霜恋路日記

【しもこいじにっき】
ロマンチックな名前「恋路」という場所においての出来事です。これは正真正銘本当の地名です。

御用土場跡(船着場跡)

2009-04-30 14:01:14 | 歴史/古文書
 「五万石でも岡崎様はお城下まで船が着く」とうたわれた御用土場跡の五万石船の石像が建っています。
 当時は帆掛け舟で城米や領主廻米の積み下ろしがされた場所がこの一体でした。
 今この菅生川(乙川)の河川敷は広くなっていてこの日はゲートボール大会で100人ぐらいの人々が集まってきて大会を6面か7面に展開して戦っていました。

210307

名前のわからない花

2009-04-30 08:54:22 | 園芸
 今花壇に純白の可憐な花が咲いています。特に植え付けした記憶は全くないのですがこのように純白の花2輪を咲かせています。

 名前の分からない花ですが、美しいので雑草ではないと思います。きちっとした草花だと思います。花の名前が分かる人はすいませんが教えてください。

スイミングぅ~25

2009-04-30 08:43:24 | 健康
 月曜日(4月27日)の朝早くからジムに行きました。いつもの人が来て泳いでいます。老夫婦で来たりおばあさん一人できたりといった感です。

 さすがに年寄りの女性一人が圧倒的に多いです。コース一杯ですので今回も相コースで1000mのスイミングと1000mのウオーキングをして帰りました。
 トータル124キロ進みました。

浄瑠璃姫供養等

2009-04-29 13:52:47 | 歴史/古文書
 史実かどうかは不明であるが、源義経が鎌倉に上るとき、一夜を重ね、その恋しさに、乙川に身を投げたという伝説の姫の供養塔です。
 
 江戸時代に浄瑠璃に関わる人たちが発起して建立したのではないでしょうか。供養等の前にそれらしき太夫さんの名が見られました

六所神社拝殿

2009-04-28 13:01:55 | 歴史/古文書
 朝早かったのでしょうか宮司さんたちは事務所の掃除をしていました。ここの観光パンフレットを、宮司さんからもらいました。

 パンフレットに寄ればこの神社は元は松平初代の親氏(ちかうじ)が奥州塩釜六所大明神を松平郷に勧請したのが始まりで7代松平清康が岡崎に移してここにあるそうです。したがって9代元康(家康)の誕生の時は産土神として参拝を受けたそうです。

 造りは三間流れ造りの本殿と前面に千鳥破風の屋根をつけ向拝は向い唐破風をつけた入母屋造りの拝殿が目に付く、奥には幣殿・本殿があるのです。

 寛永11年(1634)の改築で重文指定されています。いやはや朱塗りの派手なまた彫刻も美しく華美なイメージの神社です。まさにブレイクダンスなどすればぴったりでしょうか。

213.7

 21.3.7

六所神社楼門

2009-04-27 12:38:17 | 歴史/古文書
 名鉄の東岡崎駅南口を出て歩いて5分もすれば松並木の参道と鳥居が見えてきます。この神社の楼門階段は急傾斜でビックリです。

 なんでも江戸時代は5万石以上の大名しかこの階段は登ることが許されなかったという由緒ある階段です。

 この楼門は入母屋造りのとち葺きです。とち葺きというのは厚さ1.5~5ミリのスギ・ヒノキ・マキなどの板を3センチぐらいに重ねて屋根を葺く杮(こけら)葺きと同じように厚さ9~30ミリの厚さの割り板で屋根を葺いたものです。

 江戸初期貞享5年(1688)の作成で朱塗りの門で、あでやかさが光ります。
 随身は門に置く場所はありましたが居ませんでした。

21.3.7

吉良仁吉のタンス

2009-04-26 11:33:44 | 歴史/古文書
 この写真に見える帖ダンスは今の西尾市寺津港を仕切っていたやくざであり役人でもあった大親分・寺津の間之助から一家を設けるときにもらったタンスといわれています。

 清水次郎長もここに逃げ込み渡世の人となった。仁吉も間之助や次郎長に弟子に入り22歳で一家を構えたといわれています。

 この遺品は源徳寺にあります。

吉良の仁吉の墓

2009-04-25 16:22:51 | 歴史/古文書
 三重県鈴鹿市の荒神山での伊勢神戸(かんど)の長吉と桑名の穴太徳(あのうとく)衆との縄張り争いで吉良一家が清水次郎長の応援を得て伊勢神戸(かんど)の長吉への加勢の出入りの戦のとき鉄砲に撃たれて死んだ吉良一家の親分吉良の仁吉の墓が山門を入っていくと右側に大きくありました。

 このお寺は山すそのあるのでなく街中にありますのでからっとした明るいところにその墓はあります。

 時は慶応2年(1866)4月8日仁吉28歳の若さの盛りのときでした。穴太徳の養女を嫁にもらっていたが離縁して伊勢神戸(かんど)の長吉に義理を立てています。

 明治維新直前の出来事です。尊皇攘夷とか開国とか世間ではにぎわっている最中にやくざの争いはあるのですね。

源徳寺参拝券参照