霜恋路日記

【しもこいじにっき】
ロマンチックな名前「恋路」という場所においての出来事です。これは正真正銘本当の地名です。

チイーチイー蝉

2008-07-31 20:32:03 | 園芸
 このニイニイ蝉は地方ではチイーチイーゼミともいう。雄はチイーチーーと泣き始めていくのでそう呼ばれるのかもしれない。

 鳴き始めはジージーチイーチーーミーンミーンとも聞こえます。いずれにしても澄み切った高音で鳴くので本当に岩に染み入る蝉の声と比ゆされた気持ちも分からないではないと思いました。

初めてのトウモロコシ

2008-07-31 20:11:05 | 園芸
 「語るも涙聞くも涙」のトウモロコシです。大げさですが3年目にしてようやくこのようなトウモロコシが収穫できました。

 1年目は苗を植え付けはしたのですが水遣りが悪く枯れてしまいました。2年目はもろこしができたのですが「ヤングモロコシ」の状態でカラスや鳥に全部食べれれて全滅してしまいました。3年目に初めてこのように黄色く実がついています。初めてのトウモロコシを早速湯がいて食べたところ甘くてとてもおいしく、特に細君は3年目でようやくできた事に感動し嬉しがって「おいしいおいしい」といって食べていました。

 育てて技術を身に付けるというか、要領を飲み込むということは時間がかかるのですね。何せ年に一回しかできないことですからねーーー・・・・。

ニイニイ蝉

2008-07-30 20:15:16 | 園芸
 今年は農園にこのセミたちがたくさん鳴いています。日陰に座ってせみの声を聞きながらぼんやり過ごしていました。カメラを近づけても逃げません。

 蝉もぼんやりと木陰で休んだり餌をすったりしているのでしょう。

祇園祭中日

2008-07-29 19:25:10 | 随想
 今日は7月24日です。祇園祭の中日ということで出店も出て多くの賑わいがありました。そうです総踊りがありまして【大内の御殿様】という民謡を曲にして各企業や団体がその曲にあわせて踊り練り歩くのです。

 総勢約1300人ぐらいの人の踊り手でした。

 ただ踊るのみで踊りの好きな人は一生懸命に踊っています。逆にいやおうなく数あわせで出場した人はあまり楽しそうに踊っていなく義理で踊っているように見えます。

 もう少し企画運営に工夫を凝らせばいいのになーと見ながら思いつつ「踊り連中」を見てしまいました。「踊る阿呆に見る阿呆」といった心境になることが一番楽しい祭りの参加の仕方でしょうが・・・・????

ガルテンの住人

2008-07-29 09:32:37 | 園芸
 いつごろか今年の初夏のことでしょう。いつとはなしに行くとこの住人が居るのです。初めはメタボリックメな中年のおじさん2人でしたが昨日は可愛い少女がまた一人増えているのです。誰の仕業が見当はつくのですが。

 趣味が悪趣味と云うか少女趣味というか呆れます。

青いぶどう

2008-07-28 09:10:45 | 園芸
 昨日は、アンデスレッドの収穫と、秋用のアンデスレッドの植え付けを同時にしました。

 また果樹では、温州みかんの枯れ枝の選定や柿などの害虫防除を行う特に柿葉の裏に住んでいる毛虫はスミチオン防除でいちころでした。

 農園に居ると雑草の防除や水遣りと忙しくく休む暇もありません。疲れるとブドウをもいで食べるのですがもう黒くなっている粒を獲って10粒ほどを食べたがおいしく疲れが取れるのです。義兄にも5個進めて無理やり食べさせました。

 トマトやナス、真桑ウリ、カボチャなども収穫して帰りました。

蝉の抜け殻

2008-07-27 09:03:28 | 園芸
 一昨日はクラインガルテンに泊り込みをしました。歓迎会が終わって風呂にはいり夜行きました。さすが農園は冷気が漂って11時頃には寒くなり私は2階に上がり布団を羽織って寝ました。

 朝は7時には農作業に取り掛かり、アンデスレッドを収穫す。しかしアンデスレッドは収穫時期が過ぎていたため土中でほとんどは芽を出しているではないか。

 すでに芽や茎の出ているものはそのまま植えつけて秋どれのアンデスレッドとして土に戻してやりました。

 収穫時期にはきちんと収穫するのが野菜作りの鉄則なんですね。素人は第三者が収穫期が過ぎても獲らずそのまま置いておいても保存できるといわれたので信用して2ヶ月も獲らずのおいたままにしておくとこんな始末となるのです。

 あわててアンデスレッド用の畑畝づくりをするなど忙しい一日となりました。

 しかし暑い夏の盛りですので汗をかいてはハーブ風呂に入るなどのどかに過ごしました。ハーブ風呂は昼と夜と2回入ってすっきりとしました。ハーブの香りを嗅ぎながら青い空と森を見ながらの風呂はいいですね。癒しの空間となります。

 夕暮れに農園を見て歩くとこのように「あぶらぜみ」「にいにいぜみ」など蝉の抜け殻を見つけられます。

黒地蔵菩薩

2008-07-26 09:56:11 | 歴史/古文書
 この黒地蔵は山口市堂の前というところにある。万福寺というお寺の本尊であるが万福寺の由来は定かでない、いづれにしても室町時代以前からあったお寺であろうが今は境内も狭く街中に目立たないようにあります。

 この黒地蔵は本当に黒色です。黒の漆が塗られているわけです。案内板によれば像高116.0センチ、右手を頬に当て、右ひじを立て左足を踏み下げる姿勢をとっている。ヒノキの寄席きつくりであるとのこと、この地蔵菩薩は南北朝から室町期にはやった地蔵で延命地蔵といわれていたという。

 この地蔵は天文19年(1550)大内義隆が願主となり京都の院派の仏師覚継(かくけい)が製作したものという墨書が頭部から見つかっています。大内義隆の晩年期の遺産といえましょう。室町時代の製作がはっきりしている仏教彫刻の基準作となっています。

 この万福寺は龍福寺の末寺であり大内義隆が龍福寺を当時大内家の主たる祈願所としていたのである。そういう事情でこのお寺に寄進をしているといえよう。

 この仏像の頭部内には「山口市史編纂だより」によれば次のような墨書が書かれています。
 寿命長遠 
 子孫繁昌 心中所願
  皆令満足旨
  如件
 天文19年庚戌3月9日
  従二位行兵部卿
  兼太宰第弐
  多々良朝臣
  義隆  

 □□□加持
 

閉店間近の百貨店

2008-07-25 08:56:51 | 交流/講演
 地方の百貨店は大手のスーパー系の大型店や大型商業集積施設の相次いでの進出があって年々売り上げは減少していき経営を支えきれなくなってきている。

 少子高齢化といった国内消費の盛り上がりを欠き今後も大きく拡大できないなか、競争激化の試練の真っ只中で息を引き取った形になっている。

 スピードの速い経済社会のなか企業生存は30年といわれていますが153年も続いたことはよくがっばたといえましょう。

盛者必衰

2008-07-24 08:14:24 | 随想
 盛者必衰、驕れるもの久しからず、生あるもの必ず滅す。とはいわれていますが、いよいよこの町の小さな百貨店が8月31日を持って本当に閉店するのです。

 昨日は、その百貨店の歴史を紐解いた写真展示会に行ってみました。安政2年(1855)に呉服店として創業した独立系の百貨店でした。創業から153年の長い歴史に幕を打ったのです。

 老舗を守っていくということは難しいですね時代の潮流に乗った経営資源の投資をしないと投資効果も出てこなく投資金の回収もママなら無くなるのである。

 車社会への対応が不十分であるとか。バブル崩壊後景気悪化の時代に大規模増床の店舗拡張投資をするなど経営計画の齟齬が見られる。などいくつかの問題が重なっての閉店だと思われるが、幸いにも他県の百貨店が買収して装いを新たに店舗は残ることになっています。