禅的哲学

禅的哲学は哲学であって禅ではない。禅的視座から哲学をしてみようという試みである。禅を真剣に極めんとする人には無用である。

カント倫理学について

2017-02-22 11:48:01 | 哲学

以前、「『嘘』に見る東西道徳観の違い」という記事を書きましたが、西洋倫理の骨子であるカントの倫理観と仏教のそれを比較してみたいと思います。今回はカントについて取り上げます。

ものごとを論理的に考えるのが哲学ですが、実は論理だけでは何も生み出せません。理論を形成するにはもととなる前提が必要です。前提なしに論理だけで考えるのは不可能です。それでも考えようとすると無意識のうちに、なんらかの前提を取り入れてしまいます。たいていそれはニヒリズムというものになります。

カント倫理学の大前提となるのは人間の理性です。この世界にあるものはすべて自然法則に従っているだけですが、人間理性だけが自由で自律的な精神を持つとカントは考え、それゆえ人間理性は尊厳なものであり、尊敬されるべきであるというのがカント倫理のベースになっています。

道徳原理は人間理性への尊敬にもとづき普遍的なものであらねばならない、とカントは考えました。そこで、道徳法則の普遍性をチェックするための法式として次のような基本法式を提唱します。

≪ あなたの格律が普遍的な法則となることを、その格律によって同時に意志しうるような、そういう格律に従ってのみ行為しなさい。 ≫

この基本方式に加えて、理性的主体である人間を究極の目的とする理念をもとに、三つの法式を展開します。それらの条件を満たすものだけが道徳法則であるとするのです。

具体的に、「うそをつかない」という格率が道徳法則にかなうものかどうかチェックしてみましょう。うそをつくのは他の人間をもてあそぶことになります、ですから「うそをつかない」というのは、人間を尊重しているという条件は満たしています。また、自分もうそをつかないし、他の人もうそをつかなければ、約束の言葉は意味を持ち、なんの矛盾も起こりません。明らかにこれは普遍性の条件を満たしています。したがって、「うそをつかない」というのは道徳原理としての条件を満たしているということになります。

カントの道徳法則にはもう一つ重要な条件があります。それは定言命法でなくてはならないということです。命法には定言命法と仮言命法の二種類あって、前者は無条件にそうしなければならないという命法で、後者は条件付きのものです。

つまり、「うそをついてはならない」が定言命法であるとは、どんな時でもうそをついてはいけないのです。『嘘』に見る東西道徳観の違いでも取り上げましたが、たとえば、悪者に命を狙われている友人を自分の家にかくまったとする。そこへ悪者が訪ねてきて、その友人が来ていないかと問われた時にでも嘘を言うのはよくないことだ、とカントはいう訳です。

普通の常識人から見れば、いささか厳格すぎる感もありますが、もし条件付きにしろ「うそをついてもよい」ということになると、その人の言っていることが真実かそうでないかということは、その人のもつ事情次第ということになります。言葉の受け手側にしてみればその事情は知りません。すると、それが条件付き仮言命法の場合は、たとえ相手が道徳法則を守っていたとしても、約束というものが意味をもたないということになってしまいます。それに「事情」というものはたいていは人間の感性的要求から生じるのです。自律する理性を尊重するカントの考え方とは相いれないのです。つまり、道徳法則は定言命法でなければ論理的整合性を保てないのです。

ここで「うそをつかない」ということを定言命法の一例としてあげましたが、実はカントは定言命法の内容については明言していません。なぜなら、道徳法則は自立した自由な精神が自ら決定し実践しなければならないからです。ここでカントの言う「自由」は我々が日常的に考えているものとは大分違います。人は気分の赴くまま食べたり飲んだり、言いたいことをしゃべったりすることを自由だと考えていますが、カントに言わせれば、それはただ感性に従っているだけでけだものと同じである、ということなのです。カントの言う自由は、自律的な理性的精神による実践だけなのです。自律的というのはたから強制されていないということです。他人から指示されて従うのはロボットと同じです。だから道徳法則も自分で決定し、それを実践しなければならないのです。

どうもバタバタした説明で申し訳ないのですが、とにかくカントの道徳法則というのは、もし道徳法則というのがあるとすれば、こういう形でしかありえないというところまで考え抜かれたもののように、私は受け止めています。

次回は仏教的倫理について述べたいと思います。

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