☆あまちゃんの毎日ガハハハ日記☆

三男児+夫との生活、代表を務める会http://shirouiryo.com/のこと、自分の日常を綴る日日是好日

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それぞれの役割、それぞれの時期

2011-03-23 05:26:41 | 携帯からの投稿
保育園も自粛が解け、元に戻りましたが、会議が軒並み中止となっています。最初からそんな会議、必要じゃないんじゃないか、という批判も見ましたが、そうかな?とても大事なことだけれど、まずは、の順番なんじゃないだろうかとわたしは思っています。

空いた時間に、と思い、ちょこちょこと短い時間ですが、支援活動のお手伝いへと。
実際に身体を動かして、参加してみると、やっぱり自分が元気になります。元気になる、というか、気持ちが落ち着くというか。
私には特別な資格はないので、荷物の仕分けだとかあとは少しお喋りしたり、です。個々の体験をいまは話したい、という方がたくさんいることも感じます。

でも、本当にこの先は長いのだと感じます。
だからこそ、休めるときは休もうと強く思います。

みんなそれぞれの役割がある。時期がある。
ゆっくりと息を切らさぬように、それぞれの時期に、それぞれの役割で、みんなが(すでにある意味では)関わっているんだから、そんなに焦らなくていいし、むしろ焦らない方がいい。

力を蓄えている人がいれば、それはとても素敵なこと。重要なこと。
みんな、それぞれに必要な「いま」を乗り越えて、急いで頑張った人が疲れたら、ゆっくりとゆったりと構えた人が出て行く。またその人たちが疲れて帰ってきたら、また・・・交替交替で。現地や避難所、に行くことだけじゃなくてね。いろんな支援について、思います。願ったり祈ったり。

疲れてポキっと終わり、じゃないようにしたい。

みんなが抱えているもの、時期や役割やその比重や・・・みんなそれぞれなんだけれど、それぞれでいいし、誰も、だーれーもー、間違ってなんかいない。大変さは比べるものではないし。

みんなそれぞれの思うところ、でいいんじゃないか、と。

小児医療の講座も行いました。

世田谷の母&子が集う温かな場所、
キッズスペースぶりっじ@rokaにて

本日の講座は、通常の内容(救急に行くべきときとホームケア)に加えて、予防接種全般、そして保育園でかかりやすい病気、さらに災害時の感染対策、そして放射能のことまでと幅広く、なおかつ皆さんがとてもいま知りたい内容となりました。

直接、いろんな材料を得て、じゃあ、我が家はどうしようか?と考える。
災害時のこと、予防接種のこと・・・
不安や悩みを口に出し、みんなで考える。シェアすることの大切さ、を感じました。

いまの時期だからこそやってよかった、と改めて感じました。

24日はゆったりーの講座もあります。
こちらも延期とせず、開催いたします。
お近くの方はどうぞご参加ください。
ネットの情報に惑わされず「直接聞くこと」の大切さ、を改めて感じました。

コメント

家族会議

2011-03-20 06:32:10 | 携帯からの投稿
緊急時にどこに避難するのか、大切なことなのに、何となく近隣の小学校でね、くらいで、済ませていました。

日中わが子達3人それぞれがべつべつの場所にいるので、しかもそれぞれの指定された避難場所がなかなかどうして、遠い。緊急時、誰が、誰からお迎えし、そして最終的にどこに集まるか、を決めました。

地図を広げてルートを確認。

長男にも大切なことを連絡。ひとりでいるとき(学童からの帰りなど)地震にあったら、どうするか、といったようなこと。
そして、地震の日、たまたま早帰りなんて約束をしていて、けれども電車が止まって帰ってこれない私を家の前でひとり待ってしまうようなことが起きないように。

普段は近所にいることが多い私ですが、遠方に行くこともしばしば。そんな時はお迎えどうするか。携帯の連絡がとれない場合、どうするか。学童が一緒のママ、保育園が一緒のママ達とも連携を確認しあう日々。ありがたいです。

大切なことに気づく日々です。
今までどれだけ電気を無駄にしてきたか。東京の夜空が昨日は少しきれいでした。月も祈って見えました。
これくらいで、ちょうどいいのかもしれない。

昨日は学童のお別れ会(4年生は卒会)があった。思いっきりドッチボール大会、楽しかった。昼食はご飯にから揚げ、コロッケ、を例年は用意。今年は、どれもいつものお店からは人数分調達できなかった。ほかのお店からかき集めることもできたけれど、それをせず、残ったお金を被災地に。みんなで祈った。

先生がどんなことが起きても、最後の最後まで子ども達を守ります、と涙ながらに。ありがたい。ありがたいよ・・・。建物に亀裂が生じ、耐震を見直す中、先生方にも疲れが。少しでも休んでくださることを願っています。

コメント (2)

いつもよりほんのちょっと

2011-03-19 05:45:43 | 携帯からの投稿
いろいろ言葉が足りなくて、立場立場によって、誤解を与えているかしらん。ごめんなさい。

ずーっと一緒にいることがいい、とは、全然思っていない。うちも自粛が解けてからは(自営業だから、長めに!とお願いされ。今も昔も自営業。笑)、元気に保育園に通っています。

ただ、一緒にいられる時間は、その時間とエネルギーは、いつもより丁寧にできたら、と。自戒を思いっ切り込めて。

そもそも、私が「子ども達」という言葉を使うとき、それは子ども達全般であることと、我が子、であることが紛れてしまって、誤解を与えてしまったかな。

子ども達、と使うときは、たいてい子ども達全般、という意味で使っている。

我が子だけじゃない、友人の子だけじゃない、子ども達みんな。
みんなみんな。

なんだけれど、いまは特に関わるみんな。目の前にいる、みんな。

目の前にいる多くの子ども達の地震やその他で傷付いた心を癒したいと願いながら、自分が傷付いた心を癒されている、と感じる日々です。

いつもよりいっぱい笑って。いつもよりちょっと優しい口調で。いつもよりちょっとお膝多めで。いつもよりちょっと絵本や物語多めで。

そんなことを思い願いながら、やっといつもと同じを保っていられる…そんな自分です。

マザーテレサも言っていた、一番難しいのは、最も身近なひとである、身内に優しくすることだと。たくさんの子ども達に関わりながら、そこは私も忘れたくない。

大人との会話も本当に必要で。短くても、これに一番、救われてます。短くてもいいから、会って会話を!

来週は芦花公園と神楽坂で講座予定。電車はまだ不安定だけれど、お近くの方は、よかったらお越しくださいね。
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東京都(福祉保健局)で救援物資の受付開始 3/17

2011-03-18 02:09:50 | GYOGYO
私のところに救援物資についてメールをくださった方が何名か。

その方々に適切なところを、と思いながら、なかなか人に勧めるのは難しいことでした。間違った先であったらいけない。けれど足りないのも事実。と。

阪神淡路の教訓、として「すぐに行くな」ということがだいぶ言われていたのですが、今回は未曾有の災害、しかも「点ではなく面」の災害、とにかく物が足りない・・・と報道でも繰り返されています。(昨日はちゃんとTVを見ました。とくダネの報道、素晴らしかったです。)

確かなところでないと、人には教えにくくて。
本当にたくさん届くチェーンメールのように二次災害などになると嫌なので・・・

それで遅くなってしまって、ごめんなさい。

東京都福祉保健局から出ました。
個人からの救援物資、受付開始です。

東北地方太平洋沖地震に伴う東京都の支援について
東北地方太平洋沖地震に係る東京都内からの救援物資を受け付けます

こちらもご一読ください。阪神淡路大震災と何が違うのか。

日本ユニバーサルデザイン研究機構ユニバ震災対策本部

■被災地からの報告 阪神震災とは違う実情







神様仏様はいつもどっかから見ていて、昨日は私を元気づけようとしてくださっていたのを感じる。偶然が多すぎでした。
いつも通らない道で偶然会えたJUNJUN、同じ保育園なのにめったに(まだ一年間で3回位?)会わないSAIちゃん、高円寺陸橋にいると言ったら全然別の場所にいたというSYRIN、ひととき保育そらで偶然久しぶりに会えたNgiさん、そしてTkaちゃんの愛すべき姫たち・・・
みんなと会えて、泣いたね。そして、本当に元気をもらいました。

何か足りないものはと気にかけてくれるYossiからメールがきたのと同時に、義実家から地元野菜の宅急便が届いたのも涙でした。ありがとう。

みんなに愛されている、みんなに支えられている。

だからこそ、この場所で精一杯いま自分の目の前にいる、関わるすべての(そんなに多くないんだけど!)子ども達に愛情をたっぷりと注ぎたい、と思います。とか言って、子ども達から愛をもらっているんです

コメント

自分の場所へ戻ります

2011-03-17 03:36:18 | GYOGYO
皆さま、お元気ですか。

様々な場所から、『三人息子抱えて、間違いなく夫は不在で、どうしたか?』ってご心配いただいて本当にありがとうございます。

幸いとても近くにいたので、すぐにお迎えに行くこともでき、無事でした。

あの日、締切が間際な原稿をいくつか抱えてとっても焦っていたんです。
でも結局、あの日から、仕上がってないまま日々が過ぎてしまいました・・・。ご迷惑をおかけしてごめんなさい。近日中に、必ず。自分の場所で、丁寧に、伝えられることを伝えます。

子ども達とは、いつもの日常を過ごしています。
子ども達がいなかったら、こんな風にはできていない、と思うんです。(ほんとはそれじゃあいけないんだけれど。)TVのニュースを見ちゃうだろうし、それでいろんなものを負っちゃうだろうと。
「9.11」の経験があるから、見続けることはしないけれど。(1ヶ月間、仕事を休みました・・・)

地震翌日から公園で戯れていました。一日中公園にいたけれど、誰も来なかった。
そりゃあそうですよね。みんな帰ってこれるかこれないかだっただろうしみんなへとへとだった。余震もあったし。

けれど、私にできることは、この小さな目の前にいる子ども達を守ることだ、と思っていたので、与えられた命を、与えていただいている日常を、きちんと守ることだ、と思っていたので、いつもと変わることなく、過ごしています。

あとは夕ご飯の前に東北や茨城など・・・にいる人のお話をして手をあわせ、祈って。家族みんなで節電を心がけて。

TVはほとんど見ていません。たまにNHKをほんの少し。情報は必要なときにチラチラチラっとツイッターから得ています。(いっぱい言われているだろうけれど、災害時に携帯での連絡がつかない中、ツイッター、本当に有効でした。うちも早速夫にアカウントとってもらいました。是非始めてね。)

TVをつけると、映像で見てしまうと衝撃が大きすぎて、もちろん思いをはせることは大切だとわかっています。どれだけの困難を抱えていらっしゃるか。想像すると、本当に苦しい。

TVを見た一昨日、夜中の3時から6時まで吐き続けました。「ほかに症状がないから何か(食べ物)にあたったんだと思う」って話したら、「あなたのことだからそりゃあないと思う」ってきっぱり否定してくださる方。


自分が子どもの頃、ハリネズミみたいでした。ハリネズミみたいに全身からとげとげの神経が出ていて。

小さな頃は本当に生きにくくて。
敏感で、これでもかと繊細で、いろんなものを感じとりやすかったから。
ハタチくらいから鈍感なふりをすることを覚えて、感じ取っているものを感じ取っていないふりをすることを覚えて、少~し楽になったんです。そうしたら、そうしているうちに、本当に鈍感になってきた

たくさんの針は今ではすっかり丸くなって、どんどん抜け落ちた感じ。
こんなことも気づかなくなったんだ、とあとから気づいてびっくりする始末

でも私、ほんとに生きていて、どんどん楽になっていくんです。
いまはほんとに生きやすい。


3人産んでよく「肝っ玉母ちゃん」なんて呼ばれていますが、いまどんな風に思ってもらえているかわからないけれど、肝っ玉なんてほんとはめっちゃ小さいんです。

そんなわけで(どんなわけじゃー)
子どもって繊細だと思ってしまう。大人より何十倍も何百倍も、いえ何千倍も、感じ取っているはず、と思ってしまう。
(それは自分の考えなのでよくないとは思っていて、みんながみんなそう、では決してない。鈍感な子どもがいるなら、それはそれで素晴らしいし、生きやすいだろうと思う。)


だから、いつもよりいっぱい子ども達(うちの子だけじゃない、地域の子ども達、友人の子ども達・・・みんな・・・)に時間もエネルギーも注いでいたい。いっぱい傷ついている。怖がっている子も多い。と思う。いろんな症状が出ている子もそうだけれど、表面的になにも出ていない子も。


だからこそ、いま目の前にいる子ども達を守りたいと。

目の前の食事にただただ感謝して、いまある電気や水道に感謝して。

今ある命にひたすらに感謝して、東北の人に思いを馳せて祈る。

ありがとう。

ほんのちょっと時間が経ってしまったけれど、自分の場所へ戻ります。それは、子ども達を守る場所だった・・・。(←3/17追記*小児医療を守る場所、の意です。わっかりにくー。)



ひとつとっても嬉しい出来事が。
今まで同じマンションの中には、挨拶を交わす程度しかお知り合いがいなくてそのことをとっても残念に思っていました。

それが今回の地震をきっかけにお二方と繋がって。緊急時だけじゃない、日頃からお世話になりあおうって。お醤油、借りに行っちゃうぞー。嬉しかったです。




自分の子ども達と十分に一緒にいることを許されず、消防や自衛隊で現地へ出向いたり、医療現場その他で働いている方々、友人・知人達、本当に本当にありがとうございます。
親の愛情はもちろん大切だけれど、それは伝わっているから。愛情は父から、母からだけ注がれるものではない、と思いたっーぷり注入します
コメント (2)

人に助けを求める、ということ

2011-03-04 03:46:15 | GYOGYO
ひな祭り、でしたね。

桜餅、美味しいですよね~。
お茶をいれて、桜餅。夕飯の後に幸せなひとときでした。
近所の和菓子屋さんたら「たい焼き封印しての桜餅に全力投球」とか。その意気込みに連日購入。笑。

特別何もしないけれど、ほんのちょっと取り入れるだけで季節を感じるし、楽しい気持ちになるものです。

ってああああ!!!こんな書き出しだから、いけないんだ!!!

今日も言われました、初対面の方にツイッターの私、「おすまし」って。実物のほうがよい、と。白衣着た天使状態よーと。泣。そんなキャラじゃ全然ないのにー。残念なり。

以前もブログで「おすまし」を指摘されたことがあります。
会ってみるとずっとよかった、と。

えええええ、そんなブログ、お高い感じ?
おっかしいなあ。

残念なり。

話は変わって。
昨日から「人に助けてもらうこと、人に助けを求めること」について考えています。
自分は「いつでもお手伝いに行くよ」と言っているのに、自分が困ったときは口に出せないということ、について考えています。

捻挫をしました。超痛い。信じられないくらい痛い。夫を馬鹿にした罰か?と。接骨院の先生もびっくり、あっという間に治りつつありますが、象みたいに腫れて、地面に足がつけられない。ハイハイして移動。でも、二園のお迎え・・・。しかも雨・・・。

実姉にすら、頼めない自分。実母なんて、尚のこと!

笑っちゃいます。

だって、多忙なんだもん。超多忙な実家。翌朝早いのも百も承知。そんな中で頼めない。

だから姉からの「行くよ」にほんと救われた。

「困ったときに言ってね」「できることがあったら言ってね」じゃダメなんだ。

「いま行くよ」「来るよ」へっ?笑。

もう一度自分と大事な人との関わりについて見直してみよう。

ダメなんだ、ダメなんだ。もう一歩踏み出さなくちゃダメなんだ、自分!おしっ。

それからそれから、「ヘルプは必要なのに家に入ってきてほしくない心理」とは、自分にはないものなので、なぜだろう?って考えています。

身近な人ならいいの?身内ならいいの?友人まではOK?知人レベルは?
知らない人は嫌なのかな?

あれこれ考えています。

何となくここに大事なことが隠されている気がしているので。

うまく言えないのだけれど、頑張りすぎじゃないのかな。

よかったら掘り下げて気づいたことがあったら、シェアしてください。私ももうちょっと考えてみます。

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