残虐の質と量:王国軍と人民解放軍/ネパール評論 から

2007-12-26 23:18:21 | 世界
残虐の質と量:王国軍と人民解放軍
谷川昌幸(C)

1.真実と和解のための加害調査
国軍(王国軍)がマオイストら49人を殺し埋めたとされるシバプリ国立公園の調査が,いま議論となっている。

国軍や警察が人民戦争中に多くの国際人権法・人道法違反の残虐行為を働いたことは周知の事実であり,国王と,それ以上にNC,UML等の政党政治家の責任は免れない。政党政府指揮下の警察の残虐行為や,国王指揮下の国軍の残虐行為は,徹底的に調査し,真実を明らかにすべきだ。

しかし,それと同時に,マオイスト側も,おびただしい人権侵害,残虐行為を行っている。これも調査し,真実を明らかにすべきだ。ネパール平和構築には,南アフリカにならった「真実和解委員会」方式が採用されているので,国王・諸政党による加害とマオイストによる加害の双方を調査し,真実を明らかにし,その上で和解へと進むべきだろう。

2.残虐の質と量
残虐の質という点では,調査結果が出ないと正確には分からないが,これまでの報道からすると,国王・諸政党側の行為も,マオイスト側の行為も,おぞましい人権侵害であり,弁解の余地はない。

残虐の量については,様々な報告がある。ちょっと古いが,INSEC(2005)によれば,殺害者数は政府側によるもの8,283人,マオイスト側によるもの4,582人。この人数だけからいうと,国王・諸政党側の加害責任の方が大きいことになるが,マオイストも数千人を殺しているのであり,いずれにせよ残虐な大量殺害であることに変わりはない。

それは乱暴だ,とマオイスト・シンパは反論するであろうが,殺害目的が「国王のため」であれ「人民のため」であれ,殺害には変わりはない。しかも悪いことに,一般的にいうと,一人または少数の国王や貴族よりも,多数者の「人民」の方が残虐なものなのだ。

【補注12/26】
統計の取り方により数字はまちまちだ。INSEC, Human Rights Year Book 2007の表を集計すると,次のようになる。 政府もマオイストも女性や子供を多数殺している。
      被殺害者数1996-2006(人)
     政府による殺害  マオイストによる殺害     計
総人数  8,393       4,915        13,308
女 性    820         193         1,013
子 供    249         201           450 


3.民主主義の残虐性
「人民」は残虐だというと,そんなことはない,ウソだと頭から反発する人も多いが,「民主主義の理念の崇高さ・人民支持の強さは残虐さに比例する」ということは,すでにほぼ立証されている。

先入見,偏見を拭い去り,冷静に事実を見てほしい。まず分かりやすいのが,残虐の量。共和国が殺した人数は,君主国が殺した人数の百倍,千倍,あるいは万倍であろう。あるいは,世界の民主化以前と民主化以後とを比較すると,民主化以後の被虐殺者数はこれまた百倍,千倍,万倍であろう。量的に,民主主義がそれ以外の政治よりもはるかに多くの人々を虐殺していることは,明白な事実である。

次に,質の点では,民主主義は他の政治に勝るとも劣らず残虐だ。最も残虐な殺し方はむろん拷問であり,最も人道的な殺し方は国際人道法が認める殺し方,あるいは日本政府が認める絞首やアメリカ政府が認める薬殺・電気殺であろう。民主主義は,何の罪もない子供,女性,老人を含め何千万人もの人々を人道的に殺す一方,残虐な拷問技術も高度に発展させ,実際に使用してきた。

残虐行為としては,天皇陛下の軍隊による捕虜虐待や生体実験,あるいは民族社会主義ドイツの強制収容所が知られているが,残虐さの点ではキリスト教会の魔女裁判や異端裁判の方が上だ。教会は神の栄光のために拷問を組織的に研究・実験し,最大限の苦痛を与える方法を開発,テキストすら発行し,世界に広めた。日本のキリシタン拷問もひどかったが,キリスト教会の宗教裁判に比べたら,はるかに稚拙だ。神のための敬虔な裁判こそが,残虐の極致といってよい。

民主主義は,その宗教裁判に勝るとも劣らない残虐な拷問を開発し,そして現に使用している。神と同じく,民主主義も正義であり,人々がそれを信じれば信じるほど,拷問は手段として正当化され,残虐となる。

4.NHK「民主主義」の衝撃
これを実写映像で実証したのが,NHKBS「民主主義」。35カ国共同制作で,放送時間は8時間(以上?)に及ぶ。超大作で,質も高い。こんな番組を放送するNHKは偉い。

全部は見ていないが,第1回目の「米国『闇』へ」(ギブニー監督)をみて,大きな衝撃を受けた。近代民主主義の長い歴史を持ち,世界の民主主義の総本山と自他共に許すアメリカが,民主主義の名でおぞましい残虐行為を行っている。

舞台は対テロ戦争の基地,アフガンのバグラム,イラクのアブグレイブ,そしてキューバのグアンタナモだ。そこには,テロリスト容疑で多くの人々が収容され,基本的人権もジュネーブ条約も無視した拷問が組織的に行われてきた。

むろん,アメリカ政府や米軍は,拷問は一部の「腐ったリンゴ」のやったことだと弁解する。しかし,このドキュメンタリは,事実はそうでないことを,実写映像で淡々と描いていく。

アメリカ人民によって民主的に選ばれたブッシュ大統領は,対テロ戦争ではテロリストにはジュネーブ条約は適用されないという趣旨の発言をした。ラムズフェルド国防長官は拷問を許可し,自ら署名もしている。チェイニー副大統領も,情報収集のためには「『闇の力』も必要だ」「成功のためには方策はすべて使う」「目的達成のためにはあらゆる手段を使う」と発言し,拷問を容認した。

パウエル国務長官が国連でイラクとアルカイダとの関係を証言したときの証拠も残虐な拷問でえられたもので,これはのちに拷問による虚偽の自白と判明した。

民主国アメリカの民主的に選ばれた指導者たちは,多くの場合,ストレートな表現は慎重に避けているが,文脈に照らして解釈すれば,拷問容認は明白であり,そのトップリーダーたちの民主的決定に従い,拷問が組織的に各地で行われてきたのだ。

拷問の方法は,宗教裁判のそれによく似ている。水尋問(スペイン宗教裁判で使用されたものと同じ水責め拷問),裸にする,眠らせない,立たせる(最長40時間!),犬をけしかける,天井から鎖・手錠でつるす,殴る,蹴る等々。そして,男性容疑者に対し,女性を使い性的拷問さえ加えている。自由と民主主義のためであれば,こんなことも許されるのだ。

この虐待,拷問が明るみにでたあとも,直接手を下した現場の少数の実行者が処罰されただけで,ブッシュ大統領をはじめ指導者たちは何ら処罰されず,議会も「戦時に国家は何をしてもよい」との趣旨の議決をし,彼らを免責した。

そして,アブグレイブのあのおぞましい虐待拷問写真が報道され世界中に衝撃を与えた後ですら,アメリカ人民の実に35%が拷問を支持しつづけた。民主的人民とはこんなものなのだ。

NHK「民主主義」は,民主主義がいかに残虐となりうるかを実写映像でリアルに描いている。人民も,人民の民主的代表も,国王や貴族以上に,残虐となりうるのだ。

5.それでも民主主義を
現代の難しさは,それでも私たちには民主主義しか選択肢がない,ということだ。これは,貴族であり保守主義者であったA.トックヴィルが「アメリカの民主主義」(1835)で論じたことであり,またやはり貴族で保守主義者のチャーチルが語ったことでもある。

ネパール王国軍や警察は,住民やマオイストを多数虐殺した。しかし,INSEC調査(2005,2007)によれば,マオイストや人民解放軍も女性,子供を含め数千人を殺害した。「人民」のための党,「人民」のための人民解放軍なのに,なぜそんなことになってしまうのか? ネパールが民主化を進めて行くには,そうした人民自身への厳しい問いかけが必要であろう。民主化は宿命だが,それには自らの業への反省が伴わなければならないだろう。

ネパール評論

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