本人が否定しようが、肯定しようが、誰にも醜聞があります。
ここでは最近の「中国の醜聞」を集めてみました。必要な方のために出典も明示し、あればリンクも用意しています。
今回の記事は、中国共産党が仲裁裁判所の判定を「紙クズ」としたことに関するものです。
国栖(くず)と言えば
奈良県吉野郡吉野町国栖で知られる奈良の吉野葛(くず)、つまりデンプンの粉ですね。
- 薬草としても長く使われてきただけに品がありおいしいのですが、精製にはとても手間がかかるため高額商品としてほそぼそと継続しております。
- 最近では代用として、北海道のジャガ芋から精製される「片栗粉」が有名です。
- まぶして油で揚げるのに、小麦粉と片栗粉を使い分けることができれば、一人前ですね(笑)。
今回は、それとは関係がなく、単なるゴミとしての「紙クズ」のお話です(笑)。
「クズ」と言えば
- 古典落語では、「井戸の茶碗」や「らくだ」に登場する「クズ屋」さん
- 現代社会では、フィリピンの訴えによる仲裁裁判所の判断を中国共産党が「紙クズ」とした
などを思い出す人がいらっしゃることでしょう。
古典落語「井戸の茶碗」には
長屋に住む浪人の千代田卜斎(ぼくさい)・細川家の家臣高木作左衛門、そして正直者のクズ屋の清兵衛(せいべえ)が登場します。
前者2人がそれぞれ妥当な理由で自分自身を主張するため、間に入った正直なクズ屋がうろたえるという、心あたたまるお話です。
落語には、爆笑を誘う噺もたくさんありますが、こういった人情噺もあり、そこに演者が時代に応じて独自の笑いを加味して演じます。
同じく古典落語「らくだ」には
らくだと呼ばれる無頼の男性名が題名になっていますが、この人は既に死んでおり実際には登場しません。登場するのは、らくだの兄貴分、そして近くを通りかかったクズ屋、この2人だけと言ってもいいでしょう。かなりの大ネタで、だれでも演じることができるとまでは言えません。
兄貴分がらくだの家を訪問した時、前の晩に食べたフグがあたって死んでいるらくだを見つけますが、この兄貴分と通りかかったクズ屋とのやりとりが、大変おもしろい。
最初は「ガラの悪い兄貴分と弱気なクズ屋」でしたが、弔いの酒を飲むにつれ、「弱気の兄貴分とガラの悪いクズ屋」へと2人の関係が逆転するところが、聞かせどころです。
このように、同じクズ屋が登場する噺ですが
- 「井戸の茶碗」では正直な仲介の人物として
- 「らくだ」では酒により豹変する人物として
描かれています。
そして私には、「らくだ」に出てくるクズ屋が酒により豹変するところが、まるで中国共産党そっくりに見えてくるのです。さて、それはどういうことか・・・・・・
- 2000年も前の中国人にさえ疑問があるものの古い記録がないため申し上げられませんが、現代の中国共産党といえば、もうこれはいけません。度を越しすぎというべきか、無頼の伊良部(「ぶらいのいらぶ」これは右から読んでも同じ「回文」)そのものですね。
- いつごろから中国は豹変したのでしょう。かつての漢族がとりたててひどかったとまでは言えませんが、情報が多くなってくるこの100年来の歴史をひもとくと、その異様さが分ってきます。この場合、中国・韓国の歴史のねつ造・でっち上げを無視しますが、その異様さを中国共産党が「アジア流」だとするのがアジア人に対して大変失礼に当たる、なんてことを漢族が考えるはずがない、のでした。
- 暴力で国内を統一することしか頭にない中国共産党は、当時まだ対外的には静かでしたが、1971年頃に国連に加盟し台湾を追放するのに成功した頃から、「墓地墓地・青山・泉岳寺(ぼちぼち・あおやま・せんがくじ)」、いや、「ぼちぼち」怪しくなってきました。このころから中国が豹変し始めるのです。
- 落語「らくだ」でクズ屋さんが酒を呑んで豹変し始める頃に酷似していますね。世界各国のおかげで経済発展をしてその結果得られた「あまねく13億の民に分配されるべき」富を(まぁ中国では搾取は通例でしたが)、まるで別の国ではないかとおもわれるほどの経済格差を放置したまま、ほんの一部の超富裕層・軍事力増強・共産党政権の維持のために使い、典型的な汚職・偽造社会をつくりあげてしまい、中国はまったく法治国家とは言えないですね。なぜ報道規制しなければならないかといえば、前近代的な現実の恥部を外国には見せられず、外見上は「立派な近代国家だ」と錯覚させなければならないからです。これは2016年でも有効な考え方です。
- この富を得てからの中国共産党の豹変ぶりは、「らくだ」のクズ屋そっくりではありませんか。漢族が「井戸の茶碗」の正直なクズ屋になるはずはありませんが、「らくだ」に登場する「豹変するクズ屋」と中国共産党が重なって見えてきます。酒の場合、一晩寝たら覚めるものですが、中国共産党の強権体質場合は朝起きでもだめで永遠に続きそうですから、この体制は崩壊するしかありません。
あって欲しくはありませんが、
- 中国共産党がクーデターにより内部崩壊し旧共産党幹部が虐殺される心配さえあります。残念ながら、それを期待する人がいるかも知れません。
- 或いはこれもあって欲しくはないのですが、中国の民衆が決起する革命が起り、旧共産党幹部が全員殺害される事態があるかも知れません。
そうはさせじと、中国共産党は
- 「国家転覆罪」「国家騒乱罪」「非常事態宣言」「不正蓄財」「汚職壊滅」などなどを、これでもか、これでもか、と総動員して、ますます弾圧締め付けを強化していて、北朝鮮そっくりになってきました。
- 中国では「不正を利用して不正をなくそうとしている」のが落語的で、汚職を使って汚職をなくそうとするのは、単なる「権力闘争」に過ぎません。美しい「汚職撲滅」という言葉を使っているだけだ、と見抜きたいものです。
- ただし、中国共産党が崩壊すれば、もっとひどい内戦状態に陥るのではないかという心配があるからこそ、各国が「政権崩壊」を願うと同時に、注意深く見守るしかないと考える、のにつながっています。
エジプト・リビア・イラク・アフガニスタンなどを見ていると、
①独裁者が国民を残酷に扱う時代
外部からは、秩序があるようにみえるけれども、実際の社会には不条理と矛盾がそのまま残っていて改善の見通しがなく、何か意見を言うことさえできず、その国で人が住むのは容易でない。
②独裁者が追放された社会
表面的には結構なことですが、社会には今まで抑圧されていた権利を回復しようとする人ばかりがあふれ、未曽有の大混乱状態。これは、人が何をするかわからないという恐怖の社会です。
このどちらがマシなのだろうか、しみじみと考えさせます。このほかに、どんな社会システムがあるのでしょうね。
さてさて、皆様はどう思われますか。