窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

ウィッシュ・ハウスを訪問してきました

2012年08月19日 | 海外での出来事


  つづいて、クリニックに併設されたウィッシュ・ハウスへ。クリニックを始められた冨田さんでしたが、そこである問題に気づかれたそうです。それは、例えば食生活を改善すれば病気を治せるといくら指導しても、薬を飲んで一時的に症状が良くなれば、また元の生活に戻って病気を繰り返す人、生活のために売春をし、わずか14歳で初産、その後も無知のために毎年妊娠を繰り返し、心身を傷つけていく子供たち...

  こうした人々は貧困のために学校にも行けず、5歳位から労働に駆り出されるのだそうです。そして少し大きくなると、売春や犯罪に手を染めていく。クリニックを訪れる人々の症状は、そうした貧困とい大きな問題から生まれた結果なのであって、それを治療するだけでは根本的な解決には至らないのではないかと。

  学校に行けず、無知ということだけではありません。こうした環境に育つ子供たちは親からの虐待、育児放棄、疎外などを受け、心身にも傷を抱えている場合が多々あります。以前、当ブログでご紹介した、安田祐輔さんもおっしゃっていましたが、人はどんな環境でも「自分はここにいていいんだ」、「誰かが自分のことを気にかけてくれているんだ」という自己肯定感を持つことができさえすれば、何とか生きていくことができるといいます。しかし、そのわずかな自己肯定感さえ持つことができない子供たちに、「自分のことを想ってくれる人がいるんだ」と感じられる場を作ることが、小さな力かもしれないけれども、子供たちの人生を変えていくことに繋がるのではないか、これがウィッシュ・ハウスを作る切欠になったそうです。



  そんな複雑な事情を抱えた子供たちの前に現れた、我々28名の外国人に子供たちも初めは戸惑い、緊張していた様子でした。中には敵対するかのような目でこちらを睨んでいる子も。しかし、そんな彼らも上の写真のようになるまでに3分とかかりませんでした。



  早速、子供たちとのゲームが始まりました。最初は、ペーパー・ダンスというゲーム。当社フィリピン工場のクリスマス・パーティーでも余興でやる遊びですが、足元に新聞紙を敷き、その周りを音楽に合わせ、ペア(この場合は、我々と子供たち)で踊ります。そして、音楽が止まったら、二人で新聞紙の上に飛び乗ります。これを繰り返すのですが、その都度、新聞紙を二つ折りにしていくので、だんだん飛び乗るスペースが狭くなります。そして、新聞紙からはみ出ることなく、最後まで残っていたペアが勝ち、というゲームです。



  つづいて、口にくわえたスプーンでカラマンシー(東南アジアでポピュラーな、かぼすに似た柑橘類)をリレーしていくゲーム。小さい子供もなかなかのバランス感覚で、上手です。



  天秤を使った水運びレース。日本人は年輩の世代に至るまで、もはや天秤を使ったことがないという人が大半だと思うのですが、こちらの子供たちは、幼いときから家の手伝いで水汲みをしています。



  ですから、女の子でさえもこの通り。



  少し年上の男の子になれば、二つで30kgはあろうかというバケツを天秤にかけ、さらに小さなバケツを4つ両手に掴みながらスイスイと運んでいきます。



  当然のことながら、子供たちの勝利。しかし、体の大きな大人たちに勝って、子供たちも嬉しそうでした。



  部屋に戻り、しばし休憩。しかし、元気な子供たちはすぐに輪になり、歌や踊りを始めます。子供たちのはじけるような笑顔を見て、本当に来てよかったと思いました。



  元東日本学生チャンピオン、壁谷澤三段による空手のデモンストレーション。当初は子供たちが怖がるかと思って遠慮していたのですが、やってみると大ウケでした。その後、興奮した子供たちから、かなり強烈なパンチの嵐を見舞われることに...

  残念ながら、行程の関係で、わずか2時間余りの滞在にならざるを得ませんでした。しかし、その時間を子供たちと思い切り遊び、共に笑って過ごすことができたのは、僕や社員にとっても本当に貴重な体験だったと思います。このわずかな時間を以って、彼らの何を理解したなどと言うことはできません。しかし、間接的な形でも我々が彼らと関わっている以上、少しでも同じ時間を共有できたことは、帰国した後も何らかの形で我々に影響を与えるものであるに違いありません。

  お別れの時、寂しくてあえて知らん振りをする子供がいました。帰りのバスの中で、「結果的に、『みんな去っていってしまうんだ』という思いをあの子たちにさせてしまったのではないか?」と最初は思いましたが、それでもなお、わずかな時間とはいえ彼らに心から愛情を注げたことの方が良かったのだと思い直しました。



  彼らの中に少しでも良い記憶として残ってくれればと思います。



  お土産に持ってきた絵本と共に。

NGO(国際協力団体)「CFP」
フィリピンの貧しい人のためのクリニック


繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした
  ブログをご覧いただいたすべての皆様に感謝を込めて。

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