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一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

2023年九州旅行・7

2024-02-02 00:15:47 | 旅行記・九州編
きょうの私の目的は、BRTに乗ることだった。BRTとはbus rapid transitの略で、いろいろな定義があるが、バス専用道路を走る高速鉄道をいう。
日本では、鉄路の廃止跡をBRTに転用することをいうようだ。その筆頭は白棚線である。戦時中、不要不急の路線として国鉄白棚線の鉄路が剥がされた。しかも戦後は復活することはなく、そのまま廃止。その一部がバス専用道路になったというわけだ。私も2度ほど乗ったことがある。
また2011年の東日本大震災で壊滅的な打撃を受けた気仙沼線と大船渡線も、2013年までにBRTとして再生した。
そしてここ日田彦山線は2017年の九州豪雨でダメージを受け、JR九州はBRTへの転換を決定。2023年8月28日に開業となった。
と、これだけなら私もあえて乗りに行かないが、日田彦山線BRTは「旅名人きっぷ」も使えるのだ。すなわちタダみたいなもので、これは乗るべきだと思った。
「BRTひこぼしライン」は、夜明の2つ先の日田が始発である。せっかくなら始発から乗りたいが、日田まで行くと、私が乗るべきBRTに間に合わない。
鉄道専用軌道を走るのは全路線37.7㎞のうち14㎞で、それは夜明から北側にある。よって、私は夜明で下車したというわけだった。
夜明にはちょっと歩いたところに共同温泉があり、入ったことがある。落差の大きい打たせ湯があり、出入り口付近にラジカセが置かれてあったのを憶えている。
道路側に下りる。そこにはBRTの停留所が新設されており、次の便は11時33分だった。
しかし定刻を過ぎてもBRTが来ない。結局7分遅れの11時40分、到着した。待望の車体だが、これが予想に反し、小型だった。
車体はBRTひこぼしラインのイメージカラーであるブルー系。この選色は落ち着いていて素晴らしい。
運転手は、「大変遅くなりました」と丁寧に挨拶する。先客は5名。少ない気もするが、大人数は乗れないところである。
車内を見渡しちょっと残念だったのは、運転席が一段高く、前方が見えづらかったこと。BRTの白眉は、鉄路の通っていた同じ場所をバスが走ることである。そこで私たちは疑似鉄道乗車を愉しむわけだが、その前方の視界が削られては、楽しさ半減である。
BRTはこまめに停留所を止まっていく。あたりは鉄路を剥がされ、更地になっているところもある。
やがて専用道路に入った。運転手さんは、「これから、眼鏡橋を3つ通ります」「これから通るトンネルは、九州で3番目に長い鉄道用トンネルでした」と、丁寧なガイドを続けている。
BRTはそれらしい眼鏡橋を鑑賞し、長いトンネルを抜けた。
宝珠山駅、筑前岩屋駅はホームがなくなるも、風格ある駅舎は健在だった。JR北海道は鉄路を廃止することに躍起になっているけれど、廃止にしても、こうした駅舎や路盤の利用を考えれば、私の憤りも多少は軽くなるのだ。
「左に曲がります」「ここで段差があります」
と、運転手さんの言葉は続く。なんてことないのだが、トクした気分になるのは不思議だ。
やがて、全長14㎞の専用道路は終わった。そして12時42分、BRTは線路の剥がされた添田駅ホームに止まった。その反対側は現役の鉄路があり、日田彦山線が入線するのだ。これは乗り換えの手間がほぼゼロで、便利である。
すぐに日田彦山線の列車が入線し、ガラガラの乗客を乗せて、12時52分に発車した。そしてタイム14分で、終点の田川後藤寺に着いた。なかなかよいBRTの旅だった。
次に乗るべきは、平成筑豊鉄道である。同線は第3セクターなので、「鉄印帳」に記帳をいただくのだ。
昭和末期、九州の炭鉱路線は多くが廃止されたが、伊田線、糸田線、金田線は第3セクター平成筑豊鉄道として存続した。もっと残すべき路線もあったと思うが、3線残っただけでもよしとしよう。
平成筑豊鉄道糸田線・田川後藤寺13時20分発。タイム13分で金田に着いた。ここが平成筑豊鉄道の中心駅なのか、ここで鉄印がもらえるのである。
だが土・日は駅員が常駐しておらず、鉄印状は駅内の自動販売機で購入する。ほかの第3セクターでは、路線を利用した証として乗車券を見せるところもあるが、販売機方式では、クルマで来た人も買えてしまう。でも社としては売り上げが上がるからいいのだろう。
私は販売機で1枚買う。300円。これで一昨年の松浦鉄道、昨年の甘木鉄道に次いで3ヶ所目である。第3セクターは全国にあるのでコンプリートはできないが、1ヶ所でも多くお邪魔できればと思う。
表はまだ小雨が降っている。昼食も摂りたいが、乗り換え時間が微妙なのと、この天気なので表に出ていきたくない。
平成筑豊鉄道田川線に乗り換え、タイム22分で直方に着いた。あとは天神まで一直線である。ただし、途中で変化の余地はある。
直方では約1時間の待ち合わせがあり、ここなら食事ができると思った。駅に隣接してアーケード街があり、そこに行くと、縁日をやっていた。店の両側にマルシェが出ていた。
パン屋が多かったが、いまはパンより腹にたまるものを食べたい。それでも、ベーグルを1コ買った。
ただ、食事処はなく、駅に隣接している食堂も準備中だった。もう諦めて、15時16分の福北ゆたか線快速に乗った。
このまま行けば博多に着くのだが、ちょっと早い。それで、香椎に行こうと思う。
長者原で下車し、香椎線に乗り換える。……うん?
この乗り換えがちょっと、面白かった。
(つづく)
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2023年九州旅行・6

2024-02-01 14:02:34 | 旅行記・九州編
表へ出ると、小雨が降っていた。きょうのメインは室内だったから天候は関係ないが、面白くはない。
さて、きょうの宿である。行程的には今夜のうちに九州中央部へ移動しておきたい。だがその一方で、久々に佐世保で泊まりたい気持ちがある。本場のちゃんぽんも食したいので、私は18時00分発の上りで佐世保に向かった。
楽天トラベルは相変わらず使えないので宿泊地に制限があり、東横インかネットカフェか、というところ。佐世保にはCybacがあったが、現在は閉店のようだった。代わりに幅を利かせているのがやはり快活CLUBで、四ヶ町にあった。
18時37分、佐世保着。かつて佐世保駅前には地下通路があり、その両側には中華料理店が軒を連ねていた。
その後地下通路は埋められ、中華料理屋は駅前に建設された「えきマチ一丁目」に入店した、らしい。私は、佐世保駅に隣接している「大善」に入るつもりだった。
だが大善はあるものの、営業しているふうでなかった。向かいの中華料理店も同様だ。夜の営業をしていないわけがないと思うが、どうなのだろう。
駅前には東横インがあったが、事前の調べでは満室だった。とりあえずキャップをかぶり、四ヶ町アーケードに向かう。同所は女子高生が多く通り、みな美人だったのを憶えている。今回も期待したが、もう夜なのと、雨で、女子高生はいなかった。
アーケード街の入口に吉野家があったが、ここは明朝入ればいい。
かつて入口のすぐ右手に中華料理屋があったが、ここは予想通り、閉店していた。
しばらく歩くと、餃子の王将があった。個人的には王将は好きではないが、空腹には勝てぬので、入った。
ちゃんぽん(580円)と餃子(270円)を注文する。チェーン店と侮るなかれで、ここのちゃんぽんが美味かった。毎日食べても飽きない感じで、チェーン店はよく努力していると思う。
前日と打って変わって、3食をキッチリ摂り、満足である。
快活CLUBが見つかったので、入る。ここは初めての利用だが、事前にアプリを入手しておいた。これなら登録料は無料だ。今回は当然ながら受付にスタッフもいて、ちゃんとした登録に戸惑ったものの、スムーズに入店することができた。
今回は時間があるので、12時間セットをオーダーする。フラットスペースも確保でき、まずは一安心である。
前夜の疲れもたまっているのでブログを書く気力が起こらない。ただ、ブログ用に、1手詰の詰将棋10問を仕込んであった。
PCは使い放題なので、いかがわしいビデオを見てみる。いろいろ見たが、水戸かなは中倉宏美女流二段に似ていると思う。宏美女流二段は1月26日生まれだが、当ブログ「似ているシリーズ」に、セクシー女優を挙げるわけにはいかない。誰か似ている人を探さねばならない。
なお、今回の推しは愛弓りょうで、旦那のしがらみのためにモデルをやらなければならない、というシチュエーションが萌えた。
夜10時になったのでPCをテレビ設定に替え、TBS「フェルマーの料理」を見た。
1階に下り、ビッグコミックを見てみる。「ゴルゴ13」はもちろん連載中。ゴルゴは相変わらず昔の絵の切り貼りだが、今回は少年が登場した。この少年がコミカルな絵柄で、到底さいとうプロの作品とは思われない。スタッフは過去のゴルゴ13を精査し、コマ割りとキャラ設定を厳しくやってほしい。
シャワーを浴びたいが、タオルは携行していなかったので、170円で買う。シャワー代は無料で、ありがたかった。
サッパリしたので就寝したいが、妙に目が冴えてしまい。眠れない。しかも横になると足が閊(つか)える。店舗によってブースのサイズは違うが、ここでは閊えてしまった。

16日(土)早朝である。カフェをチャックアウトし、駅に向かう。きょうも雨だが、いつ止んでくれるのか。
アーケード街の端に出たが、どうも様子が違う。なんと、駅の反対側に出ていたのだ。
慌てて引き返し、まだ少し余裕があったので、吉野家に入る。旅の朝食は牛丼である。
店内にはティーンがたむろしていた。彼らはこの早朝から集まっていたのだろうか。
牛丼並を美味しくいただき、佐世保駅に入る。東横インに泊まっていたら駅への所要時間はほぼなく、熟睡もできた。しかしネットカフェにはネットカフェのよさがあった。
07 時34分の佐世保線に乗る。松浦鉄道にも乗りたいが、きょうは別に行きたいところがある。
タイム49分で、江北着。江北は以前の肥前山口駅で、西九州新幹線の開通とともに改称された。駅名の改称も難しいところで、弟子屈、平、沓掛、小郡などは味のある駅名だったが、それぞれ摩周、いわき、中軽井沢、新山口と、味のない駅名に改称された。駅名は歴史を表す。できれば名称としていつまでも残してもらいたいところである。
6分の待ち合わせで長崎本線に乗り換える。タイム46分で、鳥栖着。次の鹿児島本線が36分の待ち合わせだったので、外に出る。
駅前の公衆トイレに入るが、令和には珍しい和式だった。
スッキリしたら穏やかな気持ちになり、駅に隣接してシャレたパン屋があったので、入った。
あまり知られていないが、私は旅先で菓子パンを買うのも好きである。今回はチーズトーストとアップルパイを買った。
鹿児島本線に乗り、久留米でまた乗り換え。次に乗るは久大本線である。久大本線最大の観光地は由布院で、以前入ったシャレた喫茶店も含めて再訪したいが、とてもそこまで行く時間はない。
久留米発10時15分。雨はかなり小やみになってきた。57分で夜明着。私はここで下車した。ここが日田彦山線の乗り換え駅で、目的地のスタートラインである。
(つづく)
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2023年九州旅行・5

2024-01-31 00:10:12 | 旅行記・九州編
(25日のつづき)
私がいただいた整理番号は「24」。これがどこで引かれるかがカギである。
ときに13時35分。これから4時間近く、マスターのめくるめくマジックショーが展開されるのである。
マスターは挨拶もそこそこに、客から指輪を所望する。すると、客席から4つが出された。それをマスターは小さな木箱に入れる。振ると、最初はカタカタ鳴っていたが、下からライターの火であぶると、やがて音がしなくなって……。
いつもながらに手際のよいマジックである。そしていつもながら、マスターは若い。私が初めてマスターにお会いしたのはいまから24年前だが、現在は老眼鏡を掛けたくらいで、全然風貌が変わっていない。
対して私はブクブク太り、しかもここ数年は禿げ散らかして、往年の面影はない。マスターに言わせれば、「毎年訓話を述べているのに、あなたはなんて怠惰な生活をしているんですか」というところだろう。
マスターがお札と小銭を所望する。私は積極的に出せば出せるのだが、マスターに望まれていない気がするので、傍観するのみである。
マスターは千円札を取ると小さく折り畳み、それを中空に浮かせた。途端にどよめきというか、歓声が上がる。きょうの男女比は4:21で、圧倒的に女性が多く、驚きの声にもハリがある。私にはこれこそが夢空間である。
マスターがESPカードを取り出した。まずはカウンターの4人対マスターの勝負で、カウンターの女性が出したマークを、マスターが当てるのである。そしてそれはもちろん当たった。
その別バージョンをやったとき、3番の女性が、4枚目のカードと5枚目のカードを、土壇場になって入れ替えた。
その2枚を開けると、マスターの予言したカードとは逆だった。
これは3番の女性がやり過ぎたというべきだろう。ここでのマジックは、マスターと私たちでいっしょに作り上げていくものである。私が1999年に続いて2000年にお邪魔したとき、マスターに好きなマークと数字を言ってくださいと言われ、私は「スペードの7」と答えた。そのときマスターに理由を聞かれた私は、「昨年もそう答えたから」と言った。これなど場を白けさせる最たる言葉で、配慮がなかったと反省している。
今回の女性もカードを取り換えるべきではなかった。
壁には新たなチェキがどんどん貼られている。今年は藤岡弘、が娘さん3人を伴って来たそうだ。藤岡弘、はあんでるせんの常連で、私たち常連にはお馴染みである。
あんでるせんのことだから芸能人もVIP扱いせずほかのお客といっしょに観戦するのだろうが、私は一度も芸能人とご一緒したことがない。観月ありさとは、1日違いだったことはある。
ちなみに、将棋界からも1人ここに来ているのを私は知っている。だって……。
マジックはどんどん進み、カードマジックとなる。お客さんから「ストップ」を4回聞き、そのたびにカウンターにカードを出す。そしてポータブルプレイヤーからウルトラセブンのイントロが流れ、カードを開くと、歌に合わせて7が4種類出る、アレである。
だが今年は、最初の3枚は7が出たが、4枚目を開くとき、マスターが「あれ?」とつぶやいた。
果たして開いたカードは「6」。このマジックでの失敗を初めて見た。いや、昨年は「A」「K」「B」「4」「8」で、4と8が逆だったか。
まあ、このくらいの失敗はなんでもない。
マスターがルービックキューブを2個取り出した。そのふたつを客に渡し、色を合わせてもらう。
しかし短時間では色が揃うはずもなく、うちひとつをマスターが引き取った。残り1つは客が持っている。
マスターは「19手か」とつぶやき、「皆さんちょっとだけ静かにしてください」と続ける。
マスターが頭上でルービックキューブを慎重に捜査する。
しばらくして、マスターがコトリ、とルービックキューブをカウンターに置いた。
「あなた、そのキューブをこちらに寄越してください」
さっきの客からキューブが手渡される。その2つは6面とも、そっくり同じ配色だった――。
お次は「恋人当て」である。最後方のお母さんが当たった。お母さんは、マスターの「好きな人の名前をキッチリ聞きたいですか? それとも何となくがいいですか?」の問いに、「キッチリでお願いします」ときっぱりと言った。
マスターがお母さんにメモを渡し、ご主人の名前を書かせる。するとマスターがすぐに、ご主人の名前を言う。
彼女が紙片を拡げると、まさにその名前が書かれていた。
「でも愛情が半分になってますよ。字が小さいです」
「そうかも……」
お次は、マスターが円周率の本を出す。そして、電卓を客に渡し、数人に任意の数字を打たせた。最後は4ケタになり、その数字を客が読み上げると、マスターは「○ページの上から○行目、左から○番目」と言う。もちろんその数字は、電卓が示す数字と同じだった。
マスターは円周率の数字をすべて記憶しているのだ。これなど、マジックを通り越してすごい。
……などなど、これらを文字に書くことがバカバカしくなってきた。マジックなぞ百聞は一見に如かずで、実際に見なければ意味がない。
「ここまでいろいろマジックをやってきましたけど、いままで一度も笑ってない方が2人いますよ」
と、マスターが真顔で言う。
マスターは客に対して厳しいところがあり、始終ぼーっとしていた客にキレたこともある。自身も真剣にやっているのだから、あなた方も真剣に聞いてください、ということなのだろう。
今度はコインマジックである。100円玉を3つに割る。100円玉をペロンとなでて、曲げてしまう。100円玉にボールペンを刺して貫通させてしまう。などなど、マジックと呼ぶにはあまりにもレベル違いのマジックが披露される。
マスターがコーヒーの缶を取り出し、カウンターの女性に渡す。そして100円玉を渡し、缶の底から通過させようとする。
素人にこんなことができるわけがないが、ちょっと彼女にはできそうな雰囲気があった。
彼女は左の掌に100円玉を置き、その上にコーヒー缶を乗せた。そして軽く振ると、100円玉は缶の中に「入った」のだった。
楽しかったマジックも、最終盤である。マスターが全員にルービックキューブを渡す。3番の客は見守り役で、今回はプレイしない。4枚のカードから、何とかいう犬が選ばれた。
カウンターには大きい木枠が立てられた。縦6×横4で、その空間にはキューブが入りそうだ。私たちは適当にキューブを回し、戻す。
それをマスターらが適当に木枠に嵌めていく。全部埋まったところでそのキューブをこちら側に向けると、それは犬の絵になっていた。最後に全員で大仕事をしたわけだ。
そろそろお開きである。マスターは最後に、
「かくも己は不幸だと首を垂れて歩いていると、前を歩いている人の埃をかぶってばかりになります」
と言った。
「過去なんて生ゴミだ」
はマスターの名言だが、こうした講話を毎年聞きながら、私はちっとも進歩しない。だからいい歳をして結婚すらできなかった。
17時15分、お開きとなった。そして今回、私は一度もカードが引かれなかった。これは25回目にして、初めてである。これはマスターが意図的に私を外したのか。それとも、たまたまか。
このあとは恒例のスプーン購入である。私が1本買うと、マスターが私の頭頂部に、気を入れてくれた。
いつもはこれで終わりなのだが、今回はマスターが両手を拡げ「がんばって」と言った。
「?」
よく聞き取れず怪訝な顔をしていると、再びマスターが「がんばって」と言い。私を包むような仕草をした。
私がよほどシケた顔をしていたのだろう。もうちょっと頑張らないとな、と思った。
(つづく)
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2023年九州旅行・4

2024-01-25 00:08:08 | 旅行記・九州編
私はアーケード街に戻り、行きのときに見つけた「資さんうどん」に入った。はま寿司だけでは腹が減って、とても朝までもたなかった。
資さんうどんは北九州市発祥のチェーン店で、「秘密のケンミンSHOW極」でも紹介されたことがある。
注文するは「ごぼ天うどん(490円)」である。これもタブレットでの注文で、大盛り(110円)、ネギ多めとした。
ごぼ天うどんは、安定の美味さだった。九州はとんこつラーメンより、うどんである。
大いに満足して、ホテルに戻りチェックイン。最初の受付のとき、いままで私は東横インで10泊以上しているのだが、(規定で)1泊無料で泊まれるか否かを確認した。結果は「OK」とのことで、安心した。
部屋は11階で、私には無駄なツインベッドだった。ひとりで泊まるツインベッドほど虚しいものはない。
とりあえずシャワーを浴び、翌日のフェリーの時刻を調べたりし、午前2時ごろ就寝した。

翌15日。東横インは朝食が無料なので、頑張って早起きする。おかげさまで熟睡はできたがせいぜい4時間程度で、いかにも短い。短時間の滞在ならホテルよりネットカフェのほうがお得で、6,600円を時間で割ると、相当に割高になる。だけど熟睡できたから佳しとしよう。
1階に降りると、6時半からの食事にも関わらず、何人も先客がいた。食事は器がパックで、そのままフタをして自室でも摂れるようになっていた。この思いやりが東横インの真骨頂で、宿泊客の心をうまく掴むものだと思う。
私は1階でそのまま朝食を摂る。といっても結構急ぎ気味である。美味しくいただき、6時50分ごろにはチェックアウトした。
さてきょうはまず、バスで熊本港まで行く。それは熊本バスセンターを通るが、ホテルからの道が判然としない。大体の方角は分かるが、バスセンターも広く、乗り場を間違えてロスタイムしたらアウトである。
バスは熊本駅前を通るので、ホテル前の通町筋電停から、路面電車に乗ることにした。なお、市電も「旅名人きっぷ」で利用できる。
07時03分発のA系統に乗り、熊本駅前に着いた。ここから熊本港までは九商フェリーの無料シャトルバスが出ている。その逆ルートは何度も利用したことはあるが、ここ熊本駅からはない。ただ、これは前日までの予約が必要で、私は当然していない。よってバスを利用するしかない。結局、何をするにも準備が必要なわけで、行き当たりバッタリの行程は損をするのだ。
路線バスは定刻を3分遅れの07時40分に出発し、タイム30分で、熊本港に着いた。
受付でチケットを買い、08時30分のフェリーに乗る。前夜の調べでは、これで13時前には、川棚に着く。
実はそのあとの09時55分の便でも、13時の川棚には遅れるものの、遅刻の範疇で済むと思っていた。
ところが15日はフェリーのドック入りがあり、この便はなし。下調べをせず09時55分の便に甘えていたら、大変なことになっていた。
フェリーに乗ると、かもめが周りを飛んでいた。むかしだったら夢中でカメラに収めたものだが、いまは記念写真的に2~3枚撮るのみである。
タイム1時間で、島原港に着いた。あんでるせんにお世話になってから、何度島原港を訪れたか分からない。今年も島原港は健在である。
さて通常なら島原鉄道に直行だが、私は隣の駅に向かう。その途中に郵便局があり、そこで貯金をするからである。「島原湊町郵便局・1215円」。
そのまま島原船津駅に着いた。本来なら始発から乗りたいところだが、知らないローカル駅から乗るのもいいものである。
駅は小さいが待合室もあり、綺麗なトイレも併設されていた。ここで用を足せたのは大きかった。
壁には「開運!なんでも鑑定団」のポスターが貼ってあった。2024年2月25日、島原文化会館での収録で、お宝を募集しているが、期限がきょう12月15日だった。お宝は集まっただろうか。
列車が来たので、乗る。車内はガラガラで、私を含めて2、3人しかいなかった。なお島原鉄道ももちろんフリーパスで、終点の諫早までは通常で1,520円かかる。
列車はひと駅ごとに乗客が乗り、結構混んできた。これはいいことである。旅行者が年に1回乗るより、地元の人が何度も乗らなければ、ローカル線の未来はない。
私はボックスシートに座っていたので誰かが座ってくれないと困る。しかし、みんな私を避けてしまう。こんなことなら、さっきおばちゃんふたりが乗ってきたとき、私がロングシートに移ってしまえばよかった。
幸いその後、私のハス向かいに客が座り、まあまあの状況で11時20分、列車は諫早に着いた。
次の大村線は11時38分だからあまり時間はない。高架の駅舎から外を見ると、駅前にあった旧バスターミナルは、綺麗に撤去されていた。その手前にあったスーパーマーケットを含め、思い出の地がまたひとつ姿を消したわけだ。
区間快速シーサイドライナーに乗る。2両編成のYC1系で、これはロングシートが主体なので、味気ない。
列車は定刻を1分遅れの12時21分、川棚に着いた。が、どうも様子がおかしい。まず、駅の1番線は草木が生え、使用不能になっていた。
改札口を抜けると、何と無人駅になっていた。以前も夕方5時までの営業だったからついに来るべきときが来た感じだが、川棚程度の駅でも、経費削減の対象になるのか。
とりあえず昼食である。最近は駅前にある「まゆみ」を利用している。今年はランチを注文した。カレーライスにクリームコロッケ、ゴボウスープで、これで850円は安かった。
川棚バスセンターでトイレを拝借すると、もう入店の時間である。予約のお客が吸い込まれ、私もあとに続いて入店する。当然ながら1年ぶりで、懐かしい。この間いろいろあったが、無事ここに還ってこられたことを幸運に思う。
入場料は今年も1,000円である。コロナ禍は収束したとみていいが、あんでるせんはまだ食事の提供を再開していない。まゆみのカレーライスも美味かったが、あんでるせんのレトルトのようなカレーもクセになるのだ。
私の整理番号は24番。この番号以降は25番の女性があるのみだった。満員は31名なので、まだ数名余裕がある。とすると、あれからさらにキャンセルがあったのだろうが、補充はしなかったのだろうか。
お客は例年にもまして女性が多い。カウンターはすべて女性で占められ、男性の数はわずかだ。ママさんがお冷を提供してくれ、しばらく経つと「小銭を用意してください」と言った。私は小銭のみならずお札も3種用意しているが、お店もずいぶん親切になったものだ。
私はお冷を口に含むと、さっそく配置となった。
私は立ち席のいちばん左。もはや私の定位置だ。男女の配置は以下の通り。

 マスター
 ○○○○○○
◎○○□○○○□
○○○○○○○○□
  ○○

ほどなくして、マスターがカウンターに現れた。
(31日につづく)
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2023年九州旅行・3

2024-01-24 14:43:14 | 旅行記・九州編
(21日のつづき)
宿の検索の話と前後するが、時刻は午後4時を過ぎ、いよいよ腹が減ってきた。吉松で食事を摂れなかったことがいまさらながら失点である。
リュックの中にはドライブルーベリーを忍ばせていたので、それを食べて空腹を凌いだ。
列車はえびの、小林を過ぎ、17時24分、都城に到着した。都城といえば、かつて星飛雄馬がキャンプで日高美奈と知り合った地である。だから「巨人の星」ファンにはなじみのある地名といえる。
とりあえず食事である。だが駅前にはこれといった食事処がない。しばらく歩くと国道沿いに「はま寿司」があった。しかし食べたい気分はラーメンと餃子である。だが、どこをどう回っても、ない。もう時間もないので、あまり気は進まないが、はま寿司に入った。
はま寿司は最近の回転寿司にあるように、ネタがレーンを回っていなかった。タブレットにタッチするとネタが運ばれてくるアレだ。
ネタは2貫100円が基本のようだ。「味くらべ」の類は3貫150円で、やはり1貫あたり50円をキープしている。
早速注文すると、ネタは小ぶり、シャリもそれに比例していたが、1貫50円と思えば腹も立たない。ほおばると、とても旨かった。
値段を気にする必要はないので、どんどん注文する。どれも満足いくもので、最後にホタテを注文した。これは1貫150円と割高だから期待したが、ネタはえっ?と思うほど小さく、期待外れだった。
それでも、合計16貫食べて税込990円は大満足である。また機会があったら利用しようと思った。
18時44分の日豊本線に乗る。ここからひたすら、鹿児島中央に向かう。車内では本格的に楽天トラベルで検索したが、吉都線のときと同じで、予約できない。それに加え、列車が僻地を走っているので、すぐにオフラインになってしまう。繋がってもアクセスが遅く、すこぶるイライラする。
そんな中、ためしにほかの旅行サイトもあたったが、初期の登録が面倒で、とてもこの車内で完遂できそうにない。
それと、車内の路線図を改めて確認したのだが、都城に行くには、鹿児島中央からより、宮崎空港からのほうが近いのだった。
宮崎空港にはJR宮崎空港線が接続している。つまり最初から宮崎空港着とし、そこから旅名人きっぷを使えば、前日に鹿児島空港からバス代1,200円を使う必要もなかったわけだ。
まあ吉都線乗車を現地に着いて思いついたから仕方ないとはいえ、ずいぶんな時間とチャージ金の無駄遣いをしてしまったものだ。
それよりきょう私は、どこまで行けばいいのだ。翌日の13時には大村線の川棚に着かなければならない。意外と私は、窮地に立たされているのではないか? いやこれはもう、きょうのうちに熊本までは着いていたい。
よって、このまま普通列車を乗り継いでいては到底間に合わない。どこかで九州新幹線を使うことは絶対だ。優等列車を使うと、特急料金のほかに乗車料金まで取られるのがシャクだが、それはもう仕方ない。
ためしに鹿児島中央から熊本までを検索すると、自由席で3,240円だった。これは意外と安いんじゃないか?
列車は鹿児島中央に着いた。ちょっと小腹がすいたので、何か腹に入れたい。
駅前に牛丼屋があったと思うので、向かう。ところがその場にはなかった。私の完全な錯覚で、表玄関の出入り口に牛丼屋はなかった。
駅に戻り、券売機で熊本までの新幹線切符を選ぶ。すると、乗車料金3,300円に、新幹線自由席料金3,240円が加算されていた。……!?!?
私としたことが、スマホでの検索のとき、乗車料金を見落としていたのだ。自由席の利用で乗車料金込み3,240円と錯覚していたのだから話にならない。
これは少しでも、普通列車を使わなければならない。私は終業間近のみどりの窓口に入り、時刻表で検討する。
すると、21時04分の普通列車で川内まで行き、そこで新幹線を利用し熊本まで行くのが最善と出た。こなら乗車料金2,560円+自由席新幹線料金2,560円で、〆て5,060円となる。
なお、さっき鹿児島中央で降りたとき、すぐに上り列車に乗り出水まで行けば、そこからの新幹線利用で済んでいた。出水→熊本は新幹線自由席利用で3,610円である。つまり、鹿児島中央で1本電車を乗り過ごしたせいで、1,450円の損となるわけだ。まったくバカバカしい。
鹿児島本線上りに乗り、21時57分、川内着。ここで35分の待ち合わせで、九州新幹線に乗り換える。最終1本前のさくら408号はガラガラだった。九州新幹線は多くがトンネルの中。しかもいまは夜で、窓外の景色は望むべくもない。ここは移動手段のひとつとして割り切るしかない。
問題はきょうの宿だ。熊本だからネットカフェはいくつかあるが、「快活CLUB」というところが幅を利かせている。ここの会員証は、まだ作っていなかったと思う。
あと、楽天トラベルを介さず安く泊まれるのは、東横インだ。熊本にもいくつかあり、現在も熊本アーケード街の近くに1部屋空きがあった。これはどちらを利用すべきか。
23時16分、さくら408号は熊本に着いた。
ところがそこから表に出るが、どうも様子が違う。熊本の豪華な駅舎が、スッキリしたデザインの駅舎に変わっていた。駅前もスッキリして、どこか別の地に来たみたいだ。いや本当に、私は出口を間違えたのかと思った。
自転車に乗ったオッサンを捕まえて事情を聞くと、駅前再開発があったようだった。同時にアーケード街までの方角を聞いたが、それは私の記憶と合っていた。
いやしかし、この時刻に熊本市内を歩くことになるとは思わなんだ。
しばらく歩くと、東横イン・熊本桜町バスターミナル前を見つけた。しかしここは満室のはずだ。でも行って、目的のホテルを教えてもらう。
アーケード街に入ると、快活CLUBがあった。東横インは予約をしたわけではないので、快活CLUBを利用してもよい。
ためしに中に入ると従業員はおらず、モニターですべて事足りるようになっていた。でも私は非会員で、カードを作る必要がある。それはインターフォンで従業員を呼ぶシステムのようだったが、もう面倒臭いので、そこを出た。
しばらく歩くと、東横イン・熊本城桜町通筋が見えてきた。はなはだ異例だが、現地で空き部屋の確認である。出川哲朗のバイク旅はバックにテレビ局がついているが、こっちは私ひとりの真剣勝負だ。
結果は空きがあったが、ツインベッドしか残っていない、とのことだった。ネットでの予約が安くなるならいまここから予約をしようか聞くと、それは必要ないとのことだった。
室料は、私がスマホで見たシングルの部屋よりは若干高いが、6,600円はまずまずだと思った。
時刻は0時を過ぎたが、私はすぐにチェックインせず、ホテルを出た。まだやることが残っていたからである。
(つづく)
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