☆あまちゃんの毎日ガハハハ日記☆

三男児+夫との生活、代表を務める会http://shirouiryo.com/のこと、自分の日常を綴る日日是好日

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だから歴史は面白い

2011-09-18 07:11:54 | GYOGYO
本日、2本目ーやったー!

歴史好きなことを書こうとして、以前書いた交通事故にまつわる話を探してみる。
自分が書いたものをめったに読まないのだけれど、やっぱりこうして残してあるのはいいよねえ。
私のように時々携帯やPCが完全故障しちゃうひとには、写真も内容も貴重だわー。

こうして自分が書いたものを振り返ってみると、変わった部分もあるし、変わってない部分もある。
大きく変わったのは、昔は話の中心がお店のこと、だったことかな。

携帯が壊れましたーとかは、全然変わってないやね。

自分の書いた記事で、笑ってしまったり。
「龍さんが鍵を持って出て行っちゃったよ」

ツイッターもいいけれど、ブログもいいねえ。

で、本題の「小学一年生での交通事故」のお話はココココ、先生とのエピソードはココにもあるように、結構書いているので詳しくはここでは省略。

入院中、ヒマでした。

おさるのジョージ全巻買ってもらったり、日本の歴史全巻、日本の偉人全巻、買ってもらって読んだ。
(ジョージは親からだったけど、お見舞いの人に何がいい?と聞かれると、次の巻を答えるちゃっかりな小1女子。)

それから、歴史にはまり、中学時代はどハマリ。これも以前に書いたのだけれど、今でも卒業生から文章集めて文集作り(時々寄稿してます。)、自転車で配達している80を超えた社会科のツワモノ先生の歴史の授業が、大変に大変に面白かった、ということもとても大きいと思っている。

(同じ中学校にいて、三年生だった姉が歴史の授業がつまらないつまらない、と嘆いていて、その先生はただ教科書に書いてあることを黒板に写すだけ、と聞いて驚いたのだが、当時一年生だった歴史の時間に代行で来られた時にその授業を実際に受けて、本当に驚愕した・・・)

そんなわけで昔から歴史が好きで、いまでいえば「歴女」ということなのだろう。
何しろ高校3年の卒業旅行は、ひとりで高知・京都・長崎をまわった。それは「龍馬さんの足跡を訪ねる旅」
歴女?そんなかわいいもんでもない。

で、私が何を書きたいか、というと。

この歴史好きな過程で、気づいてしまったのだ。

「いま目の前にあることは、それが昔からそうであるかのように感じられることはあるけれど、実際にはそうではない」ということに。

ははっみんな、そんなの、気づいているからもしれない。

いまの時代と同じような時代も過去にあったり、その逆の時代も過去にあったりする。

歴史の中でそういうことは繰り返されている、ということ。

たぶんみんな気づいているかもしれない。

でも私には、このことはとても大きな意味を持つ。

いま現在の課題が、過去のどこかで何らかの解決方法でもって、解決されたことがある、ということを知るということはとても面白い。

例えば、男女が平等に近い時代、男尊女卑の時代、そういうものは時代時代で結構違う。
「日本は歴史的に男尊女卑だったから」みたいなことをいう人がいると、日本っていってもさあ・・・と思うのです。

平等、というと評価が難しいけれど、女性に大きな発言権がある時代とそうでない時代、とか。

昭和の時代にできていないことが江戸の時代にはできていたことも、たくさんある。

江戸時代にはそうでなかったことが、室町ならふつうであった、ということもある。

平成の時代ではすでに過去となってしまったよい習慣が昭和にあった、ということならわかりやすいかもしれない。

「できていない」というのはなんだか表現がよくないのだろうけれど、こっちをとった結果こうなってしまった、みたいなこと。

歴史の中に様々な課題は眠っていて、その度に奮闘した方がいて、解決していく・・・

だから、歴史は面白い、と思うのです!古くて新しい。新しくて古い。
そんなわけで?日曜日の20時は週に一度の決まったテレビを見る時間なので、連絡はそれを避けてください。苦笑。
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学校と先生と学童と・・・

2011-09-18 04:58:42 | 日々子ども
わーい、久しぶりに来れました。

なかなかブログにたどり着くのは険しい道のりです。

夜間はたいてい作業が立て込んでいるし、明け方は部屋を移動すると三男に気づかれるので、なかなか難しい。こうして来れるのは、とてもうれしいです。


いろいろと、書きたいことがたまっています。

日大光が丘問題は、後継先が決まりましたよね。(メッセージありがとうございました!日大と練馬区に送りました!)
とてもよい決着とは思えないですし、いろいろ心配は尽きないですが、注意深く見守っていく、ことが必要かなと思います。


今日は学童のこと、学校のこと、先生のこと、歴史のこと、豊かさのこと、が書きたいなあ。どこまでいけるかわかりませんが!

では早速!
いろんな学童があるし、子どもの性質、先生や館長にもよりますが、わが子にはとても合っているようです。

親としても、学校と家庭以外に居場所があるというのはとてもいいなあと感じています。

一年生の時は、「授業が面白くないから、学校の勉強がつまらない」と言っていました。
内心、またー・・・なんて思いつつ、授業参観行って、納得。長男よ、毎日のお勤め、ご苦労様です!と思いましたよー。

やや、批判じゃなくて、長い学校生活には、授業が面白くない先生なんて山のようにいますから、ハイ!
勉強自体がつまらない、と言っているのではないことは感じていて、国語や算数の面白さはわかっているようなので(スローだけど☆)心配はしていませんでした。

「学校はいやだけど、学童は好き」が口癖の一年間。「朝から学童行きたいよう、授業つまんないんだもーん」の一年間。

でも、二年生になって・・・バンザーイ!学校では有名な「いい先生」にあたる。

もう、違うの、全然違うの!「授業って面白いんだね!」と。おしっ。
授業が面白くなれば学校は面白くなる。なにしろ一日5時間、6時間だもの。親としても嬉しかったです。

この先生の授業の面白さは授業を受けなくても保護者会ですぐにわかりました。

今までの先生は、用意したプリントをすべて一言一句間違わず読むだけ。(や、確かに内容は大切なこと!)だもんで、保護者会に参加する親もどんどん激減していく・・・
今年の先生は、プリントに書いてあることは家で読んでください。それよりも、学校でのみんなの様子を話しますね!と。

昨年役員だったのでちょいちょい学校には行っていましたが、昨年子どもたちと先生が遊ぶ姿、を見たことがなかった。いつも教室に残り、先生もやること多いし、大変&当然。

しかし今年の先生は、休み時間は汗だくになって、あるときは鬼ごっこ、あるときはだるまさんが転んだ、あるときはサッカー、がちんこでやっている・・・

学校の様子を話すことなどなかった長男ですが、今年になってから格段に増えました。それもほとんど先生のオバカエピソード!

そんなこんなでいやいやだった学校が楽しい場所に変わったのは、本当によかったです。

この先生は出版社にいて、その後特別支援をずっとやってきた先生なので、この先生がかなりスペシャル、ということはわかっていて、6年間でまたとないチャンスかなーとも思っています。もう一年くらい受け持ってもらえるとうれしいのだけれど。

で、そんな学校、そんなまたとない先生なのですが。
よく叱られています。
「一番怒る生徒のうちのひとり」と言われています。

悪さをして怒る、のではなくて、話を聞いてなくて怒られてます。納得!!!

忘れ物も多いし、夢中になるとあっちの世界に行っちゃうし・・・親譲りです。

それで一学期が終わるとき、あゆみ(通信簿みたいなもの)を渡されるのですが、
長男からこんなひとこと。「学童にもあゆみがあったらいいな」
「学童にあゆみがあったら、○(まる)ばかりなんだけどなー」

ははは。授業態度が悪いものね・・・学童には授業がないものね・・・

そして、そのことを「ひとつのエピソード」として笑いながら学童の先生に伝えました。
すると翌日・・・




こんな素敵なものが届きました。

めっちゃ小さい、けれど、優しい気持ちのこもった「あゆみ」

本当に嬉しかったです!見るたびに泣いてしまいます。
この日の連絡帳には「楽しく嬉しいお話をありがとうございました。あんまり嬉しかったので、このような物を作ってみました!」

そして私が「感動しました、ありがたくて見るたびに泣けてしまいます」と書くと
翌日の連絡帳に「職員はみんな○○くんのファンです!」と。

学校だけの評価だったら、それは決して「素晴らしい」ものではないけれど(苦笑・先生も「皆と仲良くできる性質」はもちろん誉めてくださいます)、どこかで心の底からの大きなマル、を親以外からももらえる長男は幸せだなあと思いました。

おっと、呼ばれてしまいました。時間切れです。
歴史と豊かさのお話はまた次回・・・
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日大光が丘病院撤退問題

2011-09-02 03:06:34 | 医療のこと
報道でもかなり見受けられるようになってきましたが、日大光が丘病院が撤退する、後継先が決まるのが今月中旬~下旬、ということになっています。

この問題に骨身を削って取り組んでいらっしゃる駿河台日大病院小児科・齋藤先生は

「現在の小児医療体制(日大光が丘病院小児科は、年間8,000~10,000人の夜間小児救急患者に対応し、それを総計20名以上の小児科医で維持している)を引き継ぐことは100%不可能です。この事は練馬区も練馬医師会も認めております。」

今日齋藤先生にお会いして来ましたが、練馬区内では日大光が丘でしか行われていない医療処置が多いこと(小児の問題だけではまったくありません!)、それを後継先の医療機関が引き継げるわけはないこと、日大光が丘から近い順天堂は年間の受け入れ小児夜間救急の人数を区切っており、それ以上については受け入れ不可、としているそうです。(そうでないと維持できない現在の小児救急体制は、十分に理解できます。)

目を真っ赤にして「あと数10分早ければ、あと数時間早ければ、助かったのに、という命をたくさんみている。そこで泣き崩れる親御さんをたくさんみている。そういうことをできる限り、起こしたくない。その現場を一度でも見てくだされば、双方のトップのお気持ちも変わるだろうに・・・」と。

また「今回の日大光が丘病院が撤退して、現在後継に名乗りを上げている医療法人の選定が決定した場合、練馬区だけでなく、東京都北西部と埼玉南西部の小児医療に深刻なダメージを来すため、この理不尽な撤退騒動を何としても食い止めないといけません。」

練馬の問題だけではありません・・・
取り返しのつかない重大なことが起きています・・・

現状を変えることは非常に困難なのかもしれませんが、(しかし諦めることはできません)現状を知り、住民みんなで関心を傾け、最後の最後まで共有しなければいけない、と
思います。

私たちは、「いち病院を守ろう」という活動はしていません。だから、存続ありき、の話ではありません。

日大存続ありき、ではなく、そこに住む、利用するひとが困らない道であるのならば、それでよいと思うのです。(それが日大存続、ということだといまの医療体制では
思いますが)

7月15日に問題点が明らかになってなぜこのギリギリまで私が動かなかったか、ということについてはいくつか理由があるのですが、後継先にしっかりとしたところが出てきて、それがしっかりと引き継ぐならばそれもよいのではないか、と考えていたこと(しかしそうではなかったこと)、やはり練馬の利用者のお母さん達から沸き上がってくる
ものが最もいいのだと思っていたこと、などなど・・・です。

現状を変えることは困難ですが、私たちがどんな思いでいるのか、利用者や利用者でなくても心を痛めている私たちがどんな気持ちでいるのか、知っていただくことだけでも進めたく思います。

是非、皆さんからの「ひと言メッセージ」、お願いいたします。
ama_kyo@@ag.em-net.ne.jp
までお願いします。@をひとつ削ってくださいね★

「出産育児一時金直接支払い制度」のときのように、すべてが逆転してうまくいく、とは思っていないのですが・・・あのときは担当してくださった方々が本当に心ある方だったので・・でもあの時だって逆転できると思っていたわけではなかったので・・・諦めず、できることをやろうと思います。
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