G8/G7サミット批判:西欧近代の欺瞞の象徴として  No more Capitalism(小倉俊丸さんのブログ)から

2016-04-25 20:35:57 | 世界
G8/G7サミット批判:西欧近代の欺瞞の象徴として
http://alt-movements.org/no_more_capitalism/modules/no_more_cap_blog/details.php?bid=258

●不完全な危機調整メカニズムとしてのサミット:

1975年にフランスのジスカール・デスタン大統領の提唱で始まったG8サミットは、グローバルな資本主義の危機(当時の文脈でいえば石油危機と通貨危機に伴う深刻な不況とベトナム戦争敗北に象徴される政治的危機)に対応するための先進国の利害調整の装置としての機能が期待された。
また、1971年に始まる世界経済フォーラムが民間大資本によるグローバル資本主義のフォーラムとサミットは、いわば車の両輪として、非公式ながらも国際的な政治経済の調整メカニズムとして、国際法や国際機関(国連やIMF、世銀、GATT/WTO)などとは異る性質をもつものといえる。
冷戦末期の80年代までがサミットによる覇権システムを通じて、東側の「社会主義ブロック」を解体し、グローバル資本主義に統合するとともに、資本主義政府の公共部門もまた民営化によって市場に統合する「新自由主義」によって、とりあえずグローバルな資本に新たな資本蓄積のフロンティアを提供することができた。
これは政治が果すべきルール構築においてサミットがそれなりの影響力を行使できたということだが、90年代以降、反グーバリゼーション運動が第三世界から先進国中枢へと波及することによって、他方で、アフガン戦争でのソ連の敗北やイラン革命以降、イスラム圏のアジア・中東が、近代西欧のパラダイムを逸脱する政治的なルール構築の一角をなすようになる。
資源ナショナリズムが石油と経済を介してグローバル資本主義の市場経済のゲームを受け入れたのとは異なる世界が、非西欧世界に拡がりはじめる。

G8/G7サミットは明かにグローバル資本主義の調整メカニズムとしては機能不全に陥っている。
このことは、一面では、G8/G7サミットをもはや実質的な意味をもたないものとして、社会運動の側からみても無視して構わないような死に体の合意形成体とみなすこともできるが、他面では、機能低下が如実であるが故に、G8/G7サミット側は必死になってその機能回復のための強硬な手段をとる危険性を孕むものとして注目する必要があるという理解に立つこともできる。
グローバルな反資本主義運動の優先課題としてサミットを位置付ける必要は、多分、90年代の反グローバリゼーション運動の時代ほどにはないと私は判断するが、同時に、上で述べた後者の観点は、特に日本に関していえば、アベノミクスの破綻と戦争法体制を前提としたときには、むしろ重要な観点だと思う。
日本のG8/G7サミットへの関り方は、安全保障においても経済においても本質的な転換を迫られるだろう。
戦争への関与はより直接的になるだろうし、経済に関しては、日本がゲームのルールメーカーになるだけの政治力を喪失しており中国や新興国がG8/G7サミット諸国に代ってルールメーカーになることとの相対的な国益比較においてG8/G7サミットに依拠する以外の選択肢をもてない。
これは資本と国家の利害の問題であり、民衆の利害の問題ではない。
民衆の利害はむしろ、いかなる意味においても既存の覇権システムであれ新たな代替的な覇権システムであれ、それらが国家と資本の利益になることがもたらす広い意味での搾取が居座るだろうからだ。

私がG8/G7サミットに反対するのは、上記のような資本と国家の利益の問題だけではない。
G8/G7サミットは、先進国が標榜する「民主主義」の意思決定システムを根底から否定して、国際問題の重要な議題を指導者個人の判断に委ねるものだからだ。


以下に引用したのは外務省の「サミットに関する基礎的なQ&A」に掲載された「サミットを他の国際会議と比較した特徴は何ですか?」という質問への外務省の答えである。

「サミットでは、国際社会が直面する様々な地球規模の課題について、首脳は一つのテーブルを囲みながら、自由闊達な意見交換を通じてコンセンサスを形成し、物事を決定します。
そして、その成果が宣言としてまとめられます。
グローバル化が進むと世界各国の相互依存関係が進み、物事が起こりかつ展開する速度が速くなり、その影響するところも国境を越えて大きくなりますが、それらに有効に対処するためには、首脳のリーダーシップが必要となります。
サミットは、首脳のリーダーシップにより、国際社会が迅速に解決することが求められている問題に効果的に対応してきています。」


「首脳」のコンセンサス形成、あるいは「首脳のリーダーシップ」によって「国際社会が迅速に解決することが求められている問題に効果的に対応」することをサミットの特徴としている。
国内の合意も国際的な国境を越えた民衆相互の討議の時間的な余裕も与えずに、トップダウンで意思決定しようというものだ。
各国の国内のコンセンサス(民主主義的な手続き)は、このトップダウンに縛られて、事後承認として追随することになる。
首脳に一国の外交全般の広範な課題(経済、軍事・安全保障、教育・医療・福祉など)をフリーハンドで委ねることになる。
憲法73条で外交関係を処理する「事務」は内閣に委ねられているが、条約は国会の承認事項と明記されている。
サミットで出される「声明」「コミュニケ」「行動計画」などなど様々な名称で呼ばれる文書は条約ではないことを理由に国会の審議を経る必要がない。
国内の審議や承認なしに、事実上、サミットで決定された事項がその定義もあいまいな「国際公約」なる文言によって、あたかも強制力をもつかのような印象を持たせることによって、政権は争点になる可能性のある重大な外交問題を民主主義的な手続き抜きで強行することがまかり通るようになってきた。

しかも、近年、G8/G7サミットでの合意事項は、それが実際に履行されているかどうかを確認するプロセスまで導入された。
これは「説明責任報告書」として報告されることが慣例になりつつある。

2010年のロックアーン(カナダ)サミットが多分最初だと思われるが、説明責任報告書の位置づけは以下のように説明されている。

「説明責任報告書の目的は,
①G8の主要な開発に関連するコミットメントの履行実績を報告し,
②G8の行動の結果を評価し,
③将来においてコミットメントの履行実績を報告するにあたっての教訓を示す,
という3つであります」
http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/summit/canada10/pdfs/accountability_j.pdf

説明責任報告書の日本語は要約しかないが、毎年出される原文はかなり大部のものだ。
年によって個別課題だけの場合もあるが、2013年は包括的な報告書として(1)援助量・援助効果・債務、(2)経済開発、(3)保健、(4)水と衛生、(5)食料安保、(6)教育、(7)ガバナンス、(8)平和と安定、(9)環境とエネルギーが取り上げられた。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000006822.pdf

これらの諸項目について、G8/G7サミット構成国がどのような取り組みを行なってきたのかが詳細に記載されている。
これは「作文」でしかないともいえるが、多方で、サミットでのコンセンサスを口約束に終らせないように箍をはめる機能を少なからず果すこのになっているのではないか。

こうしてG8/G7サミットは、首脳による非公式の会合という位置づけから、その声明等に盛り込まれた内容の実施や実現を繰返し確認され、事実上強制に近いものとして参加各国に押し付ける制度へと変質してきた。
これは、別の側面から言えば、G8/G7サミットそのものの影響力の低下のあらわれでもある。
G8/G7サミット参加各国とも、サミットだけに頼るのではなく、G20や様々な地域の国際組織などとの連携を通じて国益を実現しようとしはじめている。
このことがG8/G7サミット内部にある大国相互の確執の露呈に繋がりかねないことを参加各国はわかっているからこそ、「説明責任報告書」のようなやっかいな手続きを通じて、相互監視を強化しようとしているともいえる。

●G8/G7サミットのグローバル戦略

G8/G7サミットは構成国の内政にはほとんど関心を寄せず、むしろ途上国をG8/G7サミットに象徴される既存のグローバル資本主義の枠組に組み込むために、先進国相互の摩擦や軋轢を調整する役割を果している。
G8/G7サミットは、一般的にいえば、米国が主導権を握り米国の覇権システムの一部とみなされがちだが、これはG8/G7サミットの性質の一面でしかない。
これはサミットが1970年代という時代に始まり、当初フランスが提唱したことに端的に示されている。
70年代は国際的な基軸通貨ドルの凋落とベトナム戦争敗北に示された米国の軍事的な覇権の後退の時期であり、この後退局面をフランスは有効に自国の国益に沿って利用することを目論んでサミットを提唱したとみることができる。

戦後の米国の覇権は、確かにアジアやラテンアメリカに関しては他の追随を許さないものを構築したが、それ以外の地域については必ずしも米国の覇権は絶対的なものとはいえない。
70年代以降、アジアは、一方で社会主義化を選択する諸国がある一方で、韓国、台湾、シンガポールといった新たに近代化のテイクオフを実現しはじめた諸国などが米国の覇権の下でグローバル資本主義に統合される。
ラテンアメリカもまた米国はチリの社会主義政権を強引に崩壊させつつ軍事的政治的な覇権を維持する。
しかし、ポスト冷戦期にサミットが主要な議題にしはじめる地域はもはやアジアやラテンアメリカではなく、中東、東欧から中央アジアの旧社会主義圏、そしてアフリカである。
これらの地域は、歴史的にも地政学的にも米国の覇権の及ぶ地域として一括りにはできない。
言うまでもなく、東欧から中央アジアはロシアや中国抜きには「統合」の構図は描けず、アフリカはかつての植民地宗主国であるフランスとイギリスの影響力の方が米国を上回る。
南アジアから中東にかけてのイスラム圏もまた米国が政治的軍事的そして経済的な覇権に関心を寄せるようになるが、石油多国籍資本の構造も含めて、欧州諸国の影響力を無視することはできない。

ポスト冷戦期のG8/G7サミットの主題は、東南アジアや東アジア、あるいはラテンアメリカよりも圧倒的に中東とアフリカ、そして東欧や中央アジアに焦点がシフトしている。
このことは、米国が単独で圧倒的な強さを見せうる地域ではないところで問題が噴出していることを示しており、米国のグローバルは覇権の弱い環がここにあることを示している。

しかも、G8/G7サミット諸国はこうした地域を包括できるだけの力を確保できているわけではない。
ロシアが参加していた時期には東欧から旧ソ連の地域がサミットの射程に入りえたが、ロシアが抜けた現在、これらの地域の覇権の構図はむしろサミット諸国の手の届きにくいところでロシアの影響力が強まる方向に引きずられうる可能性がある。
EUとNATOの拡大がこれに対抗する力となるかどうかは、米国よりも欧州諸国がキャスティングボードを握ることになり、これはG8/G7サミット内部の覇権構造に変化をもたらすことになるだろう。
そしてもともとG8/G7サミット構成国ではない中国、インドなどが経済的軍事的な影響力を強めつつあることによって、とりわけ南アジア、アフリカそして中東地域の地政学的な構造は地殻変動にみまわれやすくなっているようにみえる。

1991年の湾岸戦争では日本を除くG7諸国が全て参戦した。
イラン―イラク戦争ではイラクを支持した西側が今回はイラクを敵に回す。
この戦争ではシリアも多国籍軍に参戦する。
しかし、2004年のイラク戦争で米国が主導した有志連合による戦争にG8/G7サミット構成国で参加したのはイギリスと日本だけである。
以後、米国の「単独行動主義」は、場合によってはG8/G7サミット各国のコンセンサスをも無視する方向に進んだ。


●G8/G7サミットの弱い環としてのアフリカと中国

アフリカに関しては、かつて植民地を有していたのは、フランス、イギリス、ベルギー、イタリア、ポルトガル、スペイン、ドイツであり、米国は歴史的に影響力の基盤が希薄だ。
中東を管轄する米軍中央軍は1983年設立だ。
1992年のソマリア内戦時に国連PKOの主力部隊を構成したが、成果をあげられず撤退した経緯がある。
ブッシュ政権になって始めて米国アフリカ軍を創設(2008年)する。
とはいえ司令部はアフリカには置くことができておらず、シュトゥットガルトにある。
これに対してフランスは、アフリカが最大の外交課題をなす地域であり、フランス語圏アフリカとの関係については、旧宗主国と植民地との関係が独立後も継続する特異な関係を構築してきたといわれ、これが英語圏アフリカ諸国とは異ることがこれまでもしばしば指摘されてきた。
事実、フランスのアフリカへの軍事介入は常態化していたともいえる。

特に「ミレニアム開発目標」が掲げられて以降、サハラ以南アフリカの貧困問題に注目が集る結果として、アフリカの開発がサミットでも重要な議題とされてきたが、このことは、フランスをはじめとする旧植民地宗主国の影響力が米国に対して総体的に高まる結果をもたらしたともいえる。
米国のアフリカ外交戦略はG8/G7サミットの他の諸国(日本とロシアを除く)に大きく依存せさるをえないことになったが、これは、米国の軍事・外交の影響力の総体的な低下をまねくことになる。

しかし、アフリカをめぐる事態は、G8/G7サミットの集団的な覇権によってコントロール可能なポスト植民地主義の構造に収まらない事態の出来として、現実には進行してきた。
その最大の要因は二つある。
一つは中国である。
2013年の中国のアフリカの対外貿易は、中国156.4$bn、米国72.2$bn、 フランス61.6$bn、インド57.0$bn、スペイン48.1$bn、イタリア40.9l$bn、ドイツ40.4$bn、英国34.4$bn、日本25.3$bn、ブラジル25.3$bn。
直接投資は、英国7.5$bn、米国3.7$bn、イタリア3.6$bn、中国2.5$bn、フランス2.1$bn、インド1.8$bn。【注】
【注】アフリカにおける中国の存在感:大勢の中の1人 英エコノミスト2015/1/17
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42732

日本はTICADによってポスト冷戦期のアフリカ政策を中国よりも早く展開したが、2000年以降中国は中国=アフリカフォーラム(FOCAC)によってアフリカへの関与を積極的に展開する。
欧州の植民地主義とも米国の軍事安全保障(ソマリアはその典型か)としての干渉とも異なる中国の国益を経済的な覇権とリンクさせた展開は、かつて日本が戦後のアジアに対してとった「経済帝国主義」の路線と近いともいえる。


●近代理念の欺瞞と「テロリズム」

米国の相対的な後退のもうひとつの要因はG8/G7サミットがいう「テロリズム」あるいは対テロ戦争における影響力の低下である。
西欧近代の世界支配が非西欧世界に対する殺戮と侵略、テロリズムの歴史であったことを思えば、一方に植民地支配を正当化しつつ、他方で自由と 民主主義の理念を掲げる欺瞞が、500年にわたって民衆を欺いてきた歴史こそが今、西欧の支配システムに対して「テロリズム」と言われる振る舞いとして表出してきたということではないか。

しかし、西欧の(そしてこの西欧的な近代を内面化した多くの近代化に「成功」した諸国とその支配層を含めて)価値体系は、この近代の欺瞞を根底から反省するパラダイムを持てずにいる。

80年代の冷戦末期、旧ソ連東欧圏をまるごと崩壊させてグローバル資本主義に統合した時代は、その裏面で、第三世界民衆による新自由主義的な統合への拒否の運動をもたらし、これが90年代以降の先進諸国をまきこむ広汎な反グローバリゼーション運動へと展開した。
この反グローバリゼーションの運動は、北アフリカの民衆運動、オキュパイ運動からギリシア、スペイン、アイスランド、更にはウクライナからロシア、中国の農民や出稼ぎ労働者の反乱に至る多様で一つに収斂しない民衆の叛乱として表出しつづけている。
中心をもたず、一つにならないこれらの異議申し立てにG8/G7サミットだけでなくいかなる既存の国家もそん統治の限界を露呈している。

「自由と 民主主義」の建前に対して西欧が仕掛けた戦争を回避しようとする広範囲なイスラム世界からの難民たちは、左翼が期待するような世俗的な反資本主義的「マルチチュード」としてあらかじめ規定できるような存在ではない。
シリア難民は、内戦を避けて「豊かさ」の神話に引き寄せられてヨーロッパを目指すが、そのヨーロッパは近代の理念である普遍的な人間の価値(自由と平等)を掲げながらその門戸を難民には閉して排除する。
受け入れられた難民たちは、貧困と差別から解放されずに社会的排除の犠牲となる。
彼らは、西欧近代の欺瞞を身をもって実感する。
20世紀の解放運動であれば、こうした難民や貧困層の解放を資本主義の否定と社会主義の理念のもとに収斂させる政治的な影響力もっていたが、その社会主義が、現実の社会政治体制として腐敗と搾取のもうひとつのモデルとなって自由も平等も欺瞞的なイデオロギーでしかないことを経験してきた民衆にとって、残された選択肢が「宗教」あるいは「神」の再発見だったとして、それをどうして荒唐無稽な狂信的テロリズムとして切り捨てることができるだろうか。
G8/G7サミットが直面しているのは、その文書類が提示している綺麗事と現実世界が体現している国家と資本の利益維持の構造が不可避的にもたらす不自由と不平等、生存の危機と非人道的な扱いとの間にある、あまりにも大きな乖離に対する言い逃れのための論理も哲学も見出せなくなっているところにある。
つまり、イデオロギーの危機が露呈しているということ、この乖離そのものが生み出す欺瞞を見抜いた民衆に対して国家や資本(市場)への信頼を取り戻せなくなっているというところにある。

このように、民衆による「近代西欧」への異議申し立ては、反グーバリゼーション運動に代表される方向性とは別の側面をもっていた。
1978ー79年のイラン革命に端的に示された「革命」概念の転換はその嚆矢と言えるだろう。
イラン革命以後、「革命」は左翼の専売特許とはならなくなり、とりわけイスラム圏の民衆運動にとって、世俗的な変革とイスラム革命との二つの(あるいは混淆した)選択肢が、欧米資本主義による近代化に対するオルタナティブの位置を争うようになった。
このことは、世俗的な変革を欧米資本主義の成長神話へと回収することによって懐柔する伝統的な資本主義戦略も、社会主義的な生産力主義と平等の神話も、その有効性が現実によって裏切られ、その効果が削がれてきたことを意味している。
このことは、イデオロギーの分野において暗黙の前提とされてきた脱宗教化されたキリスト教文化やキリスト教を主として超克の対象として形成されてきた近代哲学や世界観が想定していなかった外部から、改めて「宗教」的な解放が民衆の心を掴んだかにみえる。
西欧近代が、近代の世俗主義や哲学では「神」を殺すことができなかった、ということに気付いたのは、つい最近のことのようだ。
しかし、日本の近代資本主義とそのナショナリズムが、天皇制という「神」の再構築とともに始まったということをよく知っている私たちにとって、資本主義的な近代は、神であれ世俗主義であれ、資本と国家の利益を最適化するためのイデオロギーであればどのようなものも利用する悪食を本質としていることを、今に連なる歴史の記憶として身をもって経験してきた。

テロリズムの問題は、イデオロギーや宗教の問題であり、世界観の問題でもあることを理解できても、このイデオロギーへの有効な対抗的な価値観を構築できなくなったG8/G7サミットに象徴される西欧近代の覇権システムは、結果として、軍事安全保障あるいは力による封じ込めという対症療法に頼る。
結果として、紛争を長期化させ、かつ拡散させることになっている。
そしてまた、イスラム原理主義に象徴的に示されている既存の覇権主義への異議申し立ては、欧米だけでなく、中国、ロシアといったG8/G7サミット外の新たな覇権指向の国家にとっても制御することが困難な問題となっている。
中国的な発展もロシア的な発展も民衆が求める「解放」の基準にはなりえていないなかで、諸々の宗教原理主義と呼ばれる世界観が、「解放」の希望を民衆の与えているとしても、それは実際にこれらが民衆の「解放」を実現できているからではなく、民衆にとってはそれ以外の選択肢をもはや持ちえないところに追い込まれた結果だともいえる。
これは世俗革命の失敗の結果なのだ。言い換えれば、無神論による資本主義のオルタナティブを構想する左翼が、なぜ敗北したのかという問題にいかに応えるか、という重い課題を提起している。少くとも私はこうした「宿題」を負っていると感じている。
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