へちま細太郎

大学院生のへちま細太郎を主人公にしたお話。

送り火

2007-08-16 23:16:57 | へちま細太郎
こんばんは、へちま細太郎です。

今日はご先祖様があの世に帰る日なんですが…。
「なんじゃ、この暑さは」
近衛少将様が扇で仰ぎながら文句を言いました。
「この冷蔵庫とか申す食べ物の箱は、涼しくてよいの」
と、関ヶ原のおじさんが、首だけを出してからだを冷蔵庫に入れて気持ち良さそうにしています。 そこへ、何にも知らないおとうさんが冷蔵庫を開けて、
「スイカ、ねえのかよ」
と文句を言いました。
…(-.-)。
ご先祖様たちは、ここぞとばかりにぼくのうちを歩き回り、気配を察したリカが部屋のすみっこにおしりを向けて座り込んでいましたが暑さには勝てず、扇風機の前に陣取っていました。
そうなんです。
今日はエアコンでは間に合わないくらいの暑さで、みんなバテバテでした。
「普通、幽霊がいると寒いと思うんだけど」
とぼくが言うと、
「拙者は幽霊などではござらぬ」
と、鳥羽伏見のおじさんに言われました。
「うっひゃっひゃ」
と変な笑いは鎧姿のおじさんで、すっかりテレビが気に入ったみたいです。
たいていのご先祖様はおうち?に帰ったみたいですけど、何人かはこうして残って、ぼくのうちの中でふらふらと遊んでいました。
夜になって、テレビで京都の五山の送り火を生中継していました。
「拙者、京で見たでござるよ」
鳥羽伏見のおじさんが懐かしそうな表情をしています。
「あの時は、藩の京屋敷に詰めていたのでござるが、よもや幕府がなくなろうとは思いもよらなかったでござる」
テレビの中では、『大文字』『妙法』『舟形』『左大文字』『鳥居』と次々に点火されて行き、僕たちはその素晴らしさに目を奪われていきました。
「これでご先祖様ともお別れだねえ」
とおばあちゃんがつぶやきました。そして、
「細太郎も、大変だったねえ」
と、隣にいる鎧姿のおじさんをじろっと見ました。
「見えてたのか」
ギョッとした鎧姿のおじさんが、びっくりして後ずさりしていました。
おばあちゃん、ご先祖様にも怖がられている…。
「何わけのわかんないこと言ってんの」
おとうさんとおじいちゃんは、ビールを飲みながらテレビに見入っています。
のんきな人たちだなあ
テレビの五山の送り火が消え始めたころ、
「さて、そろそろ参ろうかの」
近衛少将様の声が聞こえたと思ったら、いつの間にかご先祖様たちの姿がかすんで見え、
「世話になった」
と言う声ともに姿がすっと消えてしまいました。