ブラック企業、ブラックバイト、このブラックに語の用法として、よいのかなと思ってしまう。ブラック会社という言い方があって、暴力団などの反社会的団体との繋がりを持つなどして違法行為を常態化させた会社を意味していたように思う。このウイキペディアの解説では、さらに派生して用いられて >将来設計が立たない賃金で私生活が崩壊するような長時間労働を強い、なおかつ若者を「使い捨て」るところに「ブラック」といわれるゆえんがある。 また近年ではブラックな働かせ方をアルバイトにさせるというブラックバイトという派生語が登場してきている。 とある。ブラックの色あいに、この用語を用いることには、濃淡を持つ味わいを知る日本文化のとらえ方が、大いに異なった感情を持つ。
1104 ブラックバイトを救え
愛知の若手弁護団が県外へも出前講座 ブラックバイト学生救え 中日新聞トップ記事、見出しである。20141104
リードには、
正規社員並みのノルマや義務を伴う重労働を低賃金で担わせ、学業に深刻な支障を与えかねない「ブラックバイト」から学生を守ろうと、愛知県の若手弁護士らが全国初の被害対策弁護団を結成した、
とある。
記事の中見出しには、社員並みノルマ、急に呼び出し 親の収入減 背景に とある。
中段見出しには、若者の転居を10年間追跡 2万人調査へ 人口流出原因探る とある。20141104
記事には、
厚生労働省は地方からの人口流出の原因を探るため、十六~二十九歳の男女計二万人とその配偶者を対象に、来年度から十年間の追跡調査を始める。進学、就職、結婚、出産など人生の節目に「どのような理由で、どこに引っ越したか」といった詳細なデータを集めて分析。少子化対策や雇用創出など、地域ごとの政策作りに役立ててもらう、
とある。
写真記事に、夕日まで飛んでけっ 飯田・げたとばし 20141104
>
大会シンボルの大きなげたの横で、大声を出しながらげたを飛ばす参加者たち=3日、長野県飯田市で
夕日に向かってげたを飛ばし、距離を競う「第十六回全日本げたとばし大会」(実行委員会主催)が三日、長野県飯田市上久堅小野子地区で開かれた
中日春秋
2014年11月4日
今から百二十年前、画期的なエンジンが初めて動いた。その試作機は一分間に八十八回転しただけで壊れてしまったが、実用化されると、さまざまな産業を動かす原動機となった
このエンジンの生みの親であるドイツの技術者ルドルフ・ディーゼル氏には、強い危機感があった。蒸気機関を使う大規模な工場ばかりが栄え、人々は「工場の歯車」になりつつある。地域や人々の自立を守り、人間らしく働けるようにするためには、小さくて効率が良く、地元で調達可能な燃料で動くエンジンをつくるしかない
失敗を重ねながら開発されたディーゼルエンジンは、一九〇〇年のパリ万博での実演で、植物油でも問題なく動くことが実証されたという。再生可能エネルギーにまで目を向けていたのだから、氏の眼力には恐れ入るしかない
おととい発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書は、再生可能エネルギーなどの導入で、今世紀末までに温室効果ガスの排出量をほぼゼロにする必要があると指摘した
そんな技術革新は可能なのか。達成困難にも思えるが、泣き言を言えばディーゼル氏に笑われるだろう。彼は、こう言っていたそうだ
「何事かを成し遂げようとするには、多くのことを望まねばならない。その中のほんの小さな部分だけが最後まで残る。発明家は楽観的でなければならないのだ」
1104 ブラックバイトを救え
愛知の若手弁護団が県外へも出前講座 ブラックバイト学生救え 中日新聞トップ記事、見出しである。20141104
リードには、
正規社員並みのノルマや義務を伴う重労働を低賃金で担わせ、学業に深刻な支障を与えかねない「ブラックバイト」から学生を守ろうと、愛知県の若手弁護士らが全国初の被害対策弁護団を結成した、
とある。
記事の中見出しには、社員並みノルマ、急に呼び出し 親の収入減 背景に とある。
中段見出しには、若者の転居を10年間追跡 2万人調査へ 人口流出原因探る とある。20141104
記事には、
厚生労働省は地方からの人口流出の原因を探るため、十六~二十九歳の男女計二万人とその配偶者を対象に、来年度から十年間の追跡調査を始める。進学、就職、結婚、出産など人生の節目に「どのような理由で、どこに引っ越したか」といった詳細なデータを集めて分析。少子化対策や雇用創出など、地域ごとの政策作りに役立ててもらう、
とある。
写真記事に、夕日まで飛んでけっ 飯田・げたとばし 20141104
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大会シンボルの大きなげたの横で、大声を出しながらげたを飛ばす参加者たち=3日、長野県飯田市で
夕日に向かってげたを飛ばし、距離を競う「第十六回全日本げたとばし大会」(実行委員会主催)が三日、長野県飯田市上久堅小野子地区で開かれた
中日春秋
2014年11月4日
今から百二十年前、画期的なエンジンが初めて動いた。その試作機は一分間に八十八回転しただけで壊れてしまったが、実用化されると、さまざまな産業を動かす原動機となった
このエンジンの生みの親であるドイツの技術者ルドルフ・ディーゼル氏には、強い危機感があった。蒸気機関を使う大規模な工場ばかりが栄え、人々は「工場の歯車」になりつつある。地域や人々の自立を守り、人間らしく働けるようにするためには、小さくて効率が良く、地元で調達可能な燃料で動くエンジンをつくるしかない
失敗を重ねながら開発されたディーゼルエンジンは、一九〇〇年のパリ万博での実演で、植物油でも問題なく動くことが実証されたという。再生可能エネルギーにまで目を向けていたのだから、氏の眼力には恐れ入るしかない
おととい発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の最新報告書は、再生可能エネルギーなどの導入で、今世紀末までに温室効果ガスの排出量をほぼゼロにする必要があると指摘した
そんな技術革新は可能なのか。達成困難にも思えるが、泣き言を言えばディーゼル氏に笑われるだろう。彼は、こう言っていたそうだ
「何事かを成し遂げようとするには、多くのことを望まねばならない。その中のほんの小さな部分だけが最後まで残る。発明家は楽観的でなければならないのだ」