曜サロンのW氏、I氏と階下へ向かう。ただ、土曜日なのでビル内の会社が休みだからか、1階や地下1階の飲食店は、もうほとんど閉まっていた。
いろいろ検討するが、どうも1階のマクドナルドに入るしかなさそうである。1階と地下1階を結ぶ階段でぐずぐずしていると、向こうから、ピンクのブラウスとチェックのミニスカート、紺のハイソックスを穿いた女性が、キャリーバッグを引いて走ってきた。
「ああっ!?」
む、室谷女流1級!? 私は思わず叫ぶ。
1日にして女流棋界のニューヒロインとなった女子高生は、そのまま地下鉄の駅に走っていった。