窪田恭史のリサイクルライフ

古着を扱う横浜の襤褸(ぼろ)屋さんのブログ。日記、繊維リサイクルの歴史、ウエスものがたり、リサイクル軍手、趣味の話など。

鷲峰山 高台寺

2013年01月23日 | 史跡めぐり


  1月19日。この日京都の四条で予定されていた会合の前に1時間ほど時間があったので、高台寺の境内を散策してきました。静かで、東山から吹き降ろす風が心地よく、散策には好適のお寺でした。



  高山寺は豊臣秀吉の正室である北政所(ねね)が秀吉の菩提を弔うため、1606年(慶長11年)に開創した寺院です。秀吉の死後、実権を握った徳川家康は北政所に接近し、高山寺造営に多大な援助を行いました。恐らく豊臣恩顧の家臣を味方につけるための政治的配慮であったであろうと思われます。

  このため、高台寺は出家し隠遁した北政所(高台院湖月尼)の尼寺というイメージと違い、かなり大規模なものです。度重なる火災により多くの建築物が焼失してしまったものの、現在でも開山堂、霊屋(おたまや)、傘亭、時雨亭、表門、観月台などが現存しています。



  高台寺を代表する茶席の一つ、遺芳庵。井原西鶴「好色一代男」の主人公世之介のモデルであったとされる、元禄時代の豪商灰屋紹益が紹益に身請けされた名妓二代目吉野太夫を偲んで建てた茶席と伝えられています。



  観月台。檜皮葺き、三方に唐破風を施した、文字通り偃月池より月を観るための建物です。

 

  方丈より臨む前庭と勅使門。

 

  開山堂。高台寺第一世の住持、三江紹益禅師を祀る塔所。内部は撮影できないのですが、禅師の像の左右には北政所の兄である木下家定とその妻雲照院の木造も安置されています。柱や天井には、後の日光東照宮を思わせる壮麗な彫刻が施されています。特にこの天井は北政所の御所車と豊臣秀吉の御所船の天井を用いたと言われています。



  霊屋。豊臣秀吉と北政所の霊廟です。当然のことながらこちらも撮影禁止。須弥壇や厨子には高台寺蒔絵と称される華麗な蒔絵が施され、秀吉と北政所の木像が安置されています。襖絵は狩野派によるものといわれ、桃山時代の美術工芸がここに凝縮されているかのようです。



  臥龍廊。霊屋と開山堂を結ぶ階段です。

 

  傘亭。千利休の意匠による茶席で、伏見城から移築したものと言われています。竹を放射状に組んだ、傘のように見える天井から傘亭とお呼ばれていますが、正式には安閑窟というのだそうです。

 

  時雨亭。傘亭の並びにある、同じく伏見城からの移築と伝えられる茶席。珍しい二階建ての茶席です。

  



鷲峰山 高台寺

京都府京都市東山区高台寺526



繻るに衣袽あり、ぼろ屋の窪田でした

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