横浜市の林文子市長がカジノを含む統合型リゾート(IR)の横浜港山下ふ頭への誘致を表明してから22日で半年となった。市は2020年代後半の開業を目指して着々と作業を進め、林氏の発言も「観光立国を目指す日本の成長戦略の一翼を担いたい」と勢いを増す。一方で、市民の間では誘致反対や林氏の解職を求める動きが広がりつつあり、来年夏に迫る次期市長選にも影響しそうだ。【樋口淳也】

 市はIRの要件を定める「実施方針」を今年6月ごろに公表、同時期にIR事業者の募集要項を示す考えだ。その後は横浜でのIRを担う事業者を20年度後半に決定し、同年度内にも国に提出する区域整備計画を作成。市議会の議決を経て、国が設定する認定申請期間(21年1月4日〜7月30日)に申請する、というスケジュールを描く。

 誘致に向けた動きは着実に進んでいる。事業者を選定する委員会を設置する条例案は21日の市議会で自民党などの賛成多数で可決された。今月17日の市議会建築・都市整備・道路委員会では、市が「横浜IRの方向性」と題した素案が示された。

 素案はA4判98ページ。表紙には、横浜港の空撮写真とともに「横浜を世界から選ばれるデスティネーション(目的地)へ」と書かれ、カラフルなイラストや図表がふんだんに盛り込まれた。昨年8月22日の誘致表明時に公表した資料「IRの実現に向けて」は21ページ。半年で分量は5倍近くになった。「他都市と比較したデータの調査方法が異なる」と批判を浴びた内容は姿を消した。「方向性」は、3〜4月に市民の意見を募り正式決定する。

 林氏が出席するIR市民説明会はこれまで市内12区で実施され、約3800人の市民が参加してきた。反対意見も根強いとされる中、市民に直接トップがその意義を説明し、理解を深めてもらおう、という狙いがある。ただ、350〜550人程度の定員の会場が満員となることはなく、市のデータによると申し込み段階で定員数を上回ったのはわずか2回だけだった。今年度内に終える予定だった残りの6区での説明会は、新型コロナウイルスの感染拡大で延期となった。

 IR誘致を巡っては、衆院議員の秋元司被告が収賄罪で起訴されたIR汚職事件で、行政側と事業者との関係に厳しい目が向けられている。林氏は、横浜市は適正に対応しているとし、自身についても記者会見で「今日まで私は一度も事業者に個人的に会ったことはありません」と述べるなど、横浜には影響ないという考えを示している。

 ◇市長リコールの動きも

 市の作業が加速する中、市民の間では誘致を阻止しようとする動きが広がっている。

 市民グループの「一人から始めるリコール運動」(広越由美子代表)が中心となって目指すのは、IR誘致を進める林氏に対するリコール(解職請求)の実現だ。請求には約50万人分の署名が必要で、現在は署名集めに協力する「受任者」を市内各地で募っている。

 同団体は7月からリコールのための署名活動を始めたいとしており、6月末までに5万人の受任者を集めることを目標とする。21日までに受任者は約2万5000人が集まった。目標を達成できそうな勢いだ。

 IR誘致賛否を問う住民投票を実現するため、条例案の直接請求を目指す動きもある。

 条例案は、議員提案として8人以上の議員の賛同で市議会に提出できる仕組みがある。市議会では現在そうした動きはないが、市民が直接請求を模索している。「カジノ誘致反対横浜連絡会」の菅野隆雄事務局長は「5月までには直接請求に向けた署名活動を開始したい」と話す。

 ◇市長選の構図影響か

 IR誘致を巡る立場の違いは、林氏の任期満了(21年8月)に伴う市長選の構図にも影響を及ぼしそうだ。

 現在3期目の林氏を09年の市長選に担いだのは当時の民主党だった。その後の約10年間、程度の違いこそあれ自民党や公明党とともに事実上の「オール与党」として林氏を支えてきた。

 ところが、IR誘致表明後の昨年の市議会で、旧民主、民進党系で市議会第2会派の「立憲・国民フォーラム」が林氏の就任後初めて予算議案に反対。IR誘致を巡って「オール与党」の体制は崩れた。立憲民主党はIR誘致反対の姿勢を鮮明にし、関係者は「誘致反対の候補を絶対に立てる」と息巻く。

 林氏自身は次期市長選への立場を明らかにしていない。ただ、林氏の誘致方針を支える自民の市議からは「誘致の是非を争点にされたら勝てない。(3期の実績がある)林氏でもきついかもしれない」との声も漏れる。

 区域整備計画の認定申請期間の終了と林氏の任期満了は重なる。IR誘致の動きをにらみながら、水面下で次期市長選に向けた駆け引きが始まっている。