
今日は会の小児医療講座を終えて、三男のお迎えに一時保育へ。
このカードをいただく・・・


なんでーと泣きながら尋ねると、だって最後よーと


委員会やシンポなどの度に、生後3ヶ月から預けてきた半年間。いつもむちゃくちゃかわいがっていただいた。先日の杉並メッセで先生方が来ていて、すぐに手を出した三男を見て、いつもどれ程かわいがってくださっているのだろう、と改めて知る。
「よく来ていた子ほど4月にはお別れなのよ、でも喜ばなくっちゃ」と寂しそうに話す先生、ありがとう


いつも時間ギリギリで設定してしまう私なので、お迎えは10分20分遅刻してしまうことがある。ごめんなさーいと延長の電話をかけると必ず、「慌てないでね」「ゆっくり来て下さいね」今日は特に「雨だからあせらずにね」と。
こういったひと言で母はどれ程救われることだろう。
人見知り絶頂の時期でも「最初は泣いちゃったけど、その後は楽しめたよー」と言われることの喜び。「ミルク全然飲めなかったのに、ずっとお利口に遊べたよー」と聞く安堵感。
無料で預けた別の場所で言われた「泣いて泣いてどうしようもない。子どもがかわいそうだ」という、その言葉の痛み。
本当にいい先生方と出会えて幸せでした。親子とも。
駅からすぐの、心のこもった保育の、まだわりと空きがある一時保育はコチラ。
これまで転園&引越もあって、子ども達を私立園に2園、区立園に1園、認証に1園、そしてこの一時保育、と5箇所に預けてきた。
さらに新たな入園を加えると、私立園が3園、区立園が2園、認証に一時保育で、7箇所だ、結構な数。あらためてカウントするとすごい数だなー。
いろんな園を見てきた。いろんな先生を見てきた。
でもやっぱり振り返って思うのは、余裕がある園、ゆとりがある園は子どもに優しい。ひとりひとりを見守ることができる。ひとりひとりの育ちを見守れる。
余裕がある、というのは、残念ながら金銭的なものに由来する。金銭的なゆとりがある、ということは、人的配置が多くなるからだ。
つまり保育士さんの数が多いということ。
残念な話ではあるが、どうしても医療法人や宗教法人のほうが金銭的なゆとりがある。
区立園の素晴らしさも知っている。先生達の質も素晴らしい。
でも、個人の頑張りではどうにもならないこともある。
お昼寝ひとつとっても(ほかにもいっぱいあるのだが)、どうしても、個々の、ひとりひとりの、その子にあったやり方、を考え、対応するには、人が必要だ。そこは区立園ではどうにもならないところ。
十分に理解しています。
理解している。けれど、どうなのだ?
区立園で頑張る先生が、ジレンマを抱えている。もっとしてやりたい、ほかの私立園にできることを自分達もしてやりたい、と望みながら、叶えられない、ジレンマ・・・
こういうことにしっかりと応えられる世の中であってほしい、よね・・・。
宗教法人や医療法人に入れてしまえばいい、の話ではない。
認可園に入れたのだから文句言えない、ではない。
まだまだ、これから。
三男の区立園、面接に行ったら、高校の1年生のときに仲良しだった友人が保育士さんとして働いていた。大学卒業してから保育の道へ進み直した話はちらと聞いていた、が、まさかの再会。(20年ぶり?)ジレンマいっぱい抱え奮闘していた・・・。
それにしても、最近こんな嬉しい再会ばっかりだなー
私が一番会いたいと切に、切に、願っている小1のクラスメイト「すずきみかちゃん」と小1の担任「のぐちひさこせんせい」に再会できる日も近いかなー
あなたの周りに、あなたの学校に「野口久子先生」いらっしゃいませんか?
当時25歳位だったから、いまは50代半ば位かなー
みかちゃんは結婚して名前が変わっちゃってるかなー
話、すっごい跳んでる
いつものことか!
・・・とこの記事だけ読むと誤解を生むかもと追記。
決して公立園批判を展開しているわけでは、決して、ない。
私自身は公立園ならではの伸びやかさやゆるやかさが好きだし、カリキュラムがちがちでないところが気に入っている。だからこそ、申請も公立園にほとんど出している。私立、公立、どちらがいい悪いの話ではなくて、そこで働く人たちがある程度の余裕を持って子どもと接することができる仕組み、であってほしいなって思います。それは病院も同じで。患者さん達に寄り添い、優しくできる位の環境、ゆとりがないと、ということと同じだと思うのです。
このカードをいただく・・・



なんでーと泣きながら尋ねると、だって最後よーと



委員会やシンポなどの度に、生後3ヶ月から預けてきた半年間。いつもむちゃくちゃかわいがっていただいた。先日の杉並メッセで先生方が来ていて、すぐに手を出した三男を見て、いつもどれ程かわいがってくださっているのだろう、と改めて知る。
「よく来ていた子ほど4月にはお別れなのよ、でも喜ばなくっちゃ」と寂しそうに話す先生、ありがとう



いつも時間ギリギリで設定してしまう私なので、お迎えは10分20分遅刻してしまうことがある。ごめんなさーいと延長の電話をかけると必ず、「慌てないでね」「ゆっくり来て下さいね」今日は特に「雨だからあせらずにね」と。
こういったひと言で母はどれ程救われることだろう。
人見知り絶頂の時期でも「最初は泣いちゃったけど、その後は楽しめたよー」と言われることの喜び。「ミルク全然飲めなかったのに、ずっとお利口に遊べたよー」と聞く安堵感。
無料で預けた別の場所で言われた「泣いて泣いてどうしようもない。子どもがかわいそうだ」という、その言葉の痛み。
本当にいい先生方と出会えて幸せでした。親子とも。
駅からすぐの、心のこもった保育の、まだわりと空きがある一時保育はコチラ。
これまで転園&引越もあって、子ども達を私立園に2園、区立園に1園、認証に1園、そしてこの一時保育、と5箇所に預けてきた。
さらに新たな入園を加えると、私立園が3園、区立園が2園、認証に一時保育で、7箇所だ、結構な数。あらためてカウントするとすごい数だなー。
いろんな園を見てきた。いろんな先生を見てきた。
でもやっぱり振り返って思うのは、余裕がある園、ゆとりがある園は子どもに優しい。ひとりひとりを見守ることができる。ひとりひとりの育ちを見守れる。
余裕がある、というのは、残念ながら金銭的なものに由来する。金銭的なゆとりがある、ということは、人的配置が多くなるからだ。
つまり保育士さんの数が多いということ。
残念な話ではあるが、どうしても医療法人や宗教法人のほうが金銭的なゆとりがある。
区立園の素晴らしさも知っている。先生達の質も素晴らしい。
でも、個人の頑張りではどうにもならないこともある。
お昼寝ひとつとっても(ほかにもいっぱいあるのだが)、どうしても、個々の、ひとりひとりの、その子にあったやり方、を考え、対応するには、人が必要だ。そこは区立園ではどうにもならないところ。
十分に理解しています。
理解している。けれど、どうなのだ?
区立園で頑張る先生が、ジレンマを抱えている。もっとしてやりたい、ほかの私立園にできることを自分達もしてやりたい、と望みながら、叶えられない、ジレンマ・・・
こういうことにしっかりと応えられる世の中であってほしい、よね・・・。
宗教法人や医療法人に入れてしまえばいい、の話ではない。
認可園に入れたのだから文句言えない、ではない。
まだまだ、これから。
三男の区立園、面接に行ったら、高校の1年生のときに仲良しだった友人が保育士さんとして働いていた。大学卒業してから保育の道へ進み直した話はちらと聞いていた、が、まさかの再会。(20年ぶり?)ジレンマいっぱい抱え奮闘していた・・・。
それにしても、最近こんな嬉しい再会ばっかりだなー

私が一番会いたいと切に、切に、願っている小1のクラスメイト「すずきみかちゃん」と小1の担任「のぐちひさこせんせい」に再会できる日も近いかなー
あなたの周りに、あなたの学校に「野口久子先生」いらっしゃいませんか?

みかちゃんは結婚して名前が変わっちゃってるかなー
話、すっごい跳んでる

・・・とこの記事だけ読むと誤解を生むかもと追記。
決して公立園批判を展開しているわけでは、決して、ない。
私自身は公立園ならではの伸びやかさやゆるやかさが好きだし、カリキュラムがちがちでないところが気に入っている。だからこそ、申請も公立園にほとんど出している。私立、公立、どちらがいい悪いの話ではなくて、そこで働く人たちがある程度の余裕を持って子どもと接することができる仕組み、であってほしいなって思います。それは病院も同じで。患者さん達に寄り添い、優しくできる位の環境、ゆとりがないと、ということと同じだと思うのです。
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